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追憶に沈み、君に逢う。



 

 妻――結希(ゆき)の墓前に、クリスマスローズの花束を供えた。


「結希、誕生日おめでとう」


 返事など、もらえはしない。それでも声に出す。

 これは俺が追憶に沈み、生きていた結希に会うための儀式。

 クリスマスの翌日に産まれ、誕生日プレゼントはクリスマスと一緒にされていたと嘆いていた。だから、俺は必ず結希の誕生日を誕生日として祝うようにしていた。


 結婚五年目の誕生日。誕生花がクリスマスローズだと知った日の結希の顔が、未だに瞼の裏に焼き付いて離れない。

 

『花言葉って、忘れないでなの? クリスマスの翌日に!? しつこくない!?』


 ちょっと切りすぎたらしい前髪を触りながら、唇を尖らせてプチプチといじけていた。花は色んな模様があって綺麗なのに、花言葉がネガティブで嫌だ、と。

 花束に入っていたクリスマスローズの花をツンと指で突付いて、『もっと可愛い花言葉にしてくれたらいいのにね?』なんて花に話しかける姿は、三十歳にしては幼く見えて、『あぁ可愛いな』と、こっそりと惚れ直していた。

 



 それから、まもなくしてだった。

 結希が風邪をこじらせ、肺炎になり入院した。すぐに帰って来れるものだと思っていた。

 ただの肺炎なのだと、思っていた。

 世界を揺るがす感染症だと判明したのは、入院してすぐだった。


 病室で、酸素マスクを着け息苦しそうにしている結希に、掛ける言葉が見つからない。手を握ってやりたいのに、俺たちの間には隔離用のビニールカーテンが張られていた。

 面会は五分だけ。

 

『また明日来るから』

『むり……しなくて、いいよ』


 苦しいくせに、無理に微笑む結希を見て、涙が溢れそうになった。

 そして、その日の夜中に結希は旅立った。


 病院の安置所に移されていた結希の遺体。結希と俺の間には、またビニールカーテンがあった。結希に触れることは許されなかった。

 荷物を病院の入り口で受け取っていた時、看護師から一枚のメモ紙を渡された。結希から預かっていたらしい。

 

『クリスマスローズの花束、うれしかったよ。あの日、ありがとうって言えなくてごめんね。またちょうだいね?』


 薄く震える文字で書かれていたその言葉に、心臓が潰れそうになった。結希は、あの日のことがずっと喉の奥に引っかかっていたらしい。メールや電話が出来ない状況だったので、看護師から紙をもらい書いていたのだという。

 看護師にお礼を言い、病院を出た――――。




 あの日からもう四年。

 世界は一応は落ち着いている。

 聞けば、遺体を引き渡してもらえず、火葬されて遺骨だけ返された人たちもいたと聞く。俺たちはまだマシだったのかもしれない。

 それでも、結希に触れたかった。


 柔らかな黒い髪に触れ、頬を包み、唇にゆっくりと触れ、ほほ笑み合う。

 目を瞑り、幸せだった日々の追憶にふける。


「……また、来年。クリスマスローズを持ってくるよ」


 結希を忘れたくないから。

 クリスマスローズの花言葉を思い出しながら、結希の頭を撫でるように、墓を撫でた。




 ―― fin ――




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