神様ネット~知識の神の場合~
ここは神界図書館。
様々な知識が本の形に形成され、生きた書物として仕舞い込まれる知識の支配領域。
今日の神様ネットは、この図書館の主が回答する役であった。
「ふむ……久しぶりの出番であるか」
白いベレー帽、白いフード付きのローブ、そして白手に白靴。
全身白づくめ、金縁メガネで黒髪の若そうな男が、そこに居た。
人々から『知識の神』と呼ばれ、特に学者や教師、政治家などのインテリ層が強く信仰する神様である。
そんな彼は、いくばくか気だるげにテーブル前の椅子に腰かけ、箱に手を伸ばす。
一通目のお便りを目にし……表情も変えぬままに読み進めてゆく。
「最初のお便りはペンネーム:落第魔法使い(女・16歳・魔法学園生徒)か……名前からして落第生の相談事か?」
『始めまして知識の神様』
「『初めまして』だ愚か者」
知識の神様は些細な誤字も許さない。
『実は私は魔法大学の論文をまとめきれず、この度落第が決定されたのですが、どんな手を使ってでも進級したいので、何かいい方法があったら教えてください』
「お前の担当の講師は重度のロリコンだ。スカートの一つもめくりながら『私を好きにしていいですよ』と誘いそのまま抱かれれば一回限りで落第は免れるであろう」
冷めた目のまま即答し、退屈そうに「もっとも」と付け加える。
「二度目はない。そしてお前の人生はその一度によって安い人生に置き換えられる。一度行った『逃げ』によって人間の人生はどこまでも惨めに堕ちてゆくであろう。魂の価値も当然落ちる。お前は大学になんとしても残りたいようだが、視野をもう少し広げる事をお勧めする」
お前がそれを理解できるかは解らぬが、と、ズレてもいない眼鏡のズレを直すしぐさをし、次の一通へと手を伸ばす。
「ペンネーム:恋する宮廷学者(男性・81歳・宮廷学者)……中々に年齢とミスマッチなペンネームだな」
どこか感心したように、だがすぐにその口元は元の退屈げなものへと戻り、すらりと、文面に目を通してゆく。
『初めてお目にかかります知識の神よ。私はさる王国の宮廷学者などをしているのですが、以前パーティーで見かけた貴婦人を忘れる事が出来ません』
「ほう」
『恥ずかしながら、生まれて初めての恋で困惑もしているのですが……私の研究する数学定理では解が見つかりそうにありません。そこで知識の神のお知恵を拝借したいのです。私に、この女性の歓心を買う事は出来るのでしょうか?』
「可能か不可能かで言えば可能である」
『また、私が5年以内に彼女を口説き落とせる確率を教えてください』
「まっとうな方法では0.0032%である。ただしお前が宮廷学者としての地位に固執せずその後の人生を気にしないのであれば50%まで引き上げられる」
『最後に、私が彼女を妻とするために最も確実な方法を教えていただければ幸いです』
「自らの立場と身命を賭して愛を告げれば、その貴婦人は劇的な恋愛に飢えているようなので50%の確率でお前に恋焦がれてくれる。だが、お前が死ぬ事によってその恋は終わるし、貴婦人も一時は悲しむだろうがすぐにお前の事を忘れるであろう」
それがお前にとって救いになるかは解らぬが、と付け足し、次のお便りへ。
「ペンネーム:卵焼きにはソース(女・32歳・主婦)……卵焼きには塩だ。私の食事ではこれ以外は認めん」
知識の神は塩派だった。
肉にも塩、スープの味付けも塩、ホットケーキにも塩である。
かつて彼の卵焼きにケチャップをぶちまけた悪神がいたが、激烈な神界大戦の末今は封印されている。
『知識の神様初めまして。あたしは主婦をやってるものです』
「……」
『今夜の献立に悩んでるので何がいいか教えてください』
「ボルシチでも食ってろ」
手にしたお便りを放り投げ、「横着な主婦め」と悪態をつき、知識の神様は深いため息を吐く。
彼が知識の神だからという理由だけで、このように実にどうでもいい質問や疑問の投げかけが大量に来るのだ。
全ての神の中で、彼と恋愛の女神だけが突出して多く、そして半分くらいは答えるに値しなさそうなどうしようもないお便りであった。
「……下らない投稿ばかりが続くなら、今日はもう終わりにしても……うん?」
早くも帰りたい気持ちに支配されていた知識の神であったが、箱の中に転移してきた手紙を取り出し、ペンネームを確認する。
「ペンネーム:宵闇の貴婦人(女・侍女)……なあ。年齢は明かさず、か」
『初めてのお便りとなります。私はさる王国の国王付きの侍女として長らく王のお傍で助言をする立場にある者です』
「ほう。国王の傍仕えか。侍女としても相当に格式ある家柄の者らしいな?」
『実は先日、パーティーで見かけたさる宮廷学者の方の事が忘れることができず、思い悩んでおります』
「……ふむ」
思い当たる話である。
恐らくは同じであろうと思いながら、知識の神は読み進める。
『その方は私よりも遥かに年下の方で、とても可愛らしく見えた為、頭から食べてしまいたい衝動に駆られ』
「おい」
『その晩こそは我慢いたしましたが、もし次に出会ってしまったなら……その時に、どのようになってしまうか、自分を抑えられるか解らなくなってしまったのです』
「食欲的な意味で……?」
『あの肉体に秘められた絶大な魔力、きっと開花しないまま眠り続けていた魔法の才が淀むことなく体内のマナを育て続けてきたのでしょう。私のようなイキモノにはたまらないごちそうに見えて仕方ないのです。ああ、今すぐにでもむさぼってしまいたい! かつての王にしたように私の口で(以下略)』
「……これを50%で惚れさせられるのか……?」
計算間違えたか? と思わずにはいられない知識の神であった。
「そろそろ最後の便りにするか……なんだかんだでこんな時間まで読み続けてしまったぞ」
結局切り捨てることもできず、その後も届くお便りを読み続け返答し続けていた知識の神は、日付の変わり際に届いた一通の手紙を手に取る。
「どれどれ……ペンネーム:変態皇帝ネロ(女・2522歳・皇帝)……こやつ1000年前も投稿してきてなかったか?」
その時はぶっとんだ内容だったので知識の神は覚えていた。
『余は神になろうとしたのだが』
「思ったより遅かったな」
『破壊神の器になろうとしたのに肝心の魔王を名乗る男が勇者に成敗されてしまったのでなれなかった』
「そういえばそんな事もあったな。魔王を自称する男がある国の王女をさらおうとして何故かその寝室にいた自称勇者の若者が成敗したとか……勇者も王に成敗されたとか」
世も末であった。
『なので神になるのは諦め竜になることにした。格好いいので』
「お前ならそうだろうな」
『そこで知識の神に問いたい、竜になるにはどうすればよいか? できれば痛くない方法がいい』
「痛くてもいいならすぐになれるのだが」
残念であると呟きながら知識の神はすぐに答えを見出す。
「最も楽で確実な方法は百人の高貴なる娘の命を犠牲にし竜の神を召喚して怒りを買い竜化の呪いを受けることだ。一生涯理性を失った竜の姿のままになる」
超絶リスキーだった。
しかも魔王になるより難易度が高かった。
「楽ではないが誰でもできるのが流れ星に三回願いを唱える方法だ。これなら誰でもできるしリスクもないが叶う確率は約二十兆分の一だ」
超絶ファンシーだった。
しかも成功率は地味に低かった。
「そしてお前ならば恐らく出来てしまえるのが四大竜と呼ばれる世界各地に潜む古代竜の血肉を喰らう方法だ。これならば自在に人と竜とで姿を変えられるし理性も保てる」
ただし、と、知識の神は眼鏡をくい、と直す。
「――息がとても臭くなる」