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ジルファンはやっと眠りについたが真夜中に胸騒ぎがして目が覚めた。
なんだ?このおかしな気分は?
すると声がした。
『ジルファン俺はもうだめかもしれない。カルバロス軍は俺達の人数ではとてもたち打ちできる相手ではない。相手は弓の軍団を率いて投石機を持ち投石兵が次々に鉛の球を打ち込んで来るような戦い方で近づこうにも近づけない。こんな闘いは初めてだ。魔族のみんなに力を貸してもらえるといいんだが…ああ‥皆ここで死ぬのか…』
ランフォードが苦戦しているのか?
こうしてはいられない。
ジルファンがアルドの部屋に走った。
「アルド起きてくれ!」
返事も確かめず部屋に飛び込んだ。
アルドはコレットを抱き寄せて幸せそうな顔をして眠っていた。
お前ら…なんて幸せそうなんだよ。
ジルファンが目を反らす。
「おい、いきなりなんだ。コレットもいるんだぞ。いい子だコレットさあ、眠ってろ」
アルドはコレットの髪にそっとキスを落とす。
ベッドから飛び起きると部屋からジルファンを連れ出す。
「ったく。俺の妻の寝顔を見るなんて、弟と言え許せん」
「すまん。まさか魔獣のお前が…いや、そんな事をしてはいられない。ランフォードが苦戦しているんだ。俺達に助けて欲しいと思ってる。今から助けに行く」
「ジルファン本気か?人間のいざこざに首を突っ込まない方がいい。俺達は俺達でやって来たんだ。人間に関わるとろくなことがないってわかってるだろう?」
「ああ、でもランフォードは俺の息子なんだぞ。それにコレットの兄でもある。それにあいつは魔獣化して悩んでる。俺はあいつにここで暮らしてもらってもいいとさえ思ってるんだ。人間を助けるんじゃない。俺の息子、お前の兄を助けるんだ」
「ああ、わかった。ランフォードになにかあればコレットが悲しむからな。仕方がない、助けに行くか」
アルドは魔族の男どもを20人ほど集めるとランフォードたちが戦っているルベンの街はずれに急いだ。
ランフォードたちは苦戦していた。
矢はビュンビュン飛んで来るし、鉛の球が投石機から打ち込まれてくる。
「ランフォード助けに来た」
「ジルファン…いいのか?魔族が俺達を助けても…」
「そんなこと関係あるか、俺達は仲間だろうが、さあ行くぞ」
それから魔族たちはいっせいにカルバロス軍めがけて飛び出していった。
飛躍力は人間の何倍もあり、咆哮を上げればその口から火を吐き出すものもいる。
魔獣化した彼らにかなうものがいるはずがなかった。
一気に投石機の近くに飛び込むとあっという間に投石兵をなぎ倒した。
弓の軍団のなかには5~6人の魔族が切り込み軍団は散り散りに蹴散らされて行く。
統率力を失ったカルバロス軍はドミノが倒れるように一気に総崩れを起こした。
そこにランフォードが軍を率いていた司令官をめがけて剣を振るう。
ふたりの剣がカキーンとかち合い火花が散る。
互角だった戦いにパトリスの部下が投げた石つぶてがランフォードをよろめかせた。
「クッソ。汚いぞパトリス」
「戦いは勝たなきゃ意味がない」
パトリスがその隙をついてランフォードの喉めがけて剣を突く。
その顔はランフォードをあざ笑うかのようでランフォードに激しい怒りがこみ上げて行く。
体が燃え上がっっていく。
まずい。これは…また魔獣化してしまう。
一瞬のうちに黒い影がランフォードの前に現れる。
「グフッ」「ジルファン」
「俺は大丈夫だ」
ランフォードの剣が大きく振られた。
パトリスの首に突きつけられた剣に、もうパトリスはどうすることも出来なかった。
「パトリス司令官ここまでだ。降伏するなら命は助ける。どうする?」
「分かった。降伏する」
パトリス・アルスター伯爵はカルバロス国の軍の最高司令官だった。
パトリスを捕らえるとランフォードはジルファンに駆け寄る。
ジルファンは横腹から血を流している。
「お前を助けると約束した。魔獣になんかさせないから安心しろ」
「すまない。俺の為に…助けに来てくれてありがとう」
ランフォードはジルファンが何をしようとしたかすぐに理解する。
「君たちがいなかったら俺達は死んでいた。本当にありがとう」
ランフォードはジルファンを支えながら魔獣たちに頭を下げる。
すっと人型に戻ったアルドが近付いてきた。
「仕方がないだろう。お前が死んだらコレットが悲しむ。さあ、みんな帰るぞ。夜明けまでにベッドに戻らないと…さあ、急げ」
アルドはジルファンを連れて魔獣たちを従えて帰っていく。
「あっ、ルヴィアナも我が家にいる。心配するな、宿に送り届けておく。他のふたりもな。ジルファンの事は任せてくれ」
「ルヴィアナが?わかった。助かった」
ランフォードは、一瞬驚いた顔をしたが、アルドが信用できるともうわかっていた。
ジルファンはきっとルヴィアナの安全を最優先に考えたのだろうと思えた。
パトリスや数人の幹部を捕らえると辺境伯のダンテス伯爵の所に行ってそこで警護を頼んだ。
騎士隊の人間は大勢がけがをしていたし、ダミアンは無事だったがシュターツまでの警護をするには立て直しが必要だった。
「ダミアンお前は大丈夫か?」
「はい、隊長には驚きました。まさか魔獣が応援に来てくれるなんて、いつそんな仲になったんです?」
「ジルファンは魔族の王の子供なんだ。ルヴィアナはジルファンと知り合いでそれで魔族にルヴィアナを助けてもらおうという話になってな」
「そうだったんですか。それでルヴィアナさんは元気に?」
「いや、まだだ。ルヴィアナに生きる気力や喜びを与えればいいと言われたんだが…」
「何ですそれ?ルヴィアナさんが喜ぶことって言ったら…決まってるじゃないですか。隊長が彼女に愛してるって言う事でしょう」
「ばか、そんな事を軽々しく言えるわけがないだろう」
「まあ、国王を殺したって牢に入れられたり逃げ出したりして信用ゼロですもんね。でも、今回の功績ですべて水に流してもらえるんじゃないです?元騎士隊長じゃなくて立派な騎士隊長として、それに爵位も戻ってきますよね。今度はルヴィアナさんに愛を告白して彼女を助けて下さいよ」
「それが無理だから‥ああ、もういいから、お前は休んでろ」
ランフォードはそれが終わると急いで宿に戻った。
宿にはルヴィアナ、ミシェル、マーサがいた。
「皆さん無事ですか?」
「ええ、ランフォード様こそご無事ですか?」
「はい、これくらい平気です。安心して下さい。カルバロス軍の司令官を捕らえました。もう安心です」
「良かったわ。私、昨晩の事ほとんど覚えていませんの。宿を出たことはわかるんですが、気づいたらまた宿に戻る馬車の中でしたの」
ミシェルは不思議そうに話をする。
「奥様もご無事でしたので。ランフォード様さあ、お嬢様の所にどうぞ」
そう言われてランフォードはルヴィアナの顔を見てほっとする。
何事もなかったかのようにルヴィアナは眠っていた。
そこにジルファンが戻って来た。
「ランフォードはいるか?」
「ああ、ジルファン。怪我は?」
「あんなもの唾でもつけときゃ治る。それよりちょっと話がある」
ジルファンに連れ出されて外に出る。
そこにはアルドやフォルドが待ち構えていた。
「ランフォード聞いたぞ。彼女を愛してるんだってな」
アルドがにやついた顔で言う。
思わずそれでも魔王なのかと言いたくなる。
「ど、どうしてそれを?」
「ほら、フォルドやっぱり図星だろう?」
「なんだ。そうなのか?それならお前、ルヴィアナに愛してるから帰ってこいって言えばいいじゃないか?えっ?どうして言わないんだ。そうすればルヴィアナは意識が戻るんじゃないのか?」
フォルドはランフォードの言いたいことをズバリと言う。
「そんな簡単にはいかない。俺は魔獣になったんだ。それなのに勝手なことを…」
「それがどうした?俺達は魔獣だがそれがどうした?」
フォルドは気に入らないとでも言いたげにランフォードに突っかかる。
「ランフォードは心配してるんだ。魔獣化して彼女を傷つけないかとか。嫌われないかとも思ってる。そうだよな?」
ジルファンがフォルドに教えてやる。
アルドが前に進み出る。
「そんなことを心配してたのか。おい、俺がコレットを傷つけたか?愛するものにそんな事をするはずがないだろう。いくら魔獣化したってそれはない」
「ほんとに?ほんとに何もかも理性が働かなくなって誰もかれも傷つけるんじゃないのか?」
「理性はなくても本能があるだろう?本能がこの女を大切だって思ってるのに傷つけるわけがない。ったく。これだから人間は…」
「じゃあ、じゃあ、ルヴィアナを妻にしても大丈夫なのか?」
「当たり前だ。当たり前だ。当たり前だ」3人が揃って言う。
ランフォードは3人の呆れた顔に睨みつけられてしゅんとなる。
「それにカルバロス軍を鎮圧したんだ。騎士隊長、お前はレントワール国の英雄となったんだぞ。もう誰もお前を罪に問うことはあり得ない。そう思わんか?」ジルファンがとどめを刺した。
「そうか。そうだよな。そうとわかればすぐに」
ランフォードは走り出した。
ルヴィアナ今行く。すぐに君に愛してると伝える。だからルヴィアナ目を覚ましてくれ。




