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ランフォードは、はっと思い出したように聞いた。
「ところでレイモンドに頼んでいたのですが王妃がルヴィアナに何をしたのかわかったのでしょうか?」
もし分かれば助かるのだが…
「申し訳ないけどその事はまだ何も…でも兄のリカルドも悪いのです。あなたを牢に入れたりしてだからルヴィアナは無理をして…兄と話をしましたわ。ルヴィアナはニコライの娘ディミトリーとは結婚できない事は兄もわかってくれました。それに驚いた事にディミトリーの所にステイシーがやって来たのです。彼女妊娠しているらしいですわ。ですからきっとステイシーがディミトリーの妻になるでしょうね。今はそれくらいしか…何しろカルバロス国軍が国境に迫っているとかで王宮は上へ下へと大騒ぎでですから」
ミシェルは疲れたとばかりにマーサにお茶を頼んだ。
「奥様、隣にお部屋を用意いたしましたので、とりあえずそちらでお休みください。お嬢様には私が付いております。何かあればすぐに声をおかけします」
「そうね、ではそうさせて頂こうかしら。そうだったわ。ランフォード様あなた魔族にルヴィアナを診てもらうつもりだとか書いていましたよね?そんな事私は絶対に許しませんわ。私が来た以上ルヴィアナのそばを離れませんから。マーサ、今はあなたが付いて夜は私がそばにいますから。マーサ、あなたも少しやすまなくてはね…では、わたくし少し休ませて頂きますわ」
いや、魔族の森に行くかもとは書いたが魔族に診てもらうなどとは書いていなかったが…
どうやらミシェルの頭の中には、魔族が娘に接触すると勘違いしたらしい。
そのために来たのか…やれやれ。
困ったのはジルファンとランフォードだ。
今夜アルドとフォルドがやって来ると言うのにミシェルがそばにいては困ったことになる。
それに魔族を見て大騒ぎでもされたらと。
ふたりは気が気でなくなる。
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夜の闇に紛れてアルドとフォルドは宿を目指した。
「夜分すまん。こちらに滞在中のジルファンを訪ねてまいったものだが」
宿の女中はすぐにジルファンに知らせる。
ジルファンはアルドに事情を説明した。
「何だ。そんな事か」
「そんな事ってどうする気だアルド」
「ここに来る途中にも人間の目には俺達が人に見えるように魔素の力を使った。その母親や侍女にも俺達は人間にしか見えないから安心しろ。本当の姿が分かるのはお前が魔族だからだ。そうだいい考えがあるぞ。俺達は神父と言うことにしたらどうだ?」
「なるほど、そういう事にすれば安心だな。じゃあよろしく頼む」
ジルファンはランフォードにそのことを説明してルヴィアナの治療をするからと人払いをしてもらうことにした。
「クーベリーシェ伯爵未亡人、それからマーサ殿。今からルヴィアナの様子を見てもらいますのでしばらく席を外して下さいとのことです」
「それでこの方たちはどなたですの?訳の分からない人にルヴィアナを見せるわけにはまいりませんよ」
一体いつそんな姿になったのかふたりは黒い服を着た聖職者のいでたちをしていた。
それにしては大きな体躯の男達にミシェルは怪訝な顔をした。
フォルドは背中を丸めて大人しくしている。あのフォルドが?
ランフォードは気が気ではない。
「大丈夫です。この方たちは有名な神父様でしてルヴィアナの厄祓いをして頂こうかと…ルヴィアナには何か良くないものが付いているのではないかと思いまして」
「まあ、そうでしたか。それは失礼しました神父様」
ミシェルはアルドをちらりと見た。
そして思わずにっこりと微笑んだ。
「お任せくださいマダム。我々はこう言った事は得意分野ですので…ですが気が散ると御祈祷が出来ません。しばらく部屋からお下がりください。よろしいですかマダム?」
アルドはミステリアスな雰囲気を醸し出し妖艶ともいえるほどの顔で、それは甘く優しくミシェルに頼んだ。
「まあ、神父様。もったいないお言葉ですわ。ええ、お邪魔するつもりはございません。マーサさあ、行きましょう。ルヴィアナの事くれぐれもよろしくお願いしますね」
ミシェルは顔を赤らめて部屋から出て行く。
やれやれ女と言うのはこれだから…廊下で待機していたジルファンが大きく息を吐く。
フォルドは大笑いする。
「ああ、腹がいてぇ。ったくよ。アルド、お前なかなかやるじゃないか。まあ、お前の顔は女みてぇだからな」
アルドはぎろりとフォルドを睨みつけた。
その顔はふたりの男もゾクッとするほど恐い。
「そう怒るなって、今は妻ひとすじなんだろう?」
フォルドがアルドの背中を軽くたたく。
アルドは今度は顔を真っ赤にして怒った。
”ったく。フォルドの奴。帰ったらぶん殴る。くっそ!”
アルドは息をぐっと吸い込むと気持ちを切り替えた。
「いいから。さあ、時間がないぞフォルド。早くやれ」
アルドがフォルドをせかすように言う。
「ああ、わかってますって。任せろって、俺に見えないものはない。さあ、ルヴィアナとか言ったな。俺にすべてを見せてくれよ」
フォルドは手を出してルヴィアナの身体に触れる。
その手は酷く青白くて冷たい。まるで死んでいるみたいだった。
どれ?なんだ?特に何もないようだが…
呪いだって?いや、そんなものはないぞ。
それに毒もきれいに消えている。
フォルドにはいつものように自分の中に流れ込んでいるおかしな気配は感じない。
じゃあ、どうして眠ったままなんだ?
うん?待てよ。
ルヴィアナとか言ったな。この心は暗黒の闇に覆われている。
何かひどい目にでもあったのか?
こりゃきっと立ち直れないほどの苦しみを味わったに違いないな。
ルヴィアナは暗黒の闇で漂っている。
ここが自分の居場所ではないことは知っているに違いない。
でも、どうやってここから出ればいいのかわからないのか?
いや、ここから這い上がろうという気配すらないみたいだ。
何とかルヴィアナがこんな暗闇はいやだと思えばいいんだが…
その方法が分かれば彼女を暗黒の闇から救えるかもしれない。
これは…俺にはどうすればいいのかさっぱりわからんぞ。
困ったな。なんて説明すればいいんだ。
取りあえずそのまま話してみるか、何か心当たりがあるといいんだが。
「コホン…」
椅子がガタンと音を立て誰かが急いで立ち上がった。
「それで何かわかったのか?」
聞いたのはランフォードだった。
フォルドの顔を覗き込んで瞬きをする。
金色の瞳が揺れて彼女をすごく心配している事が手に取るようにわかる。
フォルドの心臓は何だかドクリとする。何だ。こんなことくらいで脅かすな。
「お前なぁ、近いぞ」
そう言ってランフォードをあしらう。
「ああ、すまん。それでどうなんだ?ルヴィアナはどんな呪いに?」
こいつ、こんな奴だったか?騎士隊で見た時はただの嫌な奴だと思っていたが…
意外な面を見せられてフォルドは一瞬緊張する。
この俺が?まさか…
「ああ、そのことだが、結論から言おう。彼女に呪いなんかない。それに毒もきれいになっている」
「じゃあ、どうして、どうしてルヴィアナは目覚めない?」
「いいから話をさせろって!」
ランフォードはたまらないとばかりにフォルドに迫って来る。
ああ、もう。勘弁してくれ!
こいつを見ていたら親父を思い出した。
そうだ。あの瞳だ。親父の奴、俺を怒鳴りまくってぶん殴られて、でも親父の金色の瞳が揺れていて、俺はそんな親父を見ると心がいつも揺さぶられた。
殴られているのに何だかうれしいような気がして。心配しているとわかってそれを感づかれたくなくて、また悪態をついて…
フォルドはそんなランフォードから目を反らす。
「実はルヴィアナは暗黒の闇の中にいるとでも言ったらいいのか。彼女に何があったかは知らんがとにかく彼女は酷く生きることに絶望している。それで生きる気力と言うのか目覚める目的と言ったらいいのか…とにかく彼女が目覚めたい、もう一度生き返って見たいって思えるようなことがあればいいんだと思うんだが、それが何かは俺にはさっぱりわからん。以上これが俺の見たことすべてだ」
「はっ?何だフォルド。そんな事しかわからないのか。ったく役に立たん奴だ」
アルドが文句を言う。
「何だ。せっかくこんな所まで来てやったのに、まるで俺が何の力もないみたいに言うんじゃねぇよ。クッソ。もう知らんからな。俺はやることはやった。もう帰る」
フォルドは怒ってしまった。
どたどた廊下を歩いて出て行ってしまう。
慌ててランフォードが追いかける。
「待ってくれフォルド。じゃあルヴィアナに呪いや病気はないって事なのか?」
「ああ、そうだ。俺は間違ってなんかないからな。ルヴィアナには生きる気力が必要なんだ。もう一度生き返らなきゃって思えることが必要だ。そうすればルヴィアナは目を覚ますはずだ」
「間違いないのか?」
「悪いけど俺をばかにしてるのか?これでも透視の力はあるぞ。ルヴィアナにはそれしか見えなかった。じゃあな」
そう言うとフォルドはもう知らんとばかりに去っていった。
ランフォードはかんがえる。
ルヴィアナに生きる気力。
それはなんだ?ルヴィアナがすごくうれしい事は…さっぱりわからん。
アルドやジルファンがやって来ていろいろ言うが男にはさっぱりわからなかった。




