61
ジルファンとフォルドは森の出口まで来たが、まだ日が明るくフォルドがルベンの街中を歩くにはちょっと無理があった。
アルドも心配でついてきていた。
そこで先にジルファンがルヴィアナの所に戻ってフォルドが来ることを知らせることになった。
「じゃあ、夜になったら頼む」
「ああ、責任もって俺が連れて行くから心配するな」
アルドが胸を叩いて言った。
ジルファンはうなずくと森を出てルベンの宿に戻った。
「それでジルファン様いかがでしたか?」
マーサが一番に声を掛けた。
ランフォードも待っていたとばかりに「どうだった?」と話をせかした。
「まあ、落ち着けって、ちょっと水を一杯飲ませてくれ」
ジルファンはもったいぶったように水を飲む。
「それで?ジルファン」
「ああ、魔族の中に透視能力のあるものがいてそいつが今夜来てくれることになった」
「透視能力?なんだ、それは?」
「ああ、何でもその人間の様子が透けるようにみえるらしい。例えば病気だったらどこが悪いとか、呪いにかかっていればどんな呪いかだとか」
「凄い。そんな能力を持った魔族がいるとは」
「そいつはフォルドと言ってアルドの弟なんだが、純魔族で姿も人間より大きくて顔もちょっといかついんだ。だから今連れてくるのは無理だった。今夜アルドが一緒に連れてくる事になっているから、ルヴィアナを見てもらおう」
ランフォードがぎょっとする。
「ジルファン、今なんて?フォルドが透視能力を持ってるんですか?参ったな…それじゃ無理なんじゃ?だってあいつここルベンの街を荒らしまわってたやつですよ。まあ今はアルドが閉じ込めてくれているからいいようなものの。もしまた暴れたりしたらどうするんです?ルヴィアナを傷つけたりしたら…」
ジルファンは納得する。それでそんな心配か。
「ランフォード、そのことはフォルドと話をして納得したからこうやって来ることになったんだ。心配するな。アルドも一緒だ。魔族は王には逆らえないんだ。だからいざとなったらアルドが抑え込む」
「大丈夫なんですかね?アルドがいたのにあんなことをしでかした奴ですよ。それにほんとに信用できるんですか?あのフォルドですよ」
ランフォードはしつこいくらいジルファンに問う。
ランフォード、お前かなりしつこいな。まあ仕方ないか。愛する人の事になるとみんな盲目になるんだから…
ジルファンはそんなランフォードが安心できるように話をしてやる。
「まあ、アルドが王になってまだ1年ほどだろう。王になってすぐには統率が難しいから。だが、今はもう大丈夫だ。俺もアルドが咆哮したらフォルドが大人しくなったのを確かめたからな」
「そうですか。そこまで確かめてジルファンが大丈夫と言うなら心配ないでしょう。ルヴィアナがどんな呪いにかかっているかさえわかればきっと元に戻す方法がわかるはずですから」
ランフォードはやっと納得するとまたルヴィアナの様子を見に部屋に戻った。
「マーサ、あいつはずっとあの調子なのか?」
「ええ、ランフォード様はおいたわしいほどお嬢様につきっきりで、私が来なくてもよかったのではと思うくらいですよ」
「そうか、マーサ悪いが俺は飯を食ってくる。あいつにも何か簡単な物でも持って行ってくれるか?」
「ええ、そうですね。そう言えば何も召し上がってないかもしれませんわ。ではすぐに」
マーサはランフォードにサンドイッチを持って行った。
ランフォードはルヴィアナのベッドのそばに座っていた。
ルヴィアナを見る彼の姿はすっかり落ち込んでいて大きなため息をついている。
ふっとルヴィアナの手を取ってその手にそっと口づけをする様子が見ているだけでも痛ましかった。
「ランフォード様、何かお召し上がりにならないと、お嬢様もきっとそう言われますわ」
「ええ、ありがとうマーサ。あなたにはどんなにお礼を言ってもたりません。ルヴィアナはあなたがいてくれたおかげで随分助けられたはずですね」
「とんでもありません。私はお嬢様が小さいころからお仕えしていますので、お嬢様がどれほどお辛い思いをしていらっしゃるかよくわかります。ランフォード様の事をずっと慕われていました。ランフォード様の為にとディミトリー殿下との結婚も泣く泣く受け入れられて、それはもう…ああ、すみません。こんな事はランフォード様が一番よくお分かりなのに…さあ、元気を出さなくてはいけません。少しでも召し上がって下さい」
「ありがとう。では、いただきます」
ランフォードはそう言われて彼女を助けるためには食べなくてはとマーサが持って来たサンドイッチを無理やり口に運んだ。
午後もかなり経った頃だった。
「お客さん。ルヴィアナさんを訪ねて女の人が尋ねて来ましたよ」
宿の人がそう言って来た。
「女?ですか。一体誰だろう?」
「あの、私が行ってみましょうか?」
マーサがそう言って宿のは入り口に様子を見に行った。
「奥様。どうして奥様が…?」
「まあ、マーサ。ルヴィアナはどうなの?あなたが付いていてくれて助かったわ。レイモンドから聞いて私とにかく気が気ではなくて来てしまいましたの。ルヴィアナは何処です?案内してください」
やって来たのはミシェルだった。レイモンド宛にこちらに向かうと連絡をもらってルヴィアナが心配で急いで来たらしい。
「はい、お嬢様はこちらです」
案内しないわけにはいかないだろう。何しろルヴィアナの母親なのだからとマーサは思った。
「ルヴィアナ。ルヴィアナ」
ミシェルは声を上げてルヴィアナの部屋に入って来た。
驚いたのはジルファンとランフォードだ。厄介なのが来たとばかりの顔をする。
ジルファンはすぐに部屋を出て行った。
ランフォードがミシェルの相手をする。
「これはルヴィアナの母上ではないですか。一体どうしてここに?」
「まあ、娘が一大事なのに屋敷でのうのうとしていられませんわ。それでルヴィアナは?」
「あれからずっと眠ったままです。私たちの力でもルヴィアナを目覚めさせることは無理でした。ですから今、次の手立てを考えている所です」
「ルヴィアナは王妃に毒を盛られたと聞きました。こんなに長い間眠ったままななんて大丈夫なのですか?」
ミシェルはルヴィアナの様子を見てそっと頬に触れて青白い顔を撫ぜる。
ルヴィアナは眠ったままで身動き一つしない。
ミシェルの口からは大きなため息が漏れる。
「ご安心ください。今のところは魔源の力を補給しているので大丈夫です」
「そうですか。でも顔を見たら少し安心しましたわ」
ミシェルはほっとしたらしい。
やれやれ厄介な人が来た。ランフォードは頭痛がした。