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ディミトリー殿下と一緒に晩餐会に出席すれば当然帰りはディミトリー殿下が離宮に送り届けてくれるつもりですよね。
ああ…彼、なんだか今夜こそって思っているみたいでしたし、何かいい方法はないでしょうか。
とにかく今は今夜をどうやって乗り切るかですわ。
いくら私でも殿下は男、いざとなったら力ではかないません。
ルヴィアナは、支度をしながら大きくため息をつく。
「お嬢様、そんな大きなため息をつくのはマナー違反ですよ」
離宮に来て世話をしてくれているマーサから注意される。
「ええ、ごめんなさいマーサ。でも今夜は殿下に送ってもらうことになるはずでしょう。そうなったら殿下が無理やり部屋に入ってくるかもしれないと思うの。どうすれば機嫌を損ねずに離宮の入り口ですんなりとお別れすることが出来るのかしら?」
「まあ、お嬢様そんな心配を…いくら殿下でもご結婚前にそのような事許されるべきではありませんわ。大丈夫です。お嬢様がお戻りになりましたらすぐに私がお迎えに出ますので、殿下には離宮の外で帰って頂きましょう」
「いいのマーサ?」
「当たり前です。お嬢様のお守りするのは侍女の仕事の一つですから、安心して晩餐会に行ってらして下さい。ああ…お嬢様とてもお美しいですよ」
ルヴィアナの瞳の色に合わせたような淡い紫色のドレスは、首元から袖の部分は薄いレースで覆われてデコルテは大胆なカットになったシンプルだが大人っぽいドレスだった。
次期国王の王妃となるルヴィアナにとウエディングドレスを頼んだときに母が特別に頼んでおいたドレスだったのだが、今夜お披露目になるとは思ってもいなかった。
その上に黒いレースのショールを羽織ると国葬の晩さん会にふさわしい装いが完成した。
もう、お母様このドレス少し大胆過ぎませんかと心の声が…
ディミトリー殿下が迎えに来た。
「ルヴィアナ…すごくきれいだ。こんな日に言う言葉ではないかもしれないが…きれいだよルヴィアナ」
殿下が跪きルヴィアナの手の甲に口づけを落とす。
「ありがとうございます殿下」
ああ…我慢です。これは許容範囲ですものと自分を叱咤する。
ふたりは晩さん会に出席して各国の国賓たちと親交を深めた。
晩さん会が終わるとディミトリー殿下は思った通りルヴィアナを送ると言って一緒に席を立った。
別れの挨拶をしてカルミア様にワインを届けてくれるよう兄に頼んだ。
そして離宮までディミトリー殿下がエスコートしてくれる。
「ルヴィアナ気分はどう?僕は少し酔ったらしい。少し離宮で休ませてくれないか?」
「いけませんよ殿下。私たち結婚前ですのよ。そんな誤解を招くようなことは控えないと…それに私は言いましたわ。そのような関係は考えていないと」
「今さら?そんな事が通用するとでも?跡取りはどうするつもりなんだ?君がその気になってくれないと困るから」
「おかしいですわ。私がだめなら変わりはいくらでもいるはずではないのですか?」
「まだそんな事を言うつもりか?」
まだ離宮には少し距離がある。
早く、早く…気持ちは急いているが、何しろドレスが細身で歩きにくい。
歩幅は思っていたよりも小さく、ディミトリー殿下がルヴィアナを引っ張ると転びそうになった。
案の定、彼の腕の中にどさりと倒れ込んでしまった。これではまるでルヴィアナが抱きついたみたいにも見えるではないか。
このチャンスを逃すような相手ではない。彼はすぐにルヴィアナを抱きしめる。
「殿下、困ります。離してください。いや、離して…」
「君から抱きついてきたんじゃないか。それなのに離してなんて」
「いやです。離してください」
「困った。僕はそんなつもりはなかったのに、ほら、ここ」
ディミトリーはルヴィアナの手とつかむとズボンに手をあてがう。
何やら硬くなったものに触れてルヴィアナは悲鳴を上げた。
「きゃー助けて。誰かー」
「どうした?大丈夫か?」
現れたのはレイモンドだった。
「ルヴィアナじゃないか。どうした?」
「お、お兄様。殿下が離して下さらないのです」
「おい、どういうことだルヴィアナ」
レイモンドは状況を理解する。殿下はルヴィアナを抱き寄せ体をピタリと擦り付けている。
レイモンドは憤った顔をしていた。
「いくら殿下とはいえ、まだ結婚前です。そのような事をしていいという理由はないと思いますが…」
「硬い事を言うな。どうせルヴィアナは私の者になるんだ。どうしようと自由だろう」
「それはおかしなことをおっしゃる。殿下は妻になるものに何をしてもいいとおっしゃるんですか?」
「何を…暴力をふるった訳ではない。ただ少し触れあいたいだけで…何が悪い」
「ですが、それは相手が了解しての事です。さあ、ルヴィアナ離宮まで送ってやろう。では殿下、今日は国王をしのんでゆっくりお休みください」
「もういい!ルヴィアナまた離宮を訪ねる。その時までに心を決めておくことだ」
「さあ、ルヴィアナ行こう。失礼します」
レイモンドはさっとルヴィアナの手を取ると離宮に向かった。
レイモンドが触れたルヴィアナの手は微かに震えている。
「お兄様危ない所をありがとうございました。私…やはり殿下には触れられたくありません。結婚は受け入れなくてはならないのでしょう?せめて閨事は断りたいのです。それが私の願いです。殿下は他の側妃を迎えれば済むことでしょう?」
「そんなに嫌か?」
「もちろんです。私は今もランフォード様をお慕いしています。それはご存じのはずです!」
「ああ、知っている。だが、もう諦めろランフォードは…」
そこまで言いかけて兄は口を閉じた。
「何かあったのですか?まさかランフォード様の身に?」
「何でもない。ランフォードは牢にいる。落ち着いたら我が公爵家で引き取るつもりだ。王都にはいられなくても他にも彼が出来ることはたくさんあるからと…思っていたんだ」
「そんなの…ランフォード様は公爵に戻すべきです。だって何も悪くないのですよ。そうだお兄様。実は宰相に結婚する条件としてランフォード様を釈放するようにお願いするつもりなのですが、お兄様からも進言していただけませんか?私からお話する機会がなかなかなくて困っていたのです」
ルヴィアナは兄なら何とかしてくれるのではと期待が膨らむ。
「ああ…」
レイモンドはそれ以上何も言わなかった。
そして繋がれた手がぎゅっと握りしめられた。
そしてルヴィアナの脳内にレイモンドの考えていることが流れ込んだ。




