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レイモンドの話によるとランフォード様はまだ牢のとらわれているらしい。だが前のような劣悪なところではなく塔の地下ではない部屋に閉じ込められているらしい。
何とか会えないかと聞いてみるが見張りが厳しく無理だと言われた。
そしてルヴィアナはとんでもない事実を知る。
それは母親が会いに来た時の事だった。ルヴィアナがお茶をこぼして母がそれを拭こうとしてルヴィアナに触れた時だった。
いつものように母の考えが脳内に流れ込んできた。
”もう、どうすればいいの。ルヴィアナとディミトリー殿下に間違いがないようにしなければならないのに、一体どうやってこの話をすればいいのかしら…困ったわ。ニコライに話をした途端、彼は死んでしまったんですもの。どうしても二人をそのような関係にすることは出来ないのに…ああ、本当に困ったわ…ルヴィアナはニコライの娘なのに…”
えっ?今なんと言いましたお母様?と思わず聞き返したくなった。
これは母の思っている事で嘘はないはずですよね?
もしかして私が国王の娘って事ですかお母様。声に出して聞きたくなるのをぐっとこらえる。
いよいよ国王の国葬の日が来た。
この日は王妃、ディミトリー殿下を始め貴族が勢ぞろいして、各国の国賓も訪れていた。
今回はアバルキア国からも国賓が訪れていた。
ルヴィアナはディミトリーの婚約者として彼の隣に立つことになっていた。
王妃は黒いシンプルなドレスに身を包んで、顔はおもむろに伏せられていて悲しみに打ちひしがれているように見えた。
きっと突然の事でどんなに悲しいかとたくさんの人のをそそる。
ルヴィアナも控えめな黒いドレスに身を包んでいた。
ルヴィアナは宰相である叔父にこの話をするつもりだった。もちろん母を交えて。
だが、その前に叔父の考えも知りたい気もする。
でも、よく考えればこの世界では誰かの触れるという行為は本当に近しい人でないとそんなチャンスがないのが実情だった。
前世では手に触れるなどという行為は何でもない事でしたのに…
だから何とかチャンスを作ってと思っていた。
そしてディミトリーとの結婚を撤回してもらうしかない。そしてランフォード様を牢から出してもらって爵位を元に戻してもらう。
そうすればもしかしたら私たち結婚できるかもしれません。
そんな淡い期待を抱くことで何とかここ数日を過ごしてきた。
今日はその数少ない機会の日なのだから…
ルヴィアナは、顔が伏せたまま唇を噛んだ。背筋を伸ばし呼吸を整え気持ちを引き締めた。
いきなりディミトリーの手が腰に回されてぐっと引き寄せられる。
顔が強張りそうになるのをぐっとこらえて、そっといけませんわと彼との距離を取ろうとした。
「ルヴィアナ大丈夫か?さあ、いいから僕に寄りかかって」
などと言われ顔を上げる。
ディミトリー殿下の瞳には涙が光っていて彼が悲しんでいると気づいた。
寄りかかりたいのはあなたの方なのね。考えてみればお父様の葬儀、平常心でいられるはずもないかもと少し同情心が湧いてきた。
「はい、殿下。ありがとうございます」
ここは素直に彼を支えてあげよう。それが優しさというものではないのでしょうか。
殿下がルヴィアナの手を握って来ると、彼の考えが流れ込んできた。
”やっとこれで国王になれる。そうすればルヴィアナもきっと諦めて僕のものになるはずだ。
今夜こそ晩餐会の帰りに彼女の部屋に入って既成事実を作ってやる。そうすればルヴィアナは僕のもの。”
なんて奴!そんな事させませんから。覚えておきなさい!
ルヴィアナは引きつった顔でそっと微笑む。
「殿下、大丈夫ですか?ご気分は?」
式典会場から連れ出して膝蹴りの一つもしてやりたい気分ですわ。ったく!
式典が無事に終わり国賓の方々も挨拶を済ませ、王宮に用意された部屋に帰って行く。今夜は亡き国王をしのんでの晩餐会が開かれる。
訪れてくれた国々の方々にお礼を兼ねてのもてなしをするのだ。
ルヴィアナは叔父のリカルドを探した。
リカルドは国賓の方々に挨拶を済ませやっと一息ついたところらしい。
今がチャンスとばかりルヴィアナは宰相リカルドのそばに走り寄る。
「あなた、ルヴィアナではないですか?」
「あっ、はい、そうですが…どちらの…?もしかしてアバルキア国の…」
突然話しかけられたのは、あのアバルキア国の親善大使だったカルミア様だった。
「ええ、カルミア・ド・ローゼマインです。あの節は本当にありがとうございました。おかげでレントワール国がとても有効的な国だと分かって、今回の国葬にも是非にと思い参加させていただきました。あの時は断られるかもと思ってしまって親善大使と言いましたけど私はアバルキア国ラザール国王の妹なのです。これからもわが国と是非友好的な関係を気づいて行けたらと思っていますわ」
「それは、本当にありがとうございます。亡き国王陛下もお喜びの事と思います。あのそれで宰相とはもう?」
ルヴィアナは相手がアバルキア国の国王の妹と分かって冷や汗が出た。
あの時彼女はカルミア・ド・ローゼマインとおっしゃいました。私はすぐにアバルキアの王室関係者と気づかなければならなかったのに、全くそのような知識が欠けていました。
たった数日でアバルキア国の事を調べましたが王室の事はすっかり抜けていました。
もうなんてドジ!そのことも叔父様にきちんとお話しなければ…
「ええ、先ほどご挨拶しました。宰相様は少し驚かれたご様子でしたが、先日訪れた時にとてもよくして頂いたとお話したらなるほどといった感じで…うふっ」
「申し訳ありません。私…カルミア様…とお呼びしても?」
「もちろんですルヴィアナ」
「ありがとうございます。カルミア様が王室の方と気づいていませんでした。なので報告が宰相にまで上がっていなかったのではと…」
「いえ、ご存知でしたよ。あなたがとても親身になってお世話したことも…」
「そうでしたか…これからお部屋に?」
「ええ、楽しみですわ。まあ、こんなことを言ったら不謹慎ですわね。でも先日のお風呂もお部屋のインテリアもすごく感じが良かったので」
「ありがとうございます。そうだわ。もし良かったらお部屋はどちらか教えていただけますか?我が家で作っている美味しいワインがありますので届けさせます」
「まあ、ありがとうルヴィアナ。あなたは本当にいい王妃になるでしょうね。聞きましたよ。次期国王の婚約者だと…これからもどうぞよろしくお願いしますわ」
「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いします」
ルヴィアナはそう言ってカルミア様と別れた。
はぁ…ディミトリー殿下の婚約者という話はもう他国にまで知れ渡っているのね。私が国王の娘とわかったら叔父様はどうするんだろう?
簡単に婚約解消できると思っていたがそう簡単ではなさそうですわ。
でも、このままでは困ることになります。
ルヴィアナは宰相リカルドに声を掛けた。
「宰相様」
「ああ、ルヴィアナ。どうした?」
「あの、少しお話があるのですがお時間を作って頂けませんか?」
「だが、今夜は忙しい。わかっているだろう。晩餐会には各国の国賓を招いてある。これからの外交の事もあるから関係者と話もしなくてはならんからな」
「ええ、もちろんですわ。でも、私は離宮にずっと閉じこもっているので、会いに行くことが難しいのです。もし良ければ一度離宮にいらしてもらえませんか?人に聞かれると困るので叔父様と二人だけで話がしたいのです」
「そうか。なるべくは早くに行こう。だが早くても明日以降になる」
「ええ、お願いします。では失礼します。私も晩餐会の準備がありますので」
ルヴィアナは殿下の婚約者として晩餐会に出席することになっていた。
今日の晩さん会には、兄のレイモンド・ド・クーベリーシェ公爵や元クーベリーシェ伯爵未亡人としてお母様も出席されるので、いつもだったら晩さん会は楽しみですけど、今夜は違います。
とても楽しいとは思えません。




