49
それからというものルヴィアナはその離宮から一歩も出れない状態になった。
いつも囲いの入り口には近衛兵が立ち見張りがいた。
侍女としてマーサが呼ばれて生活に不自由はなかったし、母や兄も時々訪ねてくれたりもした。
だが、自由はなかった。
もちろんランフォードから貰った指輪を指にはめることは出来ず指輪は大切に保管するしかなかった。
そんな日が数日続いたころいきなりディミトリー殿下がやって来た。
「ルヴィアナ話が出来ないか?」
ルヴィアナも話がしたいと思っていた。
ディミトリー殿下は少しやつれたのか顔色も暗い感じだった。険しい顔つきにいろいろ考えることがあるのだろうと推測された。
だが、あんなにルヴィアナはディミトリー殿下を好きだったはずなのに、彼を見てもときめき一つ心は動かなかった。
まあ、それは仕方のない事だろう。
そんな事より殿下はふたりのこれからの事をどうするつもりなのか知りたい。
私は殿下との閨事は断りたいとお話もするべきですよね。
ああ、嫌だ。私すっかり弱気になっている。
何とかランフォード様を助ける方法があればいいのに…
ルヴィアナは仕方がないと彼を居間に通す。
ソファーに座る前に挨拶をする。
「ディミトリー殿下この度は国王の事、お悔やみ申し上げます」
「ああ、私も驚いてまだ信じれないくらいなんだ。だが、次の国王に指名された以上その責任を負わなければと思っている。それでルヴィアナはどう考えているのか知りたいと思ってここに来た。いろいろ不安はあると思うがわたしと一緒にこの国の事やって行くつもりはあるか?」
「はい、これは命令で願いではないことは存じております。それに一度は婚約をして結婚の約束をしていたのですから…」
もう…こんなつもりはないですのに…いつからこんな弱気になったのだろう。
「では、私と一緒にやり直してくれるという事か?」
ディミトリー殿下の口角が持ち上がる。
ほっとしたのか肩がすっと下がった気がした。
「私はただ王妃としての責任を果たすつもりです。ですが、ランフォード様を助けていただくのが条件です。それからあの時殿下は言われました。私に王妃としての権利を下さるとでも妻としては一緒にやって行く気はないと。そうでしたね殿下?」
ディミトリー殿下は手を髪に盛って行くと頭を掻くような仕草をする。
「確かに…あの時はステイシーに…でも彼女は私が次期国王になれないと分かるとすぐにいなくなった。そんな女性だとは思ってもいなかった。もう目が覚めたんだ。ルヴィアナ君が本当に心を入れ替えて頑張っていたと聞いて本当に悪いことをしたと思っている。もっと早く謝るべきだったが…何しろ言い出しにくくて今まで来れなかった。でもここまで来たらもう覚悟を決めたんだ。だからルヴィアナ…」
ディミトリー殿下の手が伸びて来てルヴィアナの両手がぎゅっと握られる。
そのまま引き寄せられるように彼の近くに体ごと持って行かれてあっという間に唇を押し付けられた。
彼の分厚い唇が私の唇をすっぽり覆うように被さられ、寝取りとした彼の粘膜が触れて、うぐっと胃がせり上がりそうになる。
止めて…止めて…本当にいやです!
手を振りほどいて彼の胸を思い切りぐっと押し出した。
ディミトリー殿下の唇がぬらぬら光っている。げぇー気持ち悪い。い、いけません。ご令嬢がそのような言葉使いをしては…
やっと気持ちを立て直す。
「待って下さい。殿下、誤解なさらないで下さい」
そう言うと彼からさらに一歩下がる。
「私は殿下とは閨事を持つ気はありません。それがこの結婚の最低条件です。それはあなたがカルバロス国から戻られた時に最初におっしゃった事ではありませんか?」
「だからさっきも言ったはずだ。あの時は私が間違っていたと…だからその話は終わりにしよう。これからは君を大切にすると約束しよう」
「そんな約束を信じろと?また側妃でも出来てすぐに心を動かされるのではないのですか?そんな人と心を通わせるはずもありませんわ。私は私だけを愛してくれる人しか愛せませんわ」
「だから悪かったと言ってるじゃないか!しつこいぞルヴィアナ。またいつもの君に戻ったのか?せっかく期待した私がバカだったのか?いいか。この話はこれが最初で最後だ。私はうまくやって行こうと頼んでいるんだ。これでは駄目なのか?」
「無理です!」
「もういい。二度と君には頼まない。でも、結婚はやめれない。それはわかっているんだろうな?」
「もちろんです。それに嫌だと言っても無理でしょう?これを見てごらんなさい。私は捕らわれの身ですよ。私の方こそ私を信じて頂きたいと言いたいですわ!」
「クックッ…そうだな。君も不自由しているか…まあそんな事を言ってられるのも今のうちだ。跡継ぎを産まなければならない事はどうするすることも出来ないんだからな」
「待って下さい。先ほどの話‥ランフォード様を助けていただけるなら考えますわ殿下」
「それは僕の一存で出来る事ではない。ましてそんな事をしなくてもいずれ君は手に入るんだ」
ディミトリーは笑いながら離宮を後にした。
ルヴィアナは驚いた。
私は相手の体に触れると相手の考えていることが分かるようになっっているわ。
今日もディミトリーに手を取られていつものように彼の考えていることが脳に流れ込んできたのだ。
不思議な事にディミトリーはステイシーの事はもう好きでもないようだと分かった。
ルヴィアナとはうまくやって行きなさいと王妃から散々うるさく言われて仕方なくここに来たということも。
そしてルヴィアナを欲しいと思っていることも…ただそれは欲望のはけ口としてだが…それで子供でも授かればもっといいと思っていることも。
そしてどうしてもと言うなら無理やりにでも奪ってやると思っていることも。
ああ…いやだ。
背筋がぞくぞくして寒気がする。あんな男に抱かれるなんて死んでも嫌です。
ああ…どうしたらそんなことにならなくて済むのでしょうか。
それを何とか考えなければ…
ルヴィアナの気持ちは沈んで行くばかりだった。
そして最もショックだったのは殿下はランフォードが殺されればいいと思っている事だった。
彼を頼ろうなどと思った私がばかです。




