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宰相のリカルドはランフォード達を牢に入れるように指示を出すと、すぐに近衛兵を呼び部屋の出入りを禁じた。
そして国王をこのままにしては置けず、抱き上げると王の私室の寝室につれて行きベッドに横たえた。
悲しんでいる時ではなかった。もし誰かに殺されたのならすぐに犯人を見つけなければならないのだ。
「すぐに王宮内の薬師を呼んで王に異変がないか調べてもらえ!」
リカルドは王の様子を見るよう命令する。
すぐに王の執務室の中も捜索させる。近衛兵から怪しい人間の出入りがなかったかも確認する。
出入りしたのは、執務官のダリオ、秘書官のローラン、クーベリーシェ伯爵未亡人と娘のルヴィアナ、王妃のクレア様、そしてランフォード達だった。
ランフォード達はすでにとらえてある。
宰相はすぐに王妃に国王の様子を聞きたいので連れてくるように言う。
宰相が執務室に戻るともう王妃が待っていた。
「宰相、何事です?」
「お呼びだてして申し訳ありません王妃、実は先ほど国王が崩御なさいました。それで王妃が執務室にいらしたとお聞きしまして、その時のご様子を伺いたいのですが…」
「…ニコライが…どうして私が部屋を出るときはとても元気そうでしたのに…どうかニコライに会わせてください。あの人が死ぬなんて嘘です。そんな事信じないわ」
クレアは動揺して慌てる。瞳は濡れている。
「王妃、ではあなたが部屋を出るときは陛下はまだご無事だったのですね?間違いありませんか?」
「宰相、何が言いたいの?ニコライに何かあれば人を呼ぶに決まっていますでしょう。あなた言うに事欠いて私が王に何かしたとでも…」
クレアは泣きながら宰相を睨みつけた。
「とんでもございません。ただ国王のご容態がいつ悪くなったのかを確かめたいだけです。そう言う事なら国王はおひとりの時に心臓発作か何かを起こされたということになりますね。特に怪しいところもないようなら陛下の亡くなった原因は病死ということになりますので」
「ええ…残念だけどそうね。でも信じられません。先ほど元気なお顔を見たばかりなのに…」
クレアは今度はくたりと泣き崩れた。
その体を宰相が受け止めてソファーまで連れて行く。
「お力を落とされませんよう。王妃にはディミトリー様がいらっしゃいます。私は今後の予定を立てなければなりませんので失礼します。もちろん結婚式は延期ということになるでしょう」
「ええ、わかっています。私はディミトリーとニコライの所に参ります」
「はい、今は薬師が王の様子を見ていますので、それが終われば誰か呼びに来させますのでしばらくここでお待ちください」
そう言うと宰相は部屋から出て行った。
そして国王崩御の知らせは一番に公爵家に知らされた。
シャドドゥール公爵家にはランフォードが牢に入っているため知らせが行かなかった。
ダンルモア公爵家は知らせを聞いて王宮に飛んできた。
リカルドはダンルモア公爵とふたりで遺言状を確認することにした。
ガスティーヌ公爵家のリカルド宰相とダンルモア公爵家だけで先に国王の遺言状を見ることになる。
遺言状にはディミトリーを次期国王にすると書いてある。そして王妃はルヴィアナにするとはっきり書いてあり、宰相リカルドに後の事は任せると続いていた。
「ダンルモア公爵、それでご令嬢とシャドドゥール公爵とはもうご婚約が整っているのですか?」
宰相の気がかりはランフォードの事だった。一度は次期国王にすると言った事もあり王が牢に入れたと聞いた時も何とかしてやろうと思っていた。だが…
「それはまだ…何しろお忙しかったものですから」
「ではまだ婚約は整っていなかったと?」
「はい、陛下はそれでもいいとおっしゃって婚約を進めるようにとのお話でしたが…このようなことがあってはもうこちらもこれ以上縁談を進めるわけにはまいりませんので」
リカルドは国王の考えをはっきり聞いたわけではなかったが、シャドドゥール公爵にあのようなことをされたのは、何か意図があっての事かも知れないと考えた。
それにこうなった以上ディミトリーとルヴィアナの結婚はもはや絶対的な事となった。
彼がいればまたルヴィアナの気持ちが揺らぐかもしれない。
ミシェルがルヴィアナはシャドドゥール公爵と結婚したいと言っているとぼやいていたことを思い出す。
大体ルヴィアナは貴族の令嬢。親が結婚しろと言えば、好きな人がいようとそんな事言える立場ではないと知っているはずだ。
だが、最近のルヴィアナを見ているととてもそうは見えなかった。
「そうでしょうね。どうですか、この際シャドドゥール公爵家を潰してしまうというのは?」
「えっ?…まあ、それは良い案かと…」
ダンルモア公爵も驚いたがすぐにニンマリと笑みを浮かべる。
他にもリカルドには考えがあった。
「まだはっきりとは決めてはいませんが、ルヴィアナが王妃になるのです。クーベリーシェ伯爵をシャドドゥール公爵家の変わりに公爵にしてはどうかと思っています。そうすれば他の貴族から不満の声も上がらないのではないでしょうか?」
「えっ?シャドドゥール公爵家を潰すのにですか?また公爵家を作られると………ええ、確かにそうなれば他の貴族たちも何かとうるさいでしょうから、公爵家は3家のままということで、それなら問題はなさそうですな」
リカルド宰相はもっともでしょうとでも言いたげにダンルモア公爵を見る。
元々クーベリーシェ伯爵家は鉱山も持っていて裕福な貴族だったが、ルヴィアナを口実にクーベリーシェ家を公爵家にすれば、元のクーベリーシェ家の領地とシャドドゥール公爵家の領地が手に入る。
そうなればガスティーヌ家と合わせれば莫大な領地と富を手にすることが出来るのだ。
クーベリーシェ家のルヴィアナは王妃に妹は王妃の母親。レイモンドという跡取りがいるがそれも姻戚関係となる。
おまけにディミトリーには能力はない。
そうなれば国政は宰相である自分の独壇場となるではないか。
リカルドの頭にはこの先がバラ色に輝いた。
そのためにはシャドドゥール公爵には、いっそ国王を毒殺した当事者としてもいいかもしれん。
彼には即刻、爵位の返上を求めねばならん。
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二つの公爵家でそのような話が行われてやっと貴族たちに国王崩御の知らせる。
王都のシュターツは大騒ぎになった。
貴族の屋敷からは次々に王宮に向かって馬車が走らされた。
国王崩御の知らせと一緒にシャドドゥール公爵が国王の死に関与しているのではと疑いをかけられているとの噂もちらほら。
その噂は高速のようなスピードで人々に広まっていた。
クーベリーシェ家の屋敷で国王崩御の知らせを受け取ったミシェルは泣き崩れた。
そんな…ニコライが死んだなんて…もしかして私のせいではなのかしら?ルヴィアナの秘密を話してしまってニコライは驚いて心臓に負担でもかかったのでは?
いえ、でもシャドドゥール公爵が怪しいという話も出回っている。
それにルヴィアナとディミトリー殿下との結婚もどうなってしまうのかわかりませんわ。
王妃は私たち親子を良くは思っていないらしいのですから…でもその方がいいかも知れません。兄妹なのに夫婦になるなんて無理ですわ。
この先の事を考えるとミシェルの胸の内は千々に乱れる。
「母上、とにかく王宮に行って参ります。後は頼みます」
レイモンドが知らせを聞いてすぐに王宮に行かなくてはと支度を整えて出発すると言った。
「お兄様、ランフォード様の事どうなっているのか調べて下さいますよね?彼は牢を勝手に出たことを謝罪に行ったはず。絶対に国王に何かするなどありえませんわ。だって私と結婚すると約束しているのですから…ですからお兄様」
「ああ、ルヴィアナ何も心配せず大人しく待っていなさい。必ず無茶はしないと約束するね?」
「はい、約束しますお兄様」
レイモンドはルヴィアナの手を取って気を付けてとそっと手の甲にキスを落として挨拶をした。
「では行って来る」
レイモンドは急ぎ馬車で屋敷を出て行った。




