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取りあえずレイモンドのいる執務室に戻る。
「どうでした?」
「もう、ルヴィアナったら国王に向かってなんて失礼なことを言うんです。私は生きた心地がしませんでした。もう帰りましょう」
「ほら見ろ、会わせてくれなかったんだろう?」
「お兄様何とかしてください。私、ランフォード様に会うまでここから動きませんからね」
「困った奴だ‥」
そこに騎士隊の副隊長が入って来た。
副隊長のダミアン様は、ローラン様の兄だそうだ。
「おい、ローラン。ランフォード隊長の面会の話はどうなった?」
「兄上、それがディミトリー殿下もあれから顔を出されないのでお願いできていないのです」
「困った。あの冷静沈着な隊長が国王に暴力など振るうはずがないんだ。それに婚約したとは聞いたこともなかった。隊長にはいろいろ聞きたいことがあるんだ。それにいつまでも隊長がいなくては騎士隊にも影響が出始めている。もう人に頼んではいられん.俺が自分で行って来る」
「あの…ランフォード様に会いに行かれるなら私も一緒に行ってもいいでしょうか?」
「あなたは?」
「申し遅れました。レイモンドの妹のルヴィアナ・ド・クーベリーシェと申します」
「ああ、隊長と結婚すると言われていた。ですがあなたはもうディミトリー殿下とご結婚されるはずでは?」
「いえ、私はランフォード様と結婚すると思っていたのです。ずっとディミトリー様と結婚することは知らされずにいたのです。彼が婚約しているのに私に結婚を申し込んだなんて信じれないんです。どうか私も一緒に連れて行ってもらえませんか?」
ルヴィアナは、下から潤んだ赤紫色の瞳でダミアンを見上げる。どうかご慈悲をと両手を合わせながら…
「ええ、いいですよ。そんなご事情なら彼に言いたいこともあるでしょう」
ダミアンは気の毒そうにルヴィアナを見つめた。
えっ?いいんですの。話てみるものね。良かったわ。ルヴィアナはきっちりしたドレスのままだったがそんな事はお構いなしについて行くことに…
「では、私も行こう」
レイモンドがそう言ったが目立つのでふたりだけで行った方がいいと言われたがレイモンドは引かなかった。
「ルヴィアナをあんなところに行かせるならついて行く」
「お兄様ありがとう」
ルヴィアナには引き返すという選択はなかった。
レイモンドもランフォードが婚約していたとは思えなかった。彼は真面目で正直な奴だった。だからルヴィアナとの結婚が決まって喜んでいたんだから…
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ダミアン様とレイモンド、ルヴィアナは一緒に牢に向かった。
牢は王宮の北側の塔にある。昼間でも薄暗く人はほとんどいない廊下を歩いて行く。
煌びやかな壁面や天井画もなく、廊下も壁も天井もすべて冷たい石作りで出来ている。
次第に細い通路は人が一人通れるほどになり、明かりは高い壁の小さな隙間から入って来る光のみ、昼間でなければここはきっと真っ暗だろう。
そんな薄明かりの中を立ち止まることなく進んで行く。
ルヴィアナはこれくらいの事は平気だとダミアン様の後を送れないようについて行く。
その後ろをレイモンドがついて行く。
だんだん天井は低くなって行き突き当りの古びた扉に行き当たった。
扉の鍵をダミアン様が壊してそこを開けると真っ暗な空間に階段が見えた。
こんな寂しい所なんて…ルヴィアナの心はさっきまでの勇ましい気持ちがしぼんで行くようだった。
やっぱり自分はランフォードに騙されたのでは?
何もないのに牢に入れられるはずがないのでは?
ランフォード様はすでに婚約していたのでは?
そんな不安が暗闇の恐怖と共に次々に沸き上がって行った。
ダミアン様がここで待つよう指示を出した。
奥に続く通路は真っ暗でほとんど見えない。
こんな暗い穴の中に入るんですか?
本当に?
通路から吹き上げた風がルヴィアナのドレスを揺らめかせた。
ゾクッとするような淀んだ空気に言いようのない不安が込み上げる。
ランフォード様もディミトリー様のように私を裏切るつもりなのでは…もしそうなら私は立ち直れないかもしれないわ。
身体がプルリと震えた。
下を見る。
えっ?やっぱりこの階段を下りるのですよね?恐い…
階段は梯子のような簡易的なものでそれを下りて行くのは難しそうだ。
ダニエル様が先に下りて、カンテラに火を灯した。
さすがは騎士隊。簡単に魔石を用いて火を起こしたのだった。
「さあ、ルヴィアナ嬢手を…」
そう言われたがその手を取ったのはお兄様だった。
レイモンドは先に下りるとルヴィアナの手を取って階段を下りるのを手助けしてくれた。おかげで何とか下りることが出来た。
「ありがとうお兄様」
「さあ、こちらです」
ダミアン様はきっと何度か来られたことがあるのでしょう。私たちに行き先を指さした。
でも、ここに誰もいないのですか?色々な不安が込み上げてくる。
「ダミアン様、見張りは大丈夫なのですか?」こんなことをして見つかったりしたらどうすればいいんです?
「こんな所に来る奴はいない。来るのは食事を運んでくるときだけだ、安心しろ!」
「そうですか…」
ひどく気味が悪いところだった。これなら誰も逃げだせないかも知れませんね。
緊張してか喉がごくりとなると何も考えられなくなった。
頭の中は恐怖に支配されていた。でも、どうしても会わなければいけない。そんな気がしてルヴィアナは脚を少しずつ前に進めた。
「大丈夫か?」
レイモンドが声を掛けてくれた。
そうだった。お兄様も一緒にいてくれる。そう思うと少し落ち着いた。
カンテラの明かりだけを頼りに先に進んで行く。
地下はじめじめ湿っていて、かび臭い匂いが鼻をついた。息をするのも嫌になりそうになった時ダミアン様が指さした。
「あれが牢だ。おっ、かすかに人影が見えた気が…」
ダミアン様が声を掛ける。
「隊長ご無事ですか?ダミアンです。おられるのですか?ご無事ですか?返事をして下さい」
「驚いた。こんな所に…」
レイモンドも覗き込むようにして驚いた声を上げる。
ルヴィアナはもはや尋常ではいられそうになかった。
彼はこんなところに入れられて…もう3週間もたっているんですよ。こんなのひどすぎます。
ああ…ランフォード様どうかご無事でいてください。
ルヴィアナは、今まさに目の前に見える人影に祈るような気持ちになった。




