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ランフォードは、その後すぐにクーベリーシェ家を後にした。
本当はもっとルヴィアナと一緒にいたかったが、あのような不始末をした後で帰るという選択しかなかった。
そしてルベンから戻って来た騎士隊と合流して王宮に入った。
ランフォードは早速国王に挨拶に伺うことにする。
「陛下、ただいま戻りました」
「おお、ランフォード。この度は魔獣盗伐ご苦労。無事に帰ってきて何よりだ。まあ、かけてくれ」
ふたりは執務室の中央にあるソファーに腰かけた。
「あの陛下、知らせが届きましたが、その…私が次期国王という話は本当なんでしょうか?」
「ああ、その話か…ディミトリーの王位継承権をはく奪して次の国王を議会が決めた。私もそれでいいと思っていた。だが、ランフォード、君がすでに婚約していたとは知らなかった。そうとなればこの話は白紙に戻さなければ…」
「婚約?何の話です」
「何の話?ダンルモア公爵の娘ジェルメールとの婚約の申し出を受けたと聞いた。そう言うことならばルヴィアナとの結婚は無理ということになる。その話は魔獣盗伐に行く前に決まったと言うではないか。知っていたら君を次期国王にする話にはならなかった。言ったようにルヴィアナとの結婚が大前提なんだからな。だからディミトリーにもう一度王位継承権を与えるつもりだ。式も準備も出来ているし予定通り1か月後に式を挙げる。ランフォード君もジェルメールとのことで忙しくなるだろう。この話はなかった事でいいな?」
「陛下、ですが私はダンルモア公爵家の娘と婚約などしておりません。これは何かの間違いです。確か婚約はどうだろうかとお話が来たことは覚えておりますが、何しろ忙しかったもので返事はまた後日とお答えしたはずです」
「何?ではオーレリアンが嘘をついているとでも?そんなばかな事があるはずがない。ジェルメールは君とルヴィアナの婚約が決まったと聞いて涙にくれているというじゃないか。それは次期国王の方がうまい話だろうが、約束は約束だ。ジェルメールをしっかり支えてやるのが君の役目だろう?」
「ですが陛下、本当にそんな約束はしていません。私は婚約すると言ってはいないのです。国王の座が欲しいわけではありません。私は嘘など言ってはおりません。陛下、どうか信じて下さい」
「やはり権力にはよほどの魅力があるらしいな。衛兵入れ!」
ニコライは近衛兵にランフォードを連れて行くように言う。
「待って下さい。何かの間違いです。どうかもう一度調べて下さい。そうすればはっきり分かるはずです!」
ランフォードの声は聴く耳を持たないとニコライは強引に近衛兵に連れて行かせた。
「衛兵。ランフォードをしばらく地下牢に入れておけ!」
「はい陛下、承知いたしました」
「ちょっと待って下さい。いくら何でもひどすぎます。陛下、私の言うことを調べて頂ければわかります…待ってくれ。おい、いいから離せ!」
ランフォードは、無理やり王宮の牢に入れられてしまった。
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ルヴィアナは翌日王宮に出向いた。
国王にも挨拶をしに行く。
国王は、ディミトリーの事を謝られて結婚式の支度が忙しいだろうと優しく声を掛けて下さった。
次に王妃のおみまいに伺う事にする。
これが終わったら執務室に顔を出すつもりだった。
きっとランフォード様が待っているはずです。でも、昨日の事を考えると顔を合わせるのが少し恥ずかしい気もしますが…でも、結婚したら…
もうすぐ彼と夫婦になると思うと頬が熱くなる。もう、私ったら…
あっ、ローラン様に会うのも久しぶりですわ。楽しみです。
「王妃様、お加減はいかがですか?」
部屋を訪ねるとクレアはもう起き上がってソファーに座っていた。
「まあ、ルヴィアナあなた私の為に?」
「ええ、お顔の色がよさそうで安心しました」
「ええ、おかげさまで…考えたら結婚式も近いし、王妃となるあなたには、これから王妃教育を受けてもらわなければと思ってるの。それで今日、今からすぐにでも始めなければと思うのよ。そうね。ルヴィアナあなたこのまま王宮にずっといればいいわ」
「そんな急に言われましても、何の支度もしていませんし、一度帰ってから母にも相談しなくては…」
「まあ、いいですか、次期国王の妻ということはあなたは私の娘でもあるのよ。私の事は母親も同然のはずですよ。お母様には私からお話をしておきます。王妃教育はもっとも重要な事ですから、早速今日からモントレー先生にお願いしてカルバロス国やベニバル国の王族の名前や国の事をしっかり頭に叩き込んでもらいましょう。結婚式では両国の王族の方々も参列されるし、引き出物もいただくでしょう。その場で失礼のないように今からきちんをしておかなければなりませんからね」
王妃はすぐに侍女に言いつけてモントレー先生に話を伝えるように言った。
「さあ、準備が整うまでお茶でもいかが?これはチョコレートというお菓子よ。昨日ニコライがベニバル国からのお土産だと持って来てくれたの。おいしいわよ食べてごらんなさい」
「はぁ…ですが、あまりに急で、やはり一度帰ってからの方が…いろいろ支度もありますし」
「まあ、そんなに心配なら使いに荷物を取りに行かせましょう。それなら安心でしょルヴィアナ」
王妃はにっこり笑ってルヴィアナを見た。
ディミトリーと同じ藍色の瞳がこちらを見据えている。
その氷のような冷たい視線にぎくりと背筋が凍る感じがして、思わず喉がごくりと鳴った。
「わかりました。それほど言われるなら、王妃教育を頑張ります」
王妃様の言うこともわかります。それにこれはランフォード様のためにもなるんですし、彼が恥をかかないためにも私はしっかり他国の王族の名前や街の名前、名物などを覚えなければ…だってルヴィアナの海馬にはそのような情報は全くありませんもの。
ルヴィアナは、出されたお茶をごくりと飲んだ。
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その頃ランフォードは牢の中で体に異変を感じていた。
昨日はルヴィアナを前にして理性を失った時も感じたが、とにかく体の中が熱くてたまらない。
何かが沸き上がってくるようなむずむずと力が満ちて行くような感覚に自分でも驚き、そして原因が何か必死で考えていた。
ランフォードは元々魔源の力を多く持っている方だ。
だから金色の瞳をもっていると思って来た。それに魔獣盗伐に行けばそれなりの成果もあげていた。
そう言えば今回はスピリットソードには驚かされたな。あの剣はまるで生きているみたいだった。
刃には波紋という模様が浮かび上がり、それは大きくうねって見るものを惹きつけて離さない。そんな怪しい魅力があの剣にはある気がする。
剣を構えると刃はぎらぎら輝き早く獲物を食らいたいとばかりの気迫を感じた。
いざ獲物の皮膚に触れるとその血までも吸い尽くそうと魔獣の体を切り裂き、その滴り落ちる血液を刃先に受けてきらめいていた。
何とも薄気味が悪かった。なぜかあの剣はもう作らない方がいい気もしていた。
それにあれから俺はその剣をそばに置かないと落ち着かない気がしていた。そんな事初めてだ。ずっと剣をそばに置いてなぜか剣があると力がみなぎったような気がして…
そう言えばあの時倒した魔獣の血が自分の切った腕の傷口に入ったが、いや、そんな事は今までにもあった。それは関係ないはずだ。
ではどうしてこんなに体の調子がおかしいのだろうか?
「おい、誰かいないか。悪いが体調がひどく悪いんだ。医者に診てもらいたい。それに薬草を…」
牢にはランフォードが一人で他には誰もいなかった。見張りもいるはずだろうが呼びかけに答える者はいなかった。
ランフォードは日に二回ほど食事を与えられてそのまま放置される状態が続いていた。
屋敷の方には忙しいので王宮に泊まり込むと連絡が届いて、彼を心配する者はいなくなった。




