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ルヴィアナは腰が抜けるかと思うほど驚く。
きっと顔は間抜けな顔になっていて、身体は力が入らない。まるで宇宙旅行から帰って来たばかりの人みたいに立ち上がろうとしても脚ががくがくして立っていられない。
「ルヴィアナ?どうしたんだ?何だかおかしいぞ。大丈夫か?」
ランフォードはソファーから立ち上がるとぐるりと回り込んでルヴィアナのすぐ隣に座った。
ルヴィアナはおかしくなりそうなほどうれしかった。ついランフォード様の胸に身体を預けるように頽れる。
ああ…神様。ランフォード様がロッキーだったなんて、だから私はこの世界に転移して来たのかもしれないわ。
そして胸いっぱいに息を吸い込んだ。
懐かしい匂い。これ、ロッキーと同じ匂いだわ。どうして今まで気づかなかったのかしら。
「まあ、ルヴィアナ気分でも悪いの?すみませんシャドドゥール公爵。こんな…さあ、起きなさいルヴィアナ。お茶が来ましたよ」
お母様がいかめしい顔をされた。それもそのはずこの世界でこんなことをするのは、はしたない事だもの…
「私なら平気です。ルヴィアナはきっと疲れているのでしょう。さあ、ゆっくり起き上がって」
ランフォードに起こされてルヴィアナはソファーに背を預ける。
「ごめんなさい私ったら…あの、お母様、私ランフォード様とお話がしたいんです。少し席を外してもらっても…?」
「まあ、ルヴィアナったら、公爵はよろしいです?」
「はい、もちろんです」
「まあ、我が家の中ですから…ルヴィアナゆっくりお話ししなさい」
「ありがとうございます。お母様」
ミシェルは少し顔をしかめたがすぐに席を外してくれた。
ふたりはお茶を飲み始める。
ルヴィアナはカップを置くと聞いた。
「あの…ランフォード様、あなたは…あなたはもしかしてロッキーなんですか?」
ランフォードが飲みかけのお茶をのカップを落としそうになる。
「な、何を?ロッキーって…」
「実は私…驚かないで下さいね。私…聖龍杏奈なんです」
「杏奈?まさかお嬢?でも、どうして」
ルヴィアナになったいきさつを説明する。
ランフォードも思った通りこちらから転移してまたこっちに戻ったらしい。
「驚いた。まさか、こんなことが起こるなんて信じれない…」
「私だって信じれません。でもずっと会いたかったロッキーに‥でも、この世界に来てしまって、あなたを見た時何だかロッキーに似ていると思ったわ。でも本当にそうだったなんて…」
「それは俺も同じだ。君の中にお嬢を感じていた。あのお菓子だってピローケースなんかまったく同じだったろう?でもそんなことあるはずがないと思うだろう普通。まさかと…俺達は二度も出会うなんて奇跡だ。もう何の迷いもない」
いきなりランフォードが床にひざまずいた。
シャツのボタンを外し、首にかけていたペンダントを取り出した。
ペンダントには指輪がくぐらせてありその指輪を抜き取るとさっとルヴィアナの前に差し出した。
金色の指輪にはダイアモンドやルビーエメラルドなど数々の宝石がぐるりと埋め込まれていて一つ一つがキラキラ輝きを放っている。
「ルヴィアナ・ド・クーベリーシェ嬢あなたに結婚を申し込む。どうか私と結婚して下さい」
真っ直ぐに注がれる琥珀色の瞳には一点の陰りもなかった。
真っ直ぐ通った鼻筋、自分を見つめる真摯な瞳、凛々しい眉に反してその瞳からは温かな優しさがにじみ出ている。
そんな完璧な顔立ちの男からの紛れもないプロポーズだった。
ルヴィアナの心は喜びで震えた。喉が緊張でふさがり声が出ない。
ごくりとつばを飲み込んでやっと声を…
「ランフォード・フォン・シャドドゥール公爵。あなたと結婚します」言えたわ。
ルヴィアナは彼と見つめ合う。
「ありがとう。ルヴィアナ。そしてお嬢…これほどうれしいことはない」
ランフォードはルヴィアナの手をそっと取ってその指輪をルヴィアナの薬指にはめるとそっと唇を寄せた。
繊細な感触に思わず身体がピクリとなる。
指にはめられた指輪のせいで彼のものになるという感覚に体が熱く火照って行く気がした。
彼が腰を上げてルヴィアナに近づく。
「いや?」
思いっきり首を振る。いやじゃない。じりじりこみ上げてくる感覚は幸せの予兆のようでもある。
「きれいだ。ルヴィアナ。杏奈と呼んだ方がいいか?」
「いいえ、ルヴィアナと呼んで下さい」
そっと答える声は熱を帯びて、そしてこの世界で彼と二人で生きて行こうという決意もあった。
彼の手がうなじに回されるとピクンと鼓動が跳ねた。
「あっ……」
彼の乱れた銀色の髪が額に触れるとそれだけで背中がぞくぞくして来る。
柔らかで温かな唇がそっと触れて来たと思ったら、すぐにぴたりと重なりとろけそうな甘い気持ちがせり上がって来て、ルヴィアナは心を込めて唇を重ねた。
「ルヴィアナ…君の唇はすごく甘い…」
そんな甘い言葉を聞かされてさらに熱が込み上げる。
いつしか腰を抱き寄せられ彼の腕の中にいた。
ルヴィアナはランフォードの首にそっと腕を巻き付けると、それが合図のようにランフォードは激しく唇を奪って来た。
とろっとろっの甘いキスにルヴィアナの身体は喜びに蕩け始めた。
「ぁあ、ぁ…」
ルヴィアナは切なげな吐息を上げ、くたりとなってランフォードの胸に身体を預けると耳元で囁く。
「ルヴィアナ好きだ。ずっと好きだった」
彼は頬から顎にかけて優しく指でなぞりながらそう言った。
「私も…ずっとずっと好きでした」
そしてランフォードはたまらないとルヴィアナの顔じゅうにキスを落とし始めた。
ルヴィアナはランフォードのふわりと包み込むような感触と甘いかぐわしい香りにすっかり魅了されていた。
見つめ合う瞳。琥珀色の瞳とアメジスト色の瞳が交差してマーブル模様を描かれるように気がする。
中心から頼りなげな炎が現れ幻想的な世界が現れ、さらにその炎からは蜜ろうのような甘い香りが漂ってくるようだ。
炎は熱くもなくその揺らめきは優しさと温もりに溢れているようにも見えた。
まるでこの世界ではない空間にいるような…不思議な感じ。
うん?なんだろう?この痺れるような感じは…
***************
ランフォードは、ルベンからかなり急いで帰って来た。街に入ると隊列から離れて馬を走らせてクーベリーシェ家に来た。
本当なら一番に王宮に出向き国王に挨拶をするべきだろうがランフォードはそんな気持ちにはなれなかった。
とにかくルヴィアナの顔を見て彼女が結婚を嫌がっていないかを確かめたかった。
髪は乱れ、騎士隊のマントはほこりにまみれていて、マントだけは馬からおりるとすぐに外して隊服もきれいにほこりを払って髪を撫ぜつけてチャイムを押したのだった。
だが、きっと汗やほこりの匂いは落ちていないだろう思っていたので、結婚の話を確かめたらすぐに帰るつもりだった。
彼はきっと他の男性以上に女性には礼儀をわきまえているつもりだし、気も使えると思っていた。
だが、今まで付き合った女性もいなかったし、結婚を考えた女性もいなかった。公爵家の仕事や騎士隊の仕事、妹の事などで手がいっぱいだったからだ。
でも、ルヴィアナの事となると、今までのような理性がほとんど働くなったらしい。
結婚を申し込むとルヴィアナは素直に結婚を受け入れてくれた。
ずっと肌身離さず付けていた母の形見の指輪。いつか心に決めた人が出来たらと心ならずも思っていた。
それが今日叶ったのだ。
胸は喜びに震え彼女にそっと触れると、止めなければと思うのに彼女の髪に触れたら今度は頬に触れていた。反対の手はうなじに回していて、ルヴィアナは潤んだ瞳を投げかけて切なそうな息を漏らした。
その途端、彼女の唇にキスをしたくてたまらなくなっていた。
ひとたびキスをするとそれは味わったこともないほど甘くて、感じたこともないほどふんわりとした感触で…
俺の理性はガラガラと崩れ落ちた。
おかしい。こんなはずはない。いくら女性と一緒にいるからと言って今までこんなに舞い上がったような感覚になった記憶はないはずなのに…
それにやけに体が熱い気がする。
身体の中心から本能が沸き上がり、無性にルヴィアナが欲しい気持ちになって行く。
何だかおかしい。こんなはずはないのに…無性に本能のままルヴィアナを抱きたくなる。
まるでオメガとアルファのように互いが互いを惹きつけ合うような…ルヴィアナもそう思ってくれているだろうか?
ランフォードは気づけばルヴィアナをソファーに押し倒し彼女の上に上半身を重ねて唇を貪っていた。
手は彼女の腕や腰の辺りを彷徨い始めて…
「ま、待って…ラ、ランフォード…」
ルヴィアナの鼻腔に、いきなり感じたこともない獣のような匂いがした。
彼が力任せに抱きしめて来たことにも戸惑いを感じ始めた。
激しく口腔内を蹂躙されて、肩口を強くつかまれてソファーに押し倒され、ドレスの上から胸元に手を這わされ始めるとルヴィアナはもうキスに集中出来なくなった。
いくら何でもこんな所で…私だって気持ちが通じ合ってうれしいわ。でも、昼間の明るいこんな場所で、お母様だったいつ入って来るかもわからないのに…
おかしな感覚は羞恥のせいだわ。
「だめ!ランフォード様お願い」
唇を離されてルヴィアナは慌ててそう言った。
ランフォードは、その声にハッとなる。
見れば自分はルヴィアナをソファーの上に押し倒して上に重なっていて、彼女のドレスはくしゃくしゃに乱れていた。
「すまん。こんなことをするつもりはなかった」
彼は急いでルヴィアナから離れると立ち上がった。見れば自分の隊服もかなり乱れている。股間は熱く滾っていて思わず上着をぎゅっと引っ張ってズボンの膨らみを隠す。
俺は何をした?理性を失っていた。あまりにうれしかったからか?自分でも驚く。
「ルヴィアナ大丈夫か。本当に悪かった…ついうれしくて」
急いで彼女を起こして彼女の前にしゃがみ込んで髪を撫ぜつける。
「いいんです。怒ってなんかいません。でも…」
「君が怒るのは当然だ。俺は気を悪くなんかしない。それより自分のしたことが恥ずかしい。もう二度とこんなことはしない。だから許してほしい」
ランフォードは、かなり参った様子でルヴィアナを見つめる。
「もちろんです。あまりにも嬉しかったですもの。だからですわ」
ルヴィアナはなぐさめるようにランフォードの手を取った。
あっ!何といったらいいかわからなかったが、何かが流れ込んできたような感じがする。
そう、これはジルファンの手を握った時みたいな、魔族の力みたいのようなものを感じた。
ビリビリとした電流みたいなそれはランフォードの中で出口を求めているかのように、ルヴィアナが触れた手のひらに渦を巻くように流れ込んだ。
「ぃや!」
ルヴィアナは、急いで手を放す。
「どうした?」
「ごめんなさい。きっと静電気ですね。一瞬ビリっとして驚いただけです」
ルヴィアナは、心配をかけまいとにっこり微笑んでランフォードを見た。
少し前にはあんなに心地よかったのに何だか水を差されたみたい。
いいえ、慣れないことをしたからだわ。
あっ、そう言えば瞳の色が金色の人は魔源の力も強いって言ってましたわ。それと関係あるのかもしれませんね。
彼はもともと魔源の力が強いはずですもの。
 




