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それから数日後には議会で正式に次期国王をランフォード・フォン・シャドドゥール公爵にすることが決まった。
ただ、彼は魔族討伐の為に今は辺境のルベンに赴いておりこちらに帰り次第、次期国王の任命をすることになった。
これは議会の決定事項で本人の意志は関係なかった。
それはルヴィアナも同じで、要するにルヴィアナの次の婚約者はランフォードに決まった。
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ー1週間後ー
そのことを伝えにレイモンドが修道院にやって来た。
ルヴィアナは診療施設にいると聞いてレイモンドは驚く。
そんな事を妹がしているなど夢にも思っていなかった。
せいぜい、自分の身の回りの世話をするのが精一杯だろうと思っていたのだ。
だから、ルヴィアナの様子をこっそり見たいと思い、レイモンドは自分から出向くと言って診療施設にやって来た。
そして驚きの状況を目の当たりにする。
ルヴィアナは診療施設の看護師と同じような服を着てエプロンを付け、患者たちに接している。
具合の悪そうな患者の前に手をかざし、何やら力を送り込むように念じている。
患者の痛みでゆがんでいた顔が、次第に穏やかになっていくのがわかる。
痛みが引いていきほっとしたような顔をしている。
レイモンドは驚く。
まさか…まさかルヴィアナは女なのに魔源の力を使えるのか?いや、魔源の力を持っている事は瞳の色でもわかっているが…
だが、こんな魔源の力は見たこともない。そう言えば確か異国では治癒魔法とか言うが会って病気やけがを治すとか?
いや、いくらなんでもそんな事ルヴィアナが出来るはずが…
レイモンドは、母親だって誰だって女性が魔源の力を使うのは見たことがない。例え魔源の力を持っていても女は使えないとずっと思っていた。
それに聞いた話では、魔源の力を持っている女性は妊娠してその力をお腹の子供に与えるのだと、そのため女性も魔源の力を持っている方がいいとされているんだと。
だが目も前で行われている奇跡のような行為は、きっと魔源の力を使っているに違いない。
驚きのあまりその場に立ちすくんでいたレイモンドはハッとしてルヴィアナに近づいた。
「ルヴィアナ?何をしているんだ?これは魔源の?お前、こんな事が出来るなんて…だが、すぐにやめるんだ!」
「あら、お兄様。ごきげんよう。こんな事してもいいじゃないですか。私だって驚きました。でも、人の為になることですよ。すこしでも痛みを和らげたり、傷を治せるなんてすばらしい事だと思いませんか?」
ルヴィアナは何でもない事だわ。という風な顔をしている。
レイモンドは、そんな妹はやはり少しおかしいと思う。ディミトリーの事ですっかり傷ついて魔力が暴走しているとか?
それとも自分の価値を貶められて何か人の役に立つことでもすれば、少しは気が休まるとでも思ったか?
きっとそんな事だろう。だが、こんなことはさせられない。こんなことが人に知られれば厄介なことになる。
こうなったら一刻も早く連れて帰らなければ…
焦ったレイモンドは勢いに任せて大きな声を出す。
「ルヴィアナお前は自分が何をしているかわかっていないんだ。女性がこんな風に魔源の力を使うなんて信じられない。とにかくもうお前をここにはおいては置けない。すぐに連れて帰る。こんなばかな事してるなんて知れたら婚約もなくなるかもしれない!」
兄のひどく怒った姿に驚く。魔源の力を使うことがそんなにいけない事だったの?
それに何を言ってるのよ。
「もう、お兄様ったら、私、婚約なんかしてい…」
ルヴィアナの言葉は途中で制された。
「何を言ってるんだ。ランフォードが次期国王に決まったんだ。お前はランフォードと結婚する事になる。もう、ドレスも仕上がっている。すぐにでも式の準備にかからなければならないんだ。さあ、すぐに帰るんだ!」
ルヴィアナの腕を力任せに引いて行こうとするレイモンド。
「待って下さい。私は帰りません。それに結婚だってお断りしますわ。例えお兄様だってこんな乱暴されるなんて信じれませんわ」
レイモンドはハッとしてルヴィアナの腕を離した。
”まったく、きちんと話をしようと思っていたのに…ルヴィアナお前がそんなことをしているから…”舌打ちと共に小さな声でそんなささやきが聞こえた。
お兄様はそれなりに考えて下さってたの?
でも、私のしていることを見て仰天したわけなのね。私この仕事気に入ってますよ。
このまま修道院で生きて行くのもいいかも知れませんと思ったりもしましたが、考えてみればあんな殿下の為に、自分の人生を台無しにするのはどうかとも思います。
先ほど嫌だと言ったばかりなのに結婚相手がランフォード様だと分かると結婚するのもいいかもとさえ思ってしまう。
やっぱり断るのは少し残念ですよね。いいえ、すごく残念ですわ。
ほんの少し前まで修道院に入ろうかとさえ思っていたのに…心はすぐに揺れた。
ランフォードの名前を聞いて途端に彼の顔が脳に浮かんだ。
ディミトリーからひどいことを言われてから男の人の事は極力考えないようにしていた。そのためランフォードの事もすっかり脳みそから消していた。
ランフォード様…
ああ、そう言えば魔獣征伐に行かれたんでした。あの時ランフォード様は少し照れてそれでも去り際は一陣の風のようなさわやかで…
ああ…ランフォード様、好きです。私はあなたが好き。
えっ?私…彼が好き。
でも、まさか彼と結婚?そんなの無理。無理ですから…恥かし過ぎて顔が真っ赤になる。
「ルヴィアナ?顔が赤い。もしかして何か悪い病気にでも?」
お兄様が私の額に手を当てられて…
「違うんです。ただ…その…ランフォード様の事を考えたら…いえ、違うんです」
「ルヴィアナ、もしかして…ランフォードの事が好きなのか?そうなんだな。じゃあ喜べばいいじゃないか。さあ、帰ろう!」
「いえ、それとこれは話が違いますから…今すぐには帰れませんから、私にも責任というものがあるんです。今すぐ帰るわけには行きません」
「じゃあ、いつ帰れるんだ?」
「それはマザーイネスに聞いてみないと…」
「よし、マザーイネスには俺が話をする。彼女がいいと言えばいいんだな?」
「マザーイネスが決めたのなら仕方がありませんけど…」
何?私、帰りたいの?そうみたいです。ランフォード様に会えるのなら帰ってもいいかなどと、この診療施設の為に尽くそうと決めた決意はどこに行ったのです。
ルヴィアナは意外とちゃっかりな自分に狼狽えるが…
いえ、私は人の為に力を尽くす気持ちに偽りはありません。これからいろいろな場所で力を尽くすつもりなら帰ってもいいのでは?
ランフォード様と結婚。思ってもいなかった展開にまだ頭がついて行かない。
でも、ここにきて思った。女性や子供のために良い環境や施設を作ること。
そうとなったら国の中枢にいる方が絶対にいいに決まっている。
ここで色々な人から聞いた話によると街にはきちんとした診療設備もなく、保育園などの施設もないらしい。女性の働けるところも限られているし、女は子供を産むのが仕事みたいな考えは何処も同じようだ。
ルヴィアナは転生してきたので知っている。女性はもっと自由であるべきだし、可能性のある仕事や地位を持つべきだと…それならば帰るのもいい考えかもしれないわ。
だって今度のお相手はランフォード様。彼ならきっと…
「よし、わかった。すぐにマザーイネスに話てみよう」
「お兄様ちょっと待って…」
レイモンドはそう言うとすぐに走り去った。
ルヴィアナは、急いで仕事の続きを始める。
診療施設にやって来た人の特に具合の悪い人に手をかざして力を込める。
すると患者の痛みが軽くなって行くようで、苦しんでいた人の顔が次々とほっとしたような顔になって行った。
「それにしてもルヴィアナ様のお力はすごいですわ。まるで聖女様のようです」
「シスター聖女だなんて、いくらなんでも言い過ぎです。私も驚いているんです。こんな事今までなかったんです。ジルファンが初めてだったんですから」
「ですが、こんな事は初めてです。これもきっと神の思し召しかもしれませんね」
「私、人のお役にたてるのがうれしいんです。自分の存在価値が見出されたみたいで…」
「そのような事、どんな人でも必ず何かの役に立っているんです。もしもルヴィアナ様にこんな力がなかったとしても私たちはあなたに感謝していますよ」
「ありがとうございますシスター」
ルヴィアナの胸は熱くなる。こんな自分が役に立っていると…やはり私にはこんなふうに身体を動かして人の為になることをするのがあっている。
ランフォード様はこんな私を理解して下さるだろうか?彼となら心を通わせ会った夫婦になれるかもしれないわ。
期待は嫌でも膨らんで行った。
そうやって仕事をこなしているとお兄様が戻って来た。
「マザーイネスに話をした。事情が事情だ。今日帰ってもいいと言って下さった」
「でも、そんな急に…」
「ルヴィアナ様、いいんですよ。あなたは本当によく頑張って下さいました。これからはあなたにしか出来ない事で頑張って下さい。ここは私たちに任せて…さあ、一緒に帰って下さい」
シスターは優しく微笑んだ。
「私、約束します。街に診療施設を作って魔源の力がこんなふうに役に立つなら、力を持った人に治療に当たってもらえるようにするつもりです。私、頑張りますから」
「ありがとうございますルヴィアナ様」
ルヴィアナの胸は熱くなった。きっとランフォード様と一緒ならと。




