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ルヴィアナは腹を立ててクーベリーシェ家の屋敷に帰って来た。
「お嬢様お帰りなさいませ」
いつものように侍女たちが挨拶をする。
「ただいま帰りました」
内心ではそんな挨拶さえしたくはなかったが、そう言うわけにもいかずだが、愛想笑いをすることは出来なかった。
すぐに母親がルヴィアナに気づいた。
「あら、ルヴィアナどうしたの今日は早いのね?」
「お母様ちょうど良いところに、私ディミトリー殿下とは結婚しません。あの方は愛する方がいるのです。私はそのような人と結婚するのは嫌です…」
「何を言っているの。ルヴィアナこれは国王からのご命令なんですよ。そんなことが許されるはずがないでしょう」
「でも、こんな結婚は嫌です。わたしはディミトリー殿下が好きなのです。好きな方に他に愛する人がありながらどうやって夫婦としてやって行けばいいのですか?私にはわかりません。いいえ、無理です。そんな結婚はどうしても無理なんです」
ルヴィアナはこの世界の常識からすれば、ずれたことを言っているのかもしれない。でも、杏奈が転生したルヴィアナの頭にはどうしてもこんな結婚は受け入れられなかった。
「いいから落ち着いて…それでディミトリー殿下のお相手ってどなたなの?」
「そんな事…ステイシーという名前しか知りませんわ」
「まあ、とにかくこの話は一度よく話を聞いてからにしましょう。私が王宮に出向くよりクーベリーシェ伯爵に頼んだ方がいいでしょう。あなたは部屋で少し休みなさい。マギー、ルヴィアナを部屋に…」
「はい、奥様」
マギーは呼ばれるとすぐに来てルヴィアナを連れて一緒に部屋に行った。
ミシェルは事情がよくわからないことを義理の息子であるレイモンドに伝えるとすぐに王宮に出向いて話を聞いて欲しいと頼んだ。
数時間が過ぎレイモンドが戻って来た。
「それでレイモンドどうでした?」
「母上、ルヴィアナが言ったとおりでした。陛下に直々にお会いしてディミトリ殿下にも一緒に来ていただいて話を聞きました。殿下はルヴィアナとは結婚して王妃になってもらうつもりだと、だけど自分はルヴィアナとは寝所は別にしてステイシーと一緒に離宮で過ごすつもりだとおっしゃいました」
「ほら、お母様やっぱり私の言った通りですわ。殿下は私なんかどうでもいいとおっしゃってるじゃありませんか」
ルヴィアナは完全にふてくされている。
「でもあなたを王妃にするとおっしゃってるじゃありませんか。王妃はこの国で国王の次に高いくらいですよ。例え殿下が他の女にうつつを抜かしたからと言ってあなたが結婚をやめる必要がどこにあるんです?それにそのステイシーとか言う女にだって殿下はすぐに飽きてしまいます。誠心誠意尽くせば殿下はきっとあなたのところに帰ってくるはずです。大丈夫ルヴィアナあなたなら出来ます」
「ではお母様が殿下と結婚すればいいではありませんか。要するにガスティーヌ家の者が王族になればいい事でしょ?私はご遠慮します。こんな失礼な話、もうする気もありません。私は気分が悪いので部屋に戻ります」
「ルヴィアナ、それがまだ話がある。実はステイシーの事なんだが…」
「そのような人の事など聞きたくありませんわ」
「でもいずれ耳に入る。だから先に知っておいた方がいい。ステイシーはステイシー・イゴール。ルヴィアナお前の義理の姉だ」
「何ですって?レイモンドそれは本当の?」
お母様の顔が恐ろしいほどの形相に変わった。
だけどルヴィアナはそんな名前知らない。義理の姉とは?
今までルヴィアナの頭にはそんな情報なかった。義理の姉って?
ルヴィアナしっかりしてよ。
その瞬間一気に記憶が流れ込んできた。
ーステイシーはヘンリーの娘で亡くなった奥さんとの間に出来た子供でした。自分よりひとつ上で、ずっと平民として生きて来たステイシーは屋敷に来てからも全く令嬢らしくなくお母様や私は酷く驚きました。
キッチンで食事を作るし洗濯だって掃除だって自分でやろうとする。
それに立ち居振る舞いがそれは見ていられないほど無様でしたし、そんなステイシーが王立学園に通うことになって私は恥ずかしくて彼女によく言ったものです。
学園では私たちは他人です。絶対に声を掛けないで下さい私を見るのもやめて下さいと。
学園ではもちろん無視していましたし、自宅で一緒に食事をするのも嫌でした。まあそれは向こうも同じ気持ちだったと思いますけど。
そう言ういきさつがあったと初めて知った。
それでお母様こんなに驚いているのね。
「で、も…どうしてステイシーが殿下と?」
「ステイシーは王宮で侍女をしていただろう?王妃が病気をされて侍女が次々に変わったらしい。そのせいで急きょステイシーが王妃の侍女をすることになった。それで1か月前に一緒にカルバロス国に同行して、そこで殿下をうまく誘惑したんだろう。まったく殿下も殿下だ。ステイシーは平民の出で礼儀も作法もまともに出来ない。それに貴族でもない女性が側妃になどなれるはずがないのに、何を考えておられるのか…だからルヴィアナこの話はいくら殿下が望んでも無理だ。考えても見ろ、仮にあのステイシーが殿下の子供を産んでもお前が王妃の座は奪われることなどない。それは国王も同じ意見でルヴィアナが認めないならステイシーとのことは認めないとはっきりおっしゃって下さった。ステイシーの事はすぐに片付く。だからルヴィアナ何も心配ない。お前は安心して結婚すればいいんだ」
「ですが、お兄様。殿下のお気持ちはどうなさるおつもりですか?殿下はそのステイシーを愛しているとおっしゃったのですよ。私は愛されていないんですよ。それなのに結婚なんて嫌です。絶対に嫌です。私はこれでも一生懸命殿下とうまくやって行こうと努力したんですよ。それなのに殿下は…」
悔しい。腹が立つ。ルヴィアナは酷かったかもしれない。でもそれは私ではない。
だけどルヴィアナはディミトリーを好きだったし、だからこそルヴィアナのためにもディミトリーとうまくやって行こうとした。なのに…結果がこれ!
私は勇気を振り絞ってディミトリーに好きだって言ったのに…
もう後悔することは何もない!
きっちり落とし前つけてもらおうか!って言いたいくらい。
ご令嬢なんてもう嫌だ。
「ルヴィアナ心配ありません。殿下とはそのうちきっとうまく行きます。とにかく婚約解消なんて認めませんよ。いいですね。さあ、もう嫌なことは忘れてゆっくりお風呂にでも入って…ね。ルヴィアナ」
はぁ、お母様はすっかり機嫌を取り戻していらっしゃいます。
私はそんな気分にはなれないというのにです。
「ステイシーの事は私に任せなさい。すぐに王宮にいられなくなるから…」
意味深なお言葉ですが…
**************
その夜ルヴィアナは眠れなくてひとりでキッチンに行った。お茶を煎れて部屋に持って行こうとした時お母様の部屋から声が聞こえた。
悪いとは思いましたが盗み聞きをしてしまいました。
「ヘンリーどういう事です?ステイシーがディミトリー殿下を誘惑するなんて、あなたが何かしたのではないでしょうね?」
「おい、ミシェル何を言ってるんだ?」
「今日ルヴィアナは泣いて帰って来たんですよ。ディミトリー殿下から側妃を迎えると言われて、その相手がステイシーだと言うではありませんか。驚きました。あの子がルヴィアナに嫌の思いをさせようとわざとそんな事をしたのかもしれませんわ。そうよ、ステイシーならやりかねないわ。あの子ったら来た時から反抗的で言う事も聞こうとしませんでしたし…だから平民は嫌いなんです。常識がなくて能無しでその癖やることは恐れ知らずで…まったく…すぐにステイシーに暇を取るようにあなたから言って下さい。王宮から出てどこか辺境地にでも行くように、それとも…そうだわ。うちの使用人の庭師のガロークとでも結婚させるのはどうかしら?」
「ミシェルいくらなんでも言い過ぎだろう。ステイシーは優しい子でそんな事をするはずがない。ルヴィアナを困らせようなどとするはずがないじゃないか…だが、とにかくディミトリー殿下とのことは諦めさせる。だが結婚はステイシーが決める事。そんな話は聞けないからな!」
ドアに近づく音がして慌ててルヴィアナは急いで階段をあがる。
父が廊下を書斎の方に歩いて行くのが見えた。
いくらステイシーを遠ざけたからって私の気持ちはもう変わりません。
あんな人と結婚なんて絶対に嫌です。あんな裏切り者の妻なんて…
何とかする方法を考えなくては…ルヴィアナは何だかすごく疲れた。
 




