23コレット視点
そこに人の影が…
「お兄様…お兄様がこちらにいらっしゃると聞いて、私どうしてもお会いしたくて」
いつの間にかランプの灯りの下に懐かしいコレットの姿が浮かんだ。
ランフォードはコレットに走り寄る。
「コレットお前なのか?無事なんだな?恐い思いをしていないか?困ったことは?ああ‥顔色は良さそうだ」
コレット無事だった。ほっと安堵に気持ちがほぐれる。
コレットを抱きしめその顔をじっと見つめる。
コレットは別れた時よりもふっくらした感じで顔色も良かった。ほっとした。
そして全身を見た。
「コレット?お前そのお腹は…」
「ええ、私妊娠したの。きっと5カ月くらいかしら」
コレットの瞳が細められて慈しむような仕草でお腹を撫ぜた。
そのすぐ隣でアルドがコレットを支えるように立っている。
間に合わなかった。これがランフォードの頭に最初に浮かんだことだった。
これが普通の結婚だったらどんなに嬉しいか…胸にくすぶるもやもやした気持ちについ聞いてしまった。
「すまない辛い思いをさせて…」
「そんなお兄様…」
コレットは恥ずかしそうに俯いた。
「お前は幸せなのか?魔王のもとに行かせた私を恨んでいるんじゃないのか?」
「お兄様、私も最初はすごく嫌でした。魔族の妻になるなんて背筋が凍るくらい恐くておぞましくて…あの日、魔族に連れられて魔城に連れて行かれてアルドに会って驚きました。だって、彼は魔族と人間のハーフで…すごく驚いたけど恐いとは思わなかったの。彼は私の気持ちにすごく寄り添ってくれて、部屋だって人間の家みたいにリビングルームがあって暖炉もあってソファーだってあるの。寝室には美しいベッドが用意されて、服だって人間が着る服が揃えてあってお風呂だって、それに鏡や櫛も…ううん、アルドのお母様が使っていたからよく知っているんだって言って何もかも私の為にって用意してあったの」
「でも…」だからって…ランフォードはコレットが何を言いたいのか戸惑った。
「それにアルドは私を大切にしてくれました。私すぐにでも純潔を奪われるのかと硬くなってたけどアルドはそうじゃなかったのです。それにね、魔族の中には人間の血が混じることを嫌う魔族もいて、でもアルドはそうは思っていないようで、魔族と人間はいがみ合うべきじゃないと、人間と仲良くなれないとしても互いに傷つけあうべきじゃないって考えている事が分かりました。だから私は決心しました。彼と一緒に生きて行こうって。私、アルドを愛しているんです。だからお腹の子供をすごく愛しいと思えるの。アルドと私の子供。この子が人間と魔族の懸け橋になってくれたらいいのにって…ううん、アルドも人間の血を半分受け継いでいるからこれからは…」
「コレット本気か?現に魔族は今も人に危害をくわえている。今日も3体魔獣を駆除した。農家にまでやって来て畑を荒らし家畜を襲い、人にけがをさせて、それでも人間と仲良くやって行けると?お前おかしくなったのか?」
ランフォードは呆れたようにコレットも睨んだ。
「それは、違うの…」
コレットをかばうようにアルドが話を始めた。
「ああ、あなたの言いたいことはわかる。実は私の弟、と言っても母親違いで純魔族の血を継いでいるフォルドは私の考えに反対で、反乱を起こそうと企てていた。その仲間が最近この辺りで人を襲ったり農家を襲ったりしていたんだ。それはもう私の力不足としかいいようがない。迷惑をかけてすまない。王になって1年まだまだ力の及ばないのが実情。が、フォルドの事は一族の王としてもう見逃せない所まで来ていた。それでフォルドを捕らえて厳重に見張ることにした。フォルドについていたものはほとんど捕らえられて牢に入れた。これからは人里を荒らす魔族はいなくなると約束する。そしてコレットを幸せにする事も必ず約束する。今日はその事を報告に来たんだ」
「ですが…いきなりそんな事を言われても…」
「それは無論わかっている」
アルドは顔をこわばらせる。緊張が伝わるかのようにピクリと頬の筋肉が脈打つ。
ランフォードは、無意識のうちに腰に忍ばせたナイフに手が伸びていた。
「お兄様、でも…でも、少しでいいからアルドの事を信じてあげて、そして私が幸せだって知ってほしい。そしてこれからもお兄様と会えたらうれしい。だってお兄様は私の大切な家族だから…」
ランフォードの意識はコレットに向いた。コレットを悲しませたくはないんだ。そんな表情が自然と表れた。
なのにコレットの頬に涙がこぼれる。
ランフォードは走り寄ってその涙を拭ってやりたくなった。
だが、それをしたのはアルドだった。
アルドがコレットの涙をそっとそのかぎ爪の指先で拭い髪の毛にそっとキスをした。
そんな仕草を見た時、アルドの優しさが見えた気がしてランフォードは喉の奥が震えた。
コレット泣かなくていいんだって…お前を泣かそうなんて思ってもいないんだって。
紡ごうとした言葉が喉の奥で空回りした。
俺がコレットを魔族のところに行かせたんだ。まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかったが…
コレットを守れるのはもう俺じゃないんだ。きっとアルドなんだ。コレットが幸せならいいんじゃないかって…
胸のつかえがおりたようにそんな気持ちになった。
「ああ、わかった。コレットが幸せな事に文句を言うつもりはない。アルドにはコレットを頼むとしか言えない。だが魔族との関係はこれからの様子を見るとしか言いようがない」
「ああ、わかっている。私は魔王として力の限り努力する。魔族が人を傷つけないよう全力を注ぐ。そして出来る事ならいつか人間と共存出来るようにしたいと思っている。コレットのためにも生まれてくる子供らのためにも‥じゃあ、これで。行こうかコレット」
「ええ、アルド、お兄様体に気を付けて。いつか魔族も人間も一緒に笑いあえたらどんなにいいか…ううん、会えてうれしかったわお兄様」
「コレット…ああ、会えてうれしかった。お前が幸せで良かった。体に気をつけてな…」
その瞬間アルドのマントが翻された。
辺りは静寂に包まれた。
コレットの姿もアルドの姿も掻き消えていた。
俺は執務室の椅子にどさりと体を落とし込んだ。
アルドの言った事は本当なのか?もしそうならこれからは魔獣が出てくることがなくなるという事だ。
農家や人間が安心して暮らしていけるという事で…
にわかには信じれないがしばらく様子を見るしかないだろう。
だが、この事はまだ誰にも知らせるわけにはいかない。
ランフォードは、そんな世界が来るとはまだ信じてはいなかったが、コレットが幸せそうなことだけはうれしかった。
魔獣を絶滅させようと思っていた。だが。俺の考えは間違っていたのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。
俺は何を考えている。そんなばかな事あるはずがない!!
ランフォードは、頭でもおかしくなったのかとひとり笑った。




