22ランフォード視点
それから数日の間、調査や聞き取りが進んだころ、魔獣が現れたと知らせが入る。
「隊長、魔獣は3体いるとの情報です。ここより北西にある農家で作物を食い荒らしているとの事、おまけに居合わせた男性が怪我をしてその場にいるらしいとの事です」
「よし、副隊長のエドウィンとダンテス伯爵とで3方に分かれる。行くぞ!みんな気を緩めるな、魔獣は興奮状態にある。くれぐれも深追いはするな!」
「了解です隊長!」
それぞれの隊員がロングソードを持っている。ロングソードにはそれぞれのガードの部分に魔石を埋め込んでソードの力をアップさせる仕組みになっている。
魔獣に切りつけた時、普通のソードではその硬い体を切ることは出来ない。だが魔石の力があれば、魔獣の皮膚を切り裂くことが出来るのだった。
だから魔獣盗伐には、この魔石のソードはなくてはならないものなのだ。
ランフォードは、日本に転移していた時見た日本刀のすばらしさに圧倒された。日本刀の刃は鋭い切れ味で、どんなものでも一刀で真っ二つにしてしまうほどで、これの今使っているソードにも使えないかと、帰って来てから領内で鍛冶屋と一緒に試作を繰り返していた。
ちょうどこの魔獣盗伐に向かう少し前に、ソードの刃に焼け付けを行うやり方で剣が完成した。
試し切りでは驚くほどの切れ味が認められその剣には魔石も大きな力を込めた特別なものを使ってあった。
その剣の名前をスピリットソードと名付けた。
スピリットソードは、大きな魔源の力を持っているランフォードに持たせれば、振り上げれば稲妻を呼び寄せ、振り切れば強い風を起こし、火があれば炎を増幅させて相手を炎に包み込む攻撃も可能だった。
これも王族の血が流れているからこそで、普通に人間ではそこまでの力を発揮することは出来ない。
今回そのソードを持つのはランフォードだけに限られた。
とにかく切れ味がすごい剣だったからまだ公にはしていない。
そしてもしもの事がないよう魔石はグリップの柄の中に仕込む仕掛けになってもいた。
ランフォードは、その剣を携えて魔獣退治に出向くことに。
エドウィンとダンテス伯爵はそれぞれ持ち場に別れる事になった。
「シャドドゥール公爵お気をつけて」
「ええ、ふたりとも油断は禁物です。今回こそ魔獣を確実に倒しましょう」
それぞれが魔獣の暴れているところに向かう。
そして騎士隊員たちと力を合わせてそれぞれが1体ずつ魔獣を追い込んで行く作戦だ。
魔獣は、狼魔族と虎魔族が獣化したもので魔族の時は人型くらいの魔族の
身体が二倍ほどになっていた。
牙や角も格段に大きくなり、興奮状態になった魔獣の目は大きく見開かれ爛々としている。
ランフォード達の隊は狼型の魔獣だった。
力も半端なく強く大きな岩を持ち上げ人間にでも容赦なく投げつけて来た。
銀色の被毛が赤みを帯びて炎のような橙色に輝き、大きな口を開ければ鋭い牙がむき出しになった。
咆哮を上げた魔獣はぎらつく怒りに燃えてこちらに向かってくる。
一進一退を繰り返しながら、隊員たちが遠巻きにじりじり取り囲むようにして、近づいて数人で魔獣の気を惹きつける。
少し高い位置からランフォードが、スピリットソードを振り上げ稲妻のエネルギーを剣に集める。
魔獣が一瞬気を反らしたその瞬間。
「これでもくらえ!」ランフォードの握ったスピリットソードが魔獣に振りおろされた。
魔獣の体に稲妻のエネルギーが流れ込み、その体が真っ二つに切りさかれた。
反撃もする間もなく魔獣は耐え難いような叫びをあげてその場に地響きとともに倒れ込んだ。
「やったか?」
ランフォードは魔獣の返り血を浴び肩で息をしながら魔獣を見据える。
油断はできない。前回倒したと思った瞬間、魔獣はすぐに俺に一撃を食らわせたからな。
隊員が恐る恐る近づこうとした。
「待て、まだ油断できない。もしかしたら反撃されるかもしれん」
ランフォードはスピリットソードを構えて魔獣に近づいて行く。
そしてやっと魔獣が完全に息絶えていると確信した。
「大丈夫だ。魔獣は死んでいる」
隊員たちが声を上げて喜んだ。
「まだ、終わったわけじゃない。すぐに副隊長の方に応援に行くぞ」
そうやって3体の魔獣をすべてやっつけた。
息絶えた魔獣はどれも元の姿に戻った。
それは人の姿に似た魔族の哀れな最期に見えた。
宿舎に帰って来た隊員たちはすっかり勝利に酔いしれていた。
ランフォードは隊員たちに言った。
「みんな今日は大変ご苦労だった。だが、まだすべての魔獣を排除出来たわけではない。くれぐれも油断のないように、今夜はゆっくり休むように。以上。解散!」
それぞれの隊員が宿舎に帰り、副隊長とダンテス伯爵からスピリットソードを返してもらう。その剣から魔石を取り出し剣の刃をきれいに手入れした。
そして皆が明かりを落として眠りについたころ、ランフォードはまだ執務室で書類仕事をしていた。今日の事を報告するためだ。
ランフォードは死んだ魔族の遺体を見た時、胸がすっとすると思っていた。あんなに憎くてたまらない魔族だ。
だが、その姿はほとんど人と変わらなかった。確かに耳は頭の上にあり口も人間より大きい。が、こいつらにも自分たちと同じ生活があり家族と呼べる存在がいるはず、確かに農家を襲ったり人を脅して食べ物を奪ったりしたが、家族を食べさせるためだったとしたら?あいつらの口の周りは血だらけだったが、くわえていた鶏を食べてはいなかった。
何を…魔獣は人を襲う。人を困らせる害獣だ。
だってそうだろうコレットは花嫁としてと言うが心から望んでそうなったわけじゃない。しかたなくいけにえになったというのが正しい。
無理やり襲われている姿が脳内によぎると、たまらなくなった。
もし子供でも生まれればその子供を魔族の王アルドはその子供を可愛がるのだろうか?
いや、何を考えている。
コレットはそんな魔族の花嫁になることをあれほど嫌がっていたじゃないか。恐い魔族の子供を宿すなんてコレットに取ったらどれほどの屈辱。そして生れてくる子供を恨むかもしれないんだ。
俺は間違ったことはしていない。これからも人間を傷つける魔族を容赦するつもりはない。
そう自分に言い聞かせる。何としてもコレットを連れ戻したいと…
そこに一体といえばいいのだろうか、人型の魔族が現れた。
「あんたがランフォード・フォン・シャドドゥール公爵か。話がある」
ランフォードは一瞬驚くがすぐに落ち着きを取り戻す。
そしてそいつをじっくり目を据えてみた。
姿は人間とでも言えばいいのか。体格や背丈は人間より少し大きいかもしれない。
金色と黒色の二色の鬣は腰のあたりまであり、目は金色に輝き口は引き結ばれていた。一瞬人間かと見間違えるほどその魔族は人間に近い顔立ちをしていた。おまけにきちんとした上着を着こんでトラウザーズのようなズボンまで履いている。
黒いマントが何とも怪訝な雰囲気を漂わせて…
「そうだが…どこから入った?お前は誰だ?」
ランフォードはやっとそれだけ言った。
剣はないが、腰には小ぶりなダガーナイフがある。いざとなればこれで喉を一突きにしてやるとそんな事を考える。
「見張りをくぐり抜けることなどたやすい事。私の名はアルド。魔族の王だ」
ニヤリと口元がほぐれるとその隙間から太い立派な牙が見えた。
「魔族の王だって?それがどうしてこんな所に?」
「お前に会わせたい人がいる。いや、彼女がどうしてもしたいと会いたいと言った。だから来た」
「会わせたい女?もしかして…」
コレットは魔族の王のもとに嫁いだ。いけにえという名目で…でも魔王の嫁になったんだからそう言うことになるはずで…
俺に会いたがるとすればコレットしか思い浮かばない。
ランフォードの胸ははやる。
もしかしてコレットが会いに来てくれた?
だが、どういうことだ?
どうして魔王がわざわざコレットを連れてこんな危険なところまで来るのかと。
もはやそのことしか頭の中に浮かばなくなる。コレット…愛しい妹よ。




