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 ルヴィアナは驚いて挨拶もまともに出来なかった。

 その事を聞いて驚いてショックが大きかったから…

 ああ、もう、どうしてランフォード様にきちんと挨拶もできなかったのよ。

 後悔しても、もう遅い。彼は忙しいだろうし…

 

 ルヴィアナは彼のために何かできないかと思い、仕事を終えてから一生懸命明日の為にと厨房でシュネーバルという小さなお菓子を作り始めた。

 彼とはもう会わないと決めていたが、明日危険な任務に就くと知っては何もせずにはいられなかった。


 せかせかと生地を作り始める。小麦粉にバターと卵を加えて小さな球を作りそれをオーブンに入れる。

 いきなりお母様が厨房に入って来た。

 「ルヴィアナ、いい加減にしなさい。厨房でそんな事をするなんてはしたないことですよ。あなた今までそのような事したこともなかったではありませんか…」

 呆れたような顔をされている。

 私はオーブンの前でお母様と向かい合わせになる。普通ならお嬢様はこんなことをしない、でも私はルヴィアナに転生した杏奈だから…

 そんな事を思っているとつい口が勝手に…

 「ですがお母様、ランフォード様は大変な目に合われて、それでもなお魔族の盗伐に向かわれるのです。殿下の婚約者としてそのような方にせめてもの手向けをするのは当然だと思いませんか?ディミトリー殿下だってお喜びになるはずですわ」

 「まあ、あなたそのような考えで?母が悪かったわ。しっかり頑張りなさい。でもあまり無理をしない事、いいですね?」

 「はい、お母様。わかっています」

 お母様はそれだけ言うと厨房から出て行かれた。

 はあ、良かった。どうなるかと思ったけど…

 そうよ。それだけよ。彼には、いいえ彼らにはそれだけの事をしてもいいだけの価値があるって殿下も思うはずよ。


 仕上げに粉佐藤をまぶすのではなく砂糖をコーティングしていると、不意にロッキーと一緒に学校の帰りにドーナツショップに行った時の事が脳裏を蘇る。

 ロッキーは砂糖がコーティングされたドーナツが好きだった。最初は杏奈が無理に誘ったが、次第にロッキーが一人で入るのは恥ずかしいからと杏奈と一緒にドーナツショップに寄ることが多くなった。

 ロッキーったら、あんな大きな体でこんなふうに砂糖をコーティングしたの好きだったよね。

 もう二度と戻らない思い出。

 途端に自分がどうしてシュネーバルに砂糖をコーティングしているのか気づいた。

 涙が止まらなくなって嗚咽が漏れる。ロッキーロッキー…あなたに会いたい。

 早くしなきゃ、もう、砂糖が固まっちゃうんだから…

 誰のためのお菓子作りかさえも分からなくなる。


 もう、しっかりしなきゃ、これは隊員さんのためなんだから!

 ルヴィアナはそれから今度は気分を変えてジンジャークッキーを作ろうと思う。

 またクッキーをオーブンで焼き上げる。両方とも日持ちがするので隊員の方々に疲れた時に口に入れてもらえたらと心を込めて作った。

 そして休む前に侍従に明日は早くに王宮に出かけると伝えておいた。



 ルヴィアナは翌日早くに王宮を訪れた。

 騎士隊の出発に間に合わなければ、せっかく作った差し入れが無駄になってしまう。

 ルヴィアナは急いでいた。

 マーサは王宮に行かれるのでしたらといつものようにきちんとしたドレスを着せてくれて靴もヒールの高い靴で歩きにくかった。

 籠いっぱいに入れたシュネーバルとジンジャークッキーを持ち、もう片方の小さなバッグにはランフォード様の為に約束していたアイピローが入っていた。


 昨日休む前に思い出したのだ。今度アイピローを作ると約束したことを…

 もしランフォード様が自分の結婚式にまで帰って来なかったら、こんなものでもプレゼントなどできなくなってしまう。その思うと居ても立っても居られない気持ちになってしまった。

 そのせいで縫い目が少し雑になり見た目がイマイチなのだが…



 王宮に着くと近衛兵に今日出発するはずの騎士隊はどちらちいるのかと尋ねる。

 「もしかしてお見送りですか?」

 「ええ、王妃も殿下もお留守ですから、せめてわたくしがお見送りでもと思いまして」

 「それはクーベリーシェ嬢にお見送りされれば百人力ですね。さあ、こちらです」

 近衛兵は感心してルヴィアナを騎士隊のいる所まで案内してくれた。




 ちょうどランフォード様が王宮から出て来られたところに出くわす。

 彼は王騎士隊のトレードマークである金色の紋章が入ったマントを翻し、金色のラインが入ったトラウザーズを履きこなされていてピカピカに磨かれたブーツがまた良く似合っている。

 ああ…素敵です。思わずうっとりとなった。


 「ルヴィアナ嬢?いったいどうしてこんな所に…」

 ランフォード様が駆け寄って来た。

 「申し訳ありませんお忙しいのに…私お邪魔してしまって…あの、これを隊員の方々にと思って」

 おこがましいと思いながらお菓子の入った籠を差しだす。



 ちょうど風が吹きつけてナプキンがはらりとめくれて中身がちらっと…かなり見えてしまう。

 山のように入ったクッキーやシュネーバルに彼が驚いた。

 「こんなにたくさん?もしかしてあなたがこれを?」

 「はい、手慣れないもので…ですがジンジャーは身体を温めるとお聞きしました。それに甘いものも疲れた体を癒すのにいいかと…少しでもお役に立てたらうれしいです」

 「いえ、皆喜びます。お心遣いありがとうございます」



 「あのランフォード様?…危険なんですよね?くれぐれも気を付けて下さいね。無事に帰られるのをお持ちしております。それで、あの…これをあなたのおともにして頂けたらと…約束していたアイピローですわ」

 緊張のあまり言葉使いまでおかしくなっていたが…

 ルヴィアナは真っ赤になってそれをバッグから取り出すと彼に差し出した。


 そのままというわけにはいかず、杏奈の世界ならきれいな紙で包む事も出来ただろうが、どうしてもきれいな紙というものが見当たらず、先日買った便箋で袋を作ることしかできなかった。

 おまけにセロテープもないので折り返しただけの簡単な袋だった。

 せっかくなので彼が無事に帰るように願いを込めて折り鶴を作って入れた。


 ランフォード様がぎこちない手つきでその包みを受け取ろうとしたが、互いに手を触れることがためらわれ包みは地面に落ちてしまう。

 その拍子に便箋が開いてアイピローも折り鶴も見えてしまう。

 「これがアイピロー?こっちは?」

 「あっ、それは…つ、いえ、鳥です。紙が余ってしまったので捨てるには惜しいかとそれで折り紙を…あなたがご無事に帰れますように…」と願いをこめました。と心の中でつぶやく。


 「とても綺麗だ。本当の鳥の様です。なんと美しい。大切にします。ありがとうルヴィアナ嬢」

 ランフォードの心は喜びで震えた。

 ひとりの女性からこんな気持ちのこもった物をもらったことはなかった。

 いや、ルヴィアナだからこそうれしくてたまらなかったのだ。

 それにこのきれいな鳥、幾重にもおられてそのひとつひとつに心がこもっていると分かる。



 「隊長、出発のお時間です」

 隊員が声を掛けて来た。

 「ああ、わかった。ルヴィアナ嬢、執務のお手伝いが出来なくなった。無理をしないように、では、行ってきます」

 「はい、ありがとうございます。シャドドゥール公爵もお気をつけて、ご武運を祈っております。では失礼します」

 ランフォード様はくるりと回られて去って行かれた。


 艶やかなマントだけが翻り、ルヴィアナはそれを見えなくなるまで見送っていた。

 そしてふと思い出す。

 そう言えばロッキーにもアイピロー作ってあげたよねって…

 ランフォードの姿がロッキーに重なり、またしてもルヴィアナの瞳には涙があふれた。









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