02
オタクが祟って白昼夢でも見たかと思ったが、現実はより酷いモノだった。
ネットの掲示板ではあのクラウンと名乗った存在が行った電波ジャックの話題で持ちきりだ。
加えて彼があの美しい女に対する下卑た意見をよく見る。分かる。
ちなみにあの映像は、他国だとちゃんとその国の言語で話されていたらしい。器用だ。
で、帰っている内に思い出した。
クラウンの求める美しい女性……"ティファレート"というらしいが、その名前はあの呪いのネックレスの送り主ではなかったか。
やや駆け足気味で家に戻るが、特に変化は無かった。
購入品を冷蔵庫に袋ごと突っ込み、改めて机の上に置かれた謎のネックレスを見下ろす。
警察に引き取ってもらう話だったが、それまでに手元に残しておく方がヤバいような気がした。
勘違いだったと後で電話をかけ直せば誤魔化せるだろう。
そう信じて手に取った。
「っ!?」
今までにない異変だった。
手に取った瞬間、ネックレスを中心に黒いもやのようなものが溢れ始める。
慌てて投げ捨てようとしたが、強力な瞬間接着剤でくっつけたかのようにいくら手を振り払っても離れない。
やがてもやが――闇が周囲を覆い隠したかと思うと次に強烈な眠気が襲いかかってくる。
拙い拙いと思っていたが、完全に厄物じゃねーか、これ。
この先が最悪なら、警察が先に訪ねてきて姪を保護してくれる事を願う。
そうなったなら兄弟達よ、愛すべき姪達よ、先立つ不幸を許してほしい――。
◆
「いや、死んでませんけどね」
「っは!? ここは」
目が覚めると、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
声に気付きその方向へ視線を向けると、随分とファンタジックなドレスを身に纏った銀髪の美女がパイプ椅子に座って本を読んでいた。
この顔は見覚えが有る……意識が落ちる前に見たばかりだ。
「ティファレート、さん?」
「はいどーも、しばらくぶりですね成見太郎さん」
顔をよく見ると分かる。
あの時は黒髪だったがネックレスを配達してきたのも彼女だ。
全部自前かよ……てか、何なんだよ。
「俺みたいなのに何か用ですか。あとあのネックレス何なんですか」
「まあまあ、話せば長くなります。順番にいこうじゃないですか」
落ち着いた口調なのに何処か気安い彼女に少々の不快感を感じながらも、話を聞くのはやぶさかじゃなかった。
ベッドから起き上がると彼女も本を閉じて立ち上がり、パイプ椅子の方向を調整して再度座った。
妙に鈍臭い動作に呆れかけるも、彼女が手にした本がいつのまにか消えている事に気付き姿勢を正した。
「そうですね……まず、ご存知の通り私の名はティファレート、女神です」
「め、女神?」
「そう。ガッデス。多元宇宙を彷徨いこの星に根を張った、まあ異世界の女神といった感じでしょうか」
随分と大きく出たな。
「外様とはいえ、女神である私は行き着いた星の生命が健やかに育まれるのを見守る使命があります。故にしばらくは静観していたのですが…………」
彼女は語る。
あまりにも人々が"自分の価値"を発揮出来ずに死にゆく事を。
生命には予め決まった"価値"があり、その"価値"の方向性に沿って生きてゆく。
多くの意味を持つが故に凡庸な価値もあれば、内包する意味が少なく尚且つ一つの意味が飛び抜けた純度の高い価値もあると。
「………しかし人々の営みの途中で多くの人間はその価値を発揮できずに息絶えてしまいます。それを哀れに思い私はある事業を開始しました」
「事業」
「そう――――純度の高い価値を持つ人間の魂を異世界へ送り、力を与え転生さえる事で第二の人生を歩ませ、しっかりとその価値を発揮出来るようにしたのです!」
そう自信ありげに語る彼女の話は、まあ別段難解な話ではない。
神様が人間を憐れみ、第二の人生を歩ませる。
まあ、よくある話だろう。
「いや、なろう小説かよ」
「な、なろう?」
「えっ知らないんですか?」
「……しょ、小説ですよね。えっと、なろうとは?」
「あー、まああるサイトに投稿されたネット小説群ですね。書籍化されたそれも含みます」
それがコミカライズされたりアニメ化されたりすると一括りに"なろう系"と言われるが、まあその説明は割愛する。
そして何処かミステリアスな雰囲気を醸し出していた彼女だったが俺のツッコミにその空気を霧散させて目を丸くしていた。
「はあ、申し訳ありません。私、純度の高い価値を持つ人物の書いたモノしか読まないので……」
お、遠まわしな侮辱かな?
いや別に俺が書いてるわけじゃないし、たまに外れ引いた時は口汚くなる時もあるがジャンルそのものを否定する気は無い。
面白い作品、たくさんあるからね?
メジャータイトルでも肌に合わなくてスルーしてるやつも多いけど!
「……まあその中でも、テンプレ化したある一連の流れを貴女はやっているわけです」
「は、はあ」
「詳しくはネットとかで調べてください。で、それが何でこうなるんです? 俺、死んだんですか?」
「いえ、成見太郎は今なお健在です。ただ……私事で悪いのですが、転生させた人達に狙われているのですよ私」
――――『我々はしばらくこの女の玩具として弄ばれていたが、その枷を振り切り彼女への反抗を開始した』だったか。
まあ、人生を弄ばれたって思うのも無理は無くない。
ましてやあんな姿になったのなら、俺ならキレるかな。
うん悪いのアンタだわ、大人しく彼等に引き渡すのが穏便じゃないか。
「あの姿は彼らが自らの世界を出る際、望んで成ったモノです。私の仕業ではありませんよ」
「さっきからナチュラルに人の心読むの辞めてもらっていいですか?」
「神ですので。ああ、それに彼等は私を捕まえた所できっと、この世界を、この星を望みますよ」
「…………というと?」
「当たり前じゃないですか。彼らは元々この世界の住人、あのような姿になっても世界からの脱出を選んだのです。加えて彼等には力がある」
そう言うと彼女と俺の間に透明のパネルが現れる。
やがてそれは、ある一つの光景を俺の目に叩きつけた。
「島が……消えた?」
「太平洋上の無人島です。彼らは各国に通達を行った後、デモンストレーションとしてこの島を砕きました」
おい。
「彼らは一人一人が地形を変えうる程の力を所持しており束になれば私でも歯が立ちません」
おい。
「その力はやがては貴方達、無辜の人間に向けられます。価値の純度が高い分、自分の邪魔をするモノはとことん排除しますよ彼等は」
おい。
「故に」
「待ってくれ。これ話の流れ的に俺が戦えってヤツだよな?」
「そうですが?」
「いや勘弁してくれよ」
多分、なんか下駄履かせてくれるんだろ?
でも無理だろ。島一つ消し飛ぶんだぞ。
あの映像、一か月前に見た事ある。
地震の影響とされているが実際の所謎の多い事件としてニュースで取り上げられたヤツだ。
無理だろ。
何で俺なんだ?
「成見太郎、貴方の価値は、極めて高い純度を持っています」
「……マジで?」
「はい、自覚は無いでしょうが。貴方には彼等に対応する唯一つの価値を持ち、これを利用すれば彼等に対抗する手段となりえるのです!」
「いやいや、もっと手頃な人いなかったんですか元退役軍人とかスポーツ選手とか」
「これは相性の問題です。貴方は唯一でありながらどのようなカイジンにも対応出来る価値を持っています。故に」
彼女は立ち上がり、俺にネックレスを彼女は差し出す。
「これを使い戦ってください。貴方の家族を守る為に」