01.プロローグ
「成見太郎さんーお届け物ですー」
それはもう日付が変わろうかという時間だった。
インターホンから掛けられた若い女の声には怪しさを感じたが、カメラを見る限り一人のようだし問題無いと判断する。
「夜分にご苦労様です」
「いえいえ」
何処の会社の物かも分からないツナギの制服と帽子を身に付けたその女性は正直怪しさ満点だった。
しかし、その整った顔立ちと制服越しでも分かるスタイルの良さが一瞬疑念を相殺するしついつい小包を手にしてしまう。
「送り元……ティファレート? 外国の人、じゃないですよね? 何処かの会社?」
「さあ、私には何とも。あ、判子貰えますか?」
「いや流石に心当たり無い所からは受け取れませんよ。送り返してもらえます?」
「分かりましたー」
俺はてっきり彼女が返品を受け付けるのだと思った。
だが瞬く間に、宅配員の女は忽然と目の前から消えてしまう。
手元には、謎の小包だけが残った。
(とりあえず警察でしょ)
通報して回収してもらった。
後日、中にはメーカー不明のネックレスが入ってるだけだったと連絡が来た。
そして、封を開けた翌朝にはそれが忽然と姿を消したとも。
そんな恐怖体験の話でした。
あ、今それらしい謎のネックレスが机の上に雑に置かれているのも含めて、ね。
◆
「という事があったんだけど初姉ぇ信じる?」
『馬鹿言ってないでちゃんとした仕事探せ末弟。あと今日も娘達をよろしく』
先日起きた事の話をすると散々な事を長女に言われた。悲しい。
姪達の世話は、まあ可愛いから良し。むしろ嬉しい。
しかし、どうするかなこれ……他の兄弟達にも一応SPEAS――複数人で話せるチャットアプリ――で共有しておくか。
(呪いのネックレス……ネットに挙げたら話題になるかな?)
似たような話は山ほどあるし、よしんば身元とか特定されるのも嫌だなあ。
とりあえず警察に宅配物の中身と思わしきモノが戻ってきてる事を伝えると夕方引き取りに来ると連絡が来る。
出来れば姪達が来る前に来てほしいんだけどなあ。
うちの8つ上の長女には双子の娘がいて、仕事で忙しい月曜日から金曜日はうちで面倒を見る話になっている。
代価として一人では持て余す程の一軒家を頂いており、その上水道代電気代も免除だ。
俺に拒否権は無い。
それなら長女の家に俺が住めば良くないかと提案したら夫以外の男を、弟ともいえど家に置く気は無いと突っぱねられた。
まあ気持ちはなんとなく分かるが、もうあの人が亡くなって大分経つんだしそろそろ踏ん切りはつかないもんかね。
単純に家に帰ったら娘に混じって俺の顔があるのが不快ってだけかもだが……。
思考がネガティブゾーンに入りかけたので気を取り直して姪達の夕飯を用意するべく買い出しへ。
最初にこの案件を投げられた時は二人の食事をカップ麺で済ましてしまい、軽く半殺しにされたので必死に料理を勉強しました。
もっとも、ある程度食えるモノを作れるようにした、くらいで育ち盛りの少女二人を満足させられるレベルになったとは到底思っていないが。
成見太郎、26歳、フリーター。
恋愛経験、将来の展望、何もかもが欠落したダメ人間が俺です。
ガキの頃は小説家とか映画監督とか……物語を作る仕事に就きたかったなあ。
だが自身の継続力の無さと消費するだけで満足してしまう性分を受け入れ、いつしかアルバイトで日々を繋ぐ事に慣れてしまった。
せめて高校卒業時、兄弟からの勧めで受けた自衛隊の試験に受かっていれば、また違った道が開けたんだろう。
まあ、そんな話はどうでもよかろう。
近くのスーパーで手早く買い物を済ませ後は自宅へと戻るだけだった。
「……ん?」
普段兄弟との連絡くらいにしか使わないスマートフォンの音が鳴る。
いや俺だけじゃない。
行き交う人々の誰しもが自身の持つそれが、周囲と同じく自身を呼んでいる事に気付き戸惑っていた。
そして非通知で着信を告げていた画面が一瞬暗転すると、未操作にも関わらずビデオ通話に変わる。
同時に、近くの電気屋でディスプレイしていたテレビも暗転する。
次に画面に表示されたのは、奇妙な格好をした人型だった。
戸惑い。
それは例えば、土日の朝にやっている実写特撮ドラマの敵役のような、しかしそれにしては"着ぐるみ"の精度がバカみたいに高い。
生きている、と普通に思える存在感を持っている。
漆黒の鎧を思わせるの外皮と、光も無く真っ赤に輝く双眼、それ以外の特徴は画面の尺度やら暗さでよく確認出来ないが……。
戸惑う。
とてもじゃないが今起きている事に脳が追いついていない。
そうこうしている間に画面の向こう側のやばいヤツが静寂を引き裂いた。
『我は"カイジン"達を束ねし者、ロードオブクラウン。クラウンとでも呼んで貰おうか』
『本日は我々からの"お願い"があり、貴方達の時間を少しばかり頂いている』
『単刀直入に言おう。ある女を探し我々に差し出してほしい』
画面が切り替わる。
それは銀色の髪と真っ白な肌をした、何処かで見たことのあるような女性だった。
『この女の名はティファレート、見目麗しい女だがその正体は人間ともカイジンとも違う、酷悪な本性を内に秘めた生命体だ』
ん、何処かで聞いた単語だな。
『我々はしばらくこの女の玩具として弄ばれていたが、その枷を振り切り彼女への反抗を開始した』
『しかしこの女は逃走し、貴方達の間に紛れ込んだのだ』
『我々は彼女を捜索すべく各国政府に使者を派遣し陳情した。良い返事をしてくれた国もあったが状況は好転しなかった』
『彼女の動きは我々にも予想出来無い。時間を掛ければ我々と貴方達双方に害が及ぶ可能性がある』
『故に、我々は強行手段を取る事を決めた』
あ、画面が戻った。
『我々は願う。この女を我々の前に差し出してほしい。生死は問わない』
『無論報酬は約束しよう。彼女を差し出した者には望むモノを与える』
『――――そう、望むものを何でも与えよう。我々にはそれが出来るだけの力がある』
『並行して我々も大体的に行動を開始する故、是非とも貴方達には彼女を捜す協力をしてほしい』
『ただし、貴方達の協力が得られないのであれば、我々はより強制力の強い手段を取り、再度協力を要請する用意もしている』
『無論、我々とてそれは望む事ではない』
『お互いにとって最良の結末を得られる事を我は期待している』
『――――連絡は各国政府又は警察機関を通せばスムーズに行えるだろう』
『ご清聴ありがとう。さらばだ』
画面が正常に戻る。
宇宙を漂ってた意識が急速に自身に落下し、同じようになっていた周囲の人々と視線を交わしあった。
辛うじて落としてなかったスーパーマーケットの袋を手に、俺は小さく息を吸い込み吐くよに呟く。
「何これ」