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風がふいて~短編集~風が吹いて始まる4つの物語    ★第2話:左目の侵入者

作者: 秋月 レイ

左目の侵入者  



 風が吹いて、おれの目にゴミが入ったんだ。


 いや、その痛いのなんのって。涙がぼろぼろ出たもんだ。

 それも左目だけからな。

 

今日はクラブが久々に早く引けたんで、まだお天道様が沈み切っていない午後五時半の街には、結構人通りが多かったから、かっこ悪いったらありゃしない。

 いや、でもヤバいって。早く帰って目を洗わなきゃ、失明するんじゃね、コレ。


 おれは左目を手で押えたまま、自転車を猛烈にこいで、家へ帰った。

「ただいまー!」

 と、言ったところで、誰が答えるってんでもない。

 お袋はパートでちっこいマーケットのレジやってるから、七時まで家ん中は空っぽだ。

 姉貴は昨年結婚してさっさと嫁に行っちまったし。


 おれはいわゆるカギッ子ってやつだ。

 あ、おやじは目下、単身赴任中ね。


「――腹減ったな。」

 目をじゃぶじゃぶ洗って、ようやく少し痛みが引いたと思ったら、今度は腹の虫が鳴きだした。

 冷蔵庫を開けて見たが、あいかわらずロクなもんが入ってない。いや、プリンがあるな。


 そこでおれは牛乳と、三個セットのプリンを取り出した。

 柄にも無いって笑われそうだから誰にも言わないが、おれはプリンが大好物だ。特にカスタードの表面にプツプツがあるやつなんか最高だ。

 ついでに牛乳は、背が伸びるから毎日一パックは飲んでいる。

 何しろ、バスケではやっぱりタッパがあった方が有利だからな。こないだ測ったら一七〇あったし、まだ高一なんだから、これからグンとでかくなる筈だし。

 明後日の新人戦では……。


 ここまで考えて、ふと手元のプリンを見た。

 最後の一個。赤いシールを剥がし終わったところだ。


「もう終わりか。あーあ、腹の足しになんねぇや。なんでこんなにちっこいんだろ。お前、もっと大きくなれや。」


 おれはプリンに向かって何げなく呟いた。


 すると……たまげたことに、いきなりプリンが育ち出したじゃないか。

 ぐんぐんでかくなって……。バケツぐらいの大きさになった。


 びっくりして飛びすさったおれの頭に、かすかにチーンと言う音がしたような気がしたが、それ所じゃない。


「バケモノプリンか! これは。まさかおれの言うこときいたんじゃねーだろな。」

 おれは恐る恐るそれをカップごと持ち上げてみた。

「お、重い……。」

 食器棚から、家中で一番でかい皿を持って来て、おれはそのバケモノプリンを開けて見た。

 すると、そいつはぷるるんっと体を震わせて、全貌を現した。

「本物だよ――な。」

 おれは半信半疑で、一口食ってみた。やっぱりプリンだ。しかし……。


 今日体育で、ヘディングやったのがまずかったのか。

 それとも昨日、鉄棒で頭打ったけど、打ち所が悪かったのか。

 それともこいつがやっぱりバケモノなのか。


 おれはしばらく考えたあげく――そいつを平らげる事にした。

 やっぱり背に腹は変えられない。

 なんてったって、育ち盛り、伸び盛りの高校生なんだぜぇ。それに、元々細かいことにはこだわらない質なんだ、おれって。


 しかし、さすがに途中でギブアップして、残りはベランダに来たノラ猫にくれてやった。

 ――まてよ。先に猫に毒味させてからの方がよかったの、かもな……。


 その晩、おれはうなされた。

 家程もある超巨大プリンに追いかけられる夢だった。

 押し寄せるプリンに、もう少しで飲み込まれそうになって、あわやこれまで──。


 という瞬間に目が覚めた。おれはどんな寝相の果てにこうなったのか、押し入れからどっと溢れ出た布団の下に埋もれていたのだ。


「オエッ。もうプリンなんか食わねぇぞ。」


 胃袋全体がプリンになったような胸の悪さに、おれは悪態をついて布団からはい出した。


 歯を磨きながら鏡を見ると、昨日入ったゴミのせいか、左目が赤く腫れている。


「あーあ、せっかくの色男がだいなしだぜ。」


 おれは顔を洗って、もう一度鏡をのぞき込んで。心臓が口から飛び出す程ぶったまげた。


 何でって――。


 か、顔が……福笑いになってたんだ!


「潤一、さっさとしないとまた遅刻するよ!」


 そのとき、お袋が洗面所の戸をガラッと開けた。

「母さん……」

「きゃあああああ!!」


 おれの顔を見た途端、お袋はその場に卒倒してしまった。

 太った体がどすんと食器棚にぶつかって、ガラスが二枚、景気良く音をたてて割れた。


 おれはどうしていいか分からずに、おろおろとお袋を抱き起こそうとして、ガラスの破片に手をついてしまった。ぼんやり見つめる手の平に、赤い血の玉がプツプツと浮き出した。


 おれはその手で顔を触ってみた。本来こめかみである筈の部分に、鼻がある。

 顔の中央には目玉が――


「うわあああ!」

 おれは頭に血が上って、叫ぼうとしたが、かすれてしまって声にもならない。

 ひいひいと死にかけのじいさんみたいな声でひとしきりわめいた後、おれは洗面所につっぷして、ひとりごちた。

「あーあ、何でこんな目にあうんだよ! おれの顔、元に戻してくれよぅ――」


 かすかに、またチーンという音がしたような気がして、おれははっと顔を上げた。

 確か、さっきも聞いたような――。

 すると、目の前の鏡には、いつものおれの顔があった。


「何で……まさかこれも夢だってんじゃ……」


 うーん、と言う声に振り返ると、お袋が目を開けたところだった。どうやらこれは夢ではないらしい。

「潤一、あんた……」

「かっ母さん。やだなあ、急に倒れたりして。ほら、ガラス二枚も割れてるぜ。」

「や、だって、あんた……」

「いいから! ほら頭ケガしてんだぜ! きっと疲れてんだよ。姉ちゃん呼んでやるから、今日は仕事休んでゆっくり寝てな!」


 お袋は、何か言おうとして口を金魚みたいにパクパクさせたが、おれは言わせなかった。

 聞きたくなかった。さっさと二駅向こうに住んでいる姉貴に電話して、すぐ来るように言うと、猛スピードで着替えて、カバンを引っ掴んで家を出た。


 自転車で風を切りながら、おれはまだ錯乱している頭で考えた。

(まさかバケツプリンの呪いじゃねえだろな?)


 その日は一日中、おれは大人しくしていた。ただ、一番苦手な古典のテストが満点だったり、めったに決まらない超ロングシュート(聞いて驚け、相手コートのコーナーからのだ。)を決めたり、良いこともあった。

 それで気を良くしたおれは、今朝のことは性の悪い夢だとして、忘れてしまうことにした。


 ところが。

 クラブが終わっての帰り道の事だ。

 おれは、スーパーからの買い物帰りの姉貴と一緒に歩いていた。


「母さんやっぱり疲れてたみたいよ。あの、殺しても死にそうにない人がねー。今日一日は寝てたわ。あんた、心配ばっかりかけてるんでしょう。」

「そんなことねぇよ。おれはいたって良い子だよ。そんな言い方して、まるでおれが不良みたいじゃねぇかよ。」

「ま、とにかく、今日はお夕飯姉さんが作ってあげるけど、優一さんが明日から出張なのよ。着替えとか、いろいろ用意しなきゃなんないし……だから、泊まることは出来ないの。あんたも、明日は大事な試合があるんでしょ。今夜はいい子にして早く寝なさいね。」

「ちぇ、今度は子供扱いかよ。あーあ。十六にもなるとね、夜更かししておなごのヌードでも鑑賞して、景気つけて寝たほうがいいんだよ!」

「ほー。トサカも生えそろわんヒヨっこが、いっちょまえに……」


 その時だ。またしてもあのチーン、と言う音が頭の中で響いて――


 家の扉を開けて茶の間の前に立つと、突然、視界に白いものが入った――脱衣所から出てきたお袋だ――バスタオル……は、なんで、おっさんみたいにカッコよく肩に掛けてんの?


 お袋と、目が合った。


 二人して、近所に響き渡るような大悲鳴を、同時に上げた。

 

 お袋は、突進しておれをぶっ飛ばし、そのまま茶の間に駆け込んで行った――


 いや、何が悲しゅうて、かーちゃんの裸見て、景気つけにゃならんのや――

 おれは柱にしこたま脳天を打ちすえて、お星様のバーゲンセールをしてしまった。


 そして、遠のいて行く意識のどこかで、あることに思い至っていた。


 つまり、“あーあ”ってのはおれの口癖であって……それが引金になっていろんなことが……それにしても……おなごには違いないが……そりゃあないぜぇ――ガク。



気がついてみると、辺り一面ぎらぎらのオレンジ色だった。

 おれはオレンジ色の光を放つ、妙ちきりんな機械に取り囲まれて、やっぱりオレンジ色の鈍光を放つカプセルに寝かされていた。


 そしておれの左側には――二匹のタコがいた。


『タコデハナイ!』

 おれの頭に文字が滑り込んで来た。(この感覚を説明するのは難しい。)

『オンタッタステゴドン星人トユーモンドス。オタゴントデモ呼ンデクレタマヘ。』

 タコの内のでかい方が、ふんぞり返った。


「あのな……」

『イヤ、ミナマデ言ワンデヨロシ。エライ迷惑カケタ思テマス。スンマヘン。シカシ、ワテラモエライ散財ダンネンデ。ナンチュウタッテ、“えいとカナエタリマス虫”一匹ヤモンナァ。ワテラ……』


「こら!! お前らか! 人を妙な目に会わせやがって! それが謝ってる態度か! こっから出せタコ野郎! 何が散財だあ。たかが虫一匹!」


『タコチャウッチュウニ』

『……君、虫一匹ト言ッテモダネ、宇宙船三台分ノ値ガツクノダヨ。――マ、暴レナイト言ウナラ、出シテアゲマスガネ。』


チュイーンと音がして、カプセルが開いた。

 おれは体が自由になるなり、二匹のうちでヒゲを生やして偉そうな方をひっつかまえた。  


『キ、キミ乱暴ハ……」

「言うことに答えたら放してやる! この状況を説明しろ!」


『ダッ、ダッダカラダネ、ワレワレハ“えいとカナエタリマス虫”ト言ウ素晴ラシイ虫ノ、選バレタオ客様ダケヲ対象トシタ、銀河系支部特別販売員ナノダヨ。

 ソレガチョットシタ手違イデ、一匹逃ガシテシマッテネ。ソレガ君ニ取リ付イタッテ訳ダヨ。

 思考形態ノ単純ナ地球人ニハ、取リ付ケナイト思ットッタカラ、“レジ”ガ一人デニ会計ヲ始メタ時ニハ、驚イタノナンノッテ……』


「んなこたぁどーでもいい! それよりそのすちゃらかな虫が、おれに取り付いたってのかよ! どうしてくれる!」


『マアマア、落チ着イテクナハレ。ア、コレ! ソンナニ握リ締メタラ部長ガ死ヌ!』


 見ると、手の中でピンクのちょび髭タコが、徐々に青紫に変色しつつあった。

おれは少し手をゆるめた。


『グエ。……ツマリネ。コノ虫ハ、寄生主ノ願イヲ、八ツカナエテクレルノダヨ。シカシ……君、ぱすわあどモ何モナシデ、一体ドウヤッテ、発動サセタンダロウネェ。」


「ちょっと待て。願い事だあ? 巨大プリンと人間福笑いと、オバハンのヌードがか? テストの満点にしたって、ロングシュートにしたって、どう考えてもロケット三台分とは思えんぞ!」


『使イ方、ヨウ知ランカッタカラヤッテ。ダカラ、ソレハ迷惑カケタト言ウテルヤナイカ。』


「百歩譲って、それはもういい! おれの体はどうなんだ! その寄生虫が育って、腹を破って出て来るなんてこたぁねえんだろうなあ!」


『安心シタマエ。“えいとカナエタリマス虫”ハ、八回願イヲカナエタラ、オトナシク天寿ヲマットウスルトユウ、何トモケナゲナ虫ナノダヨ。タダ、寄生主ニヨッテハ、ソノ「力」ヲ悪用シヨウトスル者モ、居ルノデネ。ソンナ事ニナル前ニ、反悪用剤ヲ射タナキャナランカッタノダヨ。

 イヤー、大事ニ至ラナクテ、ヨカッタヨカッタ……』


 と言う訳で、何だかよく分からんが 、おれは妙な注射をされた後、また地上へ戻されたのだった。

 虫の力の残った分は、迷惑かけたお詫びだ、自由にしてくれ、なんて言われたんだが――。


(単に、途中で取り出せなかっただけだったりして)


 よ~く考えてみたら、後二回分しか残っていない。

 そこで、おれはこう願ったんだ。


 プロのバスケットボール選手にしてくれって。

 そしたら、おれの一番の夢が叶う訳だし、金が入るから、お袋にも楽させてやれるし。


 そうだ、推薦決まったら、勉強もしなくてすむじゃんか! おれってかしこい!  

 

 翌日の試合はバッチリだった。

 何しろおれはもうプロ並だもんね。高校生のガキ共なんか目じゃないよ~ん、なんちゃって。


 んでもって、大いにハッスルしてるおれに、女の子がキャーキャー手を振ってるんだ。もうたまんないね。

 中でも水沢純子。彼女はめっぽう愛くるしい。

 目がパッチリしてて、くりくりカールの柔らかそうな髪のフランス人形みたいな子。ボカロのルナちゃんにちょっと似てる。世界中探しても、あれ以上キュートな娘はそういないよ。おれの中学以来の片思いの子なんだ。


 よし、決めた! 最後の願いを使うぞ!


「あーあ! おれは将来、あの子を嫁さんにするんだぞーっと!!」


おれは、にやけた顔を人に見られないよう、うつむいて小さな声で呟いた。


 そして、あのチーン、という音を、それこそ勝利のファンファーレのように待ち望んだ。

  ──が。 


(あれ? 例の音がしない。おかしいな……)


 おれは不審に思って、顔を上げた。

 そして、もう一度水沢純子の顔を見ようとして……その横の、思いっきり個性的な顔の娘と、ばっちり目が合ってしまったのだった。


 あわてて目を逸らしたまではよかったが──。

そのとき、かすかにチーンという音を、頭のすみで聞いたような、気がした――  


 ─── おれは今、とっても将来が不安な高校生である。  



                   ―完― 



作者も、彼がこの後どうなったのか心配ですw

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