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公爵家の私のことを全肯定奴隷令嬢だと思っている婚約者が二股宣言したので、

「お前もそう思うよなぁ!?」


 また始まった。そう思った。

 殿下(私の婚約者)の癇癪だ。


 私の婚約者は何かにつけて私に同意を求めてくる。

 しかもそのうえ、私が否定的な意見を口にすると酷く興奮した様子で罵詈雑言を吐くのだ。

 そんな醜態を晒す訳にはいかない。

 だから私は、今日も同じ言葉を繰り返す。


「まったくですわ。殿下のおっしゃるとおりですわ」


  ◆  ◆  ◆


 さて、殿下が今日もおかしなことを言い出した。


「愛というのは素晴らしい。お前もそう思うよなぁ!?」


 正直、はあ? というのが本音だが、ぐっとこらえて続きに耳を傾ける。


「先日子爵家の養子となった令嬢の純朴たるや、彼女を守れるのは俺しかいない」


 つまりだ、と殿下は続けた。


「俺は真実の愛に目覚めた。だからお前は、俺と子爵令嬢が幸せな家庭を作るために尽力すべきだ。お前もそう思うよなぁ?」


 また始まった。そう思った。

 殿下の癇癪だ。


 彼はきっと私のことを、全肯定奴隷令嬢だとでも思っているに違いない。

 だけど違う。

 私がこれまで彼の言葉を否定してこなかったのは、それが国のためだと思ったから。

 ただその一心で、身を粉にして寄り添い続けた。


 その、私の献身さえ、この男にはわからないのだというのなら――ほとほと愛想も尽きる、というものである。


「全く、思いませんわ」

「そうだろうそうだろう――え?」


 え?

 じゃないでしょう。

 私が反対意見を向けるのがそんなに意外でしたか?


「勘違いしないでいただきたいのですが、私、殿下の奴隷ではございませんのよ?」

「ふ、ふざけるな! 俺はこの国の第一王子だぞ! その第一王子たる俺の言葉が聞けないというのか!」

「はい。もうオロカナル殿下のお守りはご免だと申しております。それと、私と婚約破棄なさるおつもりなら、王位継承権もはく奪されるでしょうから、その第一王子の冠も控える意識を持った方がよろしいかと」


 殿下の癇癪は昔から有名だった。

 王位を継承するのにふさわしくないのでは、と何度も言われてきた。

 そのうえ、第二王子があらゆる分野で優秀だったので、第二王子を擁立する派閥が強かった。

 しかし、王位を巡った争いを国王が望まなかったために、第一王子と、公爵家の私を婚約させ、第二王子派の増加を食い止めていたのだ。


「つまり、オロカナル殿下の継承権一位は公爵家との婚姻を前提としたもので、婚約破棄されるというなら、オロカナル殿下の王位継承の話は白紙となります」

「そんな馬鹿な!?」

「これで何の気兼ねなく、真実の愛とやらを追いかけられますね。殿下の覚悟、しかと受け止めました。私、ただただ感服の限りでございます」


 大丈夫です。

 たとえ継承権一位を失っても、王位を継承できなくても、真実の愛とやらがあればどんな苦難も乗り越えていけます。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! ……そうだ。お前が愛した男が理不尽な目に遭おうとしているのだぞ!? 手を差し伸べようとは思わないのか!?」

「先にも述べたとおり、殿下との婚約は国王陛下からの嘆願です。私個人の感情ではございません」


 殿下が顔をひきつらせた。

 うーん、痛快。


「だとしても、人が困っているなら手を差し伸べるのが貴族のつとめだろ!?」

「はい。ですから、散々差し伸べてきました。が、差し伸べた手を振り払う王族の面倒は見きれません」


 理不尽な目に遭うというのなら、そもそも害を被っているのは公爵家だ。

 この王子の愚行をかばうために、いったい私がどれだけピエロを演じてきたことか。


 その献身を、無意味にしたのはあなただ。

 そしりを受ける覚えはない。


「く、陛下がお前に俺のことを頼んだなら、俺の願いは聞くべきじゃないのか!? 陛下の言葉に逆らう気か! 反逆の意思ありと陛下に報告するぞ! 困るのはお前だろう!?」

「そうですね。困って困って仕方がございませんので、第二王子にお守りいただこうと思います。そのころには、事実上第一王子に繰り上げなされていらっしゃるかもしれませんね」


 そもそも私が第一王子と婚約させられたのは、そうしなければいけないほど第二王子派閥の勢力が強かったからだ。

 まして公爵家が立場を変えたとなれば、第二王子の王位継承は揺るぎない。


 よかったのではないですかね。

 公爵家と婚約が続き、第一王子と第二王子の勢力が拮抗していたなら、継承権を巡って醜い争いが起きていたかもしれない。

 だがそのつり合いは破綻した。

 誰の目にも、オロカナル殿下が王位を継承する未来は見えなくなっただろう。

 これで平和に次期国王が決定する。


 殿下も存分に真実の愛を追いかけられる。

 誰一人不幸にならないパーフェクトプランだ。

 この男の、最初で最後の神政略かもしれない。


「それと、殿下が真実の愛に目覚めたとおっしゃった子爵令嬢ですが、彼女もまた殿下を愛していらっしゃるのでしょうか?」

「当たり前だろ!? 政略で婚約した貴様とは違うのだ。彼女は俺に甘えてくれるし、俺がプレゼントしたものは何でも身につけてくれる」

「そうですか。ところで、子爵家が高額の宝石類を豪商に売り払い、金払いが良くなっているのはご存じですか?」

「え」

「いったいどこから仕入れた宝石なのでしょうね。ああ、いえ。殿下に次から次へとプレゼントをねだり、そのたび前のものを横流ししているなどとは言っておりませんよ? いくら殿下でも、相手が一度しかプレゼントしたものを使ってくれなかったら不審に思いますものね」

「あ、ああああ、当たり前だ」


 殿下の声は震えていた。


「ところで殿下、子爵令嬢のことを純朴と表現なされましたが、平民時代の経歴は洗われましたか?」

「ま、まだ何かあるのか? い、いや、もちろん調査してあるぞ? だが、一応、把握漏れがあるといけないから一応聞かせて貰えるか?」

「ええ、もちろん。と言っても、複数人の男性と付き合い、同じ物品をプレゼントさせ、ひとつを残してすべて売り払っていたという、少し調べれば簡単にわかることですが。当然、殿下もご存じでしたよね」

「も、ももも、もちろんだ」


 複数の男性から複数のプレゼントを受け取ると、誰から何を受け取ったかわからなくなる。

 そこで、全員から同じものを受け取ることでその問題を解消し、なおかつ余った分は換金できるという一石二鳥の、詐欺だ。

 複数人と付き合うのは国教に背いており、人から金を巻き上げるのは法律に違反している。

 擁護しようがないほど真っ黒だ。


「それでも純朴と表現なさるなんて、殿下はお心が広いんですのね」


 ですから、私のようなちっぽけな存在のことには気づけないんですかね。笑える。


「安心してください、オロカナル殿下。純朴な彼女なら、たとえ殿下が王位を継承できなくとも、きっとそばで支えてくれます。私、二人の恋路を応援していますね」


 殿下が首を差し出した。

 片膝を突き、胸に手を当て頭を垂れるその構えは、騎士が忠誠を捧げるときに行うお辞儀だ。


「すまなかった! 俺が悪かったから、どうか聞かなかったことにして欲しい!」


 だから、少しだけ、驚いた。

 殿下の声量がうるさかったのもそうだけど、殿下が謝るだなんて思っていなかった。


「頼む、俺が悪かった……! 君を失うことが、どれだけの喪失に繋がるかわかっていなかったんだ! だから、頼む! 聞かなかったことにしてくれ!」

「殿下……」


 オロカナル殿下が顔を上げる。

 私は彼に笑顔を向ける。

 あなたの誠意は受け取りました。


「ところで、私の話を聞いていましたか? あなたには、ほとほと愛想が尽きたと申したつもりですが」

「……え?」


 この期に及んで、まだ私があなたの謝罪を肯定的に受け取るとでも思っているんですか?

 甚だ思い上がりもいいところです。


「いや、待て、今のは俺の謝罪を受け入れる流れじゃなかったのか?」

「謝罪? なんのことでしょう?」

「謝っただろう!? 俺が悪かった、君を失いたくない、と!」

「はい。ですが、お望み通り、聞かなかったことにいたしましたので」


 私は穏やかな心でほほ笑んだ。

 聞かなかったことにしてくれ、とは頼まれましたが、何を聞かなかったことにして欲しいかまではおっしゃらなかったですからね。

 殿下の顔は真っ青に染まった。


「わかりますか? あなたのその軽率さが、王にふさわしくないと言われているのです」

「で、でも」

「でも、なんですか?」


 オロカナル殿下は押し黙った。

 威厳も知性もありはしない。

 私だって、ため息のひとつくらいつきたくなる。


「何を言われたって同じです。子爵令嬢だろうと誰だろうと好きに結ばれてください。ただし、私だけはあなたのものにはならないですが」


 手は差し伸べた。

 振り払ったのはあなただ。

 恨むなら、自分を恨んでほしいものである。


  ◆  ◆  ◆


 こうして、私の奴隷のような婚約生活は終わりを告げた。

 国王からの頼み事だから断れなかったけれど、相手からあれだけ言われれば私が非難されるいわれはない。


「とまあ、以上がことの顛末ですね。よかったではございませんか。ねえ? 元第二王子様?」


 後日、私は第二王子の個人的な茶会に招かれて王宮に参上していた。

 いや、今は第一王子か。


「なるほどね。兄上が王族から除名されたと聞いてはいたけど、馬鹿なことをしたものだね」


 オロカナル殿下は王位継承権を剥奪され、王族の名鑑を墨塗にされ、国外追放処分となった。

 愛する人との逃避行ですね。

 とてもロマンチックで、よくお似合いだと思いますよ。

 私はごめんですけどね。


「ご参考までにお伺いしたいのですが、馬鹿なこととはどこをさしていらっしゃいますの?」

「ははっ、わかりきったことを聞くね。そんなの明白じゃないか」


 さて、晴れてこの国唯一の正当王位継承者となった殿下が、私を見て笑顔で言う。


「君を敵に回したことだ」


 私はくすりと笑った。


「何のことでしょう。私は、追放されるような王子の言葉を従順に聞き入れていただけの能なし令嬢でしてよ?」

「その時点で、僕は恐ろしいと思っていたよ。あの兄の汚名を一身に背負い、自分を犠牲にできるなんて、いったいどれだけ強い心の持ち主なんだって、ね」

「ふふ、まるで私のことを何でもお見通しのようにおっしゃるのですね」

「当然さ。ずっと、君だけを見ていたんだから、届かない思いと知って、指をくわえて、ずっと。でも、もう、自分の気持ちに嘘はつけない」


 殿下がそっと、私の手を取る。

 片膝を突き、けれどその目はしっかりと私の瞳をのぞき込んでいる。


「ずっと、お慕いしておりました。どうか僕と契りを結び、生涯を伴侶としてともに生きて欲しい」


 だから私は、最初、目を丸くするしかできなかった。

 物好きな人もいるものだな、と思った。


「政略のつもりなら、お勧めしませんよ? あなたの兄上と同じ末路をたどりたくはないでしょう?」

「まさか。僕の心が君から離れることはない。もし君が僕を捨てたいと言うなら、まあ、君のおねだりだと思えば悪くない。君の願いなら素直に受け入れるよ」

「……それって、ただの全肯定王子ではございませんか?」

「ははっ、知らないのかい?」


 殿下は笑った。

 困ったように、眉をハの字に曲げていた。


「恋は盲目なんだよ」


 だから、と。

 困り顔をきりりと引き締め、殿下が再び私をのぞき込む。


「改めてお願いするよ。僕と生涯をともに過ごして欲しい」


 本当に、物好きな人もいるものだ。

 私が元第一王子をどれだけ手痛く葬ったか知って、それでも好きだと言い張るなんて。


 それだけ強い思いを向けてくれるなら、まあ。


(悪くないかな、そういうセカンドライフも)


 殿下を全否定した時点で、一般的な令嬢が送る幸せな家庭というのは諦めたつもりだった。

 でも、この人となら、今まで見えていた未来よりもっといい未来が現実になる気がする。


「私で良ければ、よろこんで」


私はこういう話が好きですが、これを読んでるあなたはどうですか?


・「自分も好き」「作者、アンタ“わか”ってる」という方はブクマ&高評価を

・「ポテンシャルは感じた」という方は今後の市場拡大のためにもブクマ&高評価を


していただけるとメチャクチャ嬉しいです。


それと、下の方に筆者の別作品のリンクを貼っておくので、

よければそちらもどうぞお願いいたします。

ヒ〇ルの碁みたいな、最強幽霊に取り憑かれた少女が聖女に成り上がる道程の話です。

よろしくお願いします。

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大罪聖女の亡霊に取りつかれただけの貧民街の出身です。殿下と婚約なんてありえません。
大罪聖女の亡霊に取りつかれただけの貧民街の出身です。殿下と婚約なんてありえません。
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