05話 「居候決定」
クゥは大吉の入れてくれたコーヒーを、じっくりと味わうように口へと運んだ。
「あ。コーヒー頼んどいてなんだけど、ごめん、多分お金ない…………」
自分の分のコーヒーも淹れ、口にしようとしていた大吉は、その動きを止めて考えた。
コーヒーの金額なんか、あの遺跡からここまでの旅費と比べたらどうでもよくないか? と思い、一つの提案をする。
「ここまでの運賃って事でいいんじゃないか?
……いや、それにしても安すぎだと思うが」
あそこからここまで自力で来たならば、コーヒー一杯分どころの額じゃすまない、と。
「そう言ってもらえるとありがたいです」
クゥは座ったままペコリと頭を軽く下げてそう言うと、もう一度コーヒーに少し口をつけてから深呼吸をする。
「ちょっと試しに、あたしが元いた場所に戻れるかやってみても…………?」
「……もちろん」
先程と同じように扉が光り、クゥのあのポケットに入れたアーティファクトが光出すのだろうか……と、何か感覚が鈍くなっている頭で、とりあえずそう答える。
(これでもしクゥが元の場所とやらに戻って行ったなら、この件を滅多に見れない変な夢だったと思うことにしよう)
「じゃあ……」
立ち上がり、店の扉の方に向かうクゥ。大吉はその一挙一動を見守った。
「…………」
扉の前で立ち止まったクゥは、何かを願うかのように手を合わせ俯いた。すると彼女のズボン、その右ポケットが淡く光りだす――
スッと背筋を伸ばしてノブに手をかけ扉を開く。
扉の向こうには、大吉にとって見慣れた風景と、ざわめき。
夕方に差し掛かっているから買い物帰りの人達もいるのだろう。
パタン
扉は静かに閉められ、申し訳程度にドアベルが鳴った。
クゥはガックリと肩を落として元の席に戻り、コーヒーの続きを飲みはじめる。
「少なくとも。今のままでは元いたとこに戻ることはできないのだと理解したわ…………」
その少し寂しそうな、悲しそうな顔が印象的で、帰れないことが彼女にとって嬉しいことではないのだとはっきりわかる。
「…………」
そんな彼女を見て、何と声をかけるか悩みながらも、とりあえずクゥは自分が目を開けた状態で見た夢ではないのだと大吉は再認識した。
「すぐに戻れない、ということで。
まず先に宿を確保したいのだけど、運賃の残り分でここに寝泊りさせてもらうことはできるかしら?」
「…………」
うら若い少女が男一人暮らしの喫茶店に突然寝泊りを始める。
「俺はまぁかまわないが…………周りがどう思うか…………
さっき俺がドア開けた時に話しかけてきた親父の奥さんが無類の噂好きでな。
あることないこと隣近所に広まると思うが…………」
「ふふふふ! どんな時代にもいるわよね、そういう人!
遠い親戚ってことにしとけばいいじゃない!」
めちゃくちゃ笑いを堪えながらクゥは言った。
「で、そういう人に限って、晩ご飯のおかず持ってきてくれたり、面倒見が良かったりするでしょ?」
「まぁ……そうだな。
多分……いや、絶対今晩も来る…………」
今にも空耳が聞こえてきそうだ、と大吉が口にした直後――
「帰ってきたんだってー⁈ 大吉っちゃん‼︎」