01話 「やってきた人」
「くっそ……!
事前の調査範囲が足りなかったか……」
とある遺跡の奥深く。突然の落石を避けて転がり込んだ空間にて、大吉は目を細めながら鼻と口を覆った状態で呟いた。
土埃がだいぶ収まり視界が戻ると、そこにはひん曲がった鉄の扉が一つ。そのノブは軋む音を立てて動くものの、扉は押しても引いてもびくともしない。
他に出口も見当たらず、この場からの脱出は絶望的かと思われた。
「……さて……どうするか、な――」
先程の土埃が、少し癖のあるショートヘアに粉雪のように降り積もっている。大吉は頭を振ったり手で払ったりして、上から順に土埃を落としていった。
無理に開けてまた落盤が起こるのもごめんだな――
大吉は曲がった扉と大小の岩で埋まってしまった道を交互に眺めた。幸いなのはそれ以上崩れることはなさそう、ということ――。
しばらく考えた後、体力を温存するために扉から数メートル離れた岩壁にもたれて一息ついた。
「精神力も温存しておくか……」
いざという時に精神力が尽きていて、何の道具も使えない、では意味がない。大吉はその場に座り、目を閉じて探索用の明かりを消す。
今回の遺跡探索は、彼にとって初めての単独探索。十二分だと思える用意をし、様々なことに気をつけてはいたものの、まだまだ足りないところが多々ある……。そう実感するものとなっていた。
気のせいか、ほんの少し息苦しさを感じるな……密閉率が高いのか……
ポケットの中から、七つ道具が取り付けてあるウォレットチェーンを引っ張り出し、時計のアーティファクトを起動させる。
アーティファクトとは。不思議な力を持つ、遥か昔に作られたアクセサリーや置き物などの雑貨のこと。特にレジンとかいう素材で作られた物は力が強く、様々な場面で使用されている。
大吉が起動させた物は、シンプルな時計の文字盤が宇宙そらに浮かんでいるような作品だった。
手のひらの上で起動させたそれは、内包ないほうしているものと同じサイズの光る文字盤を中空に浮かびあがらせ、現在の時刻を表示する。
「潜ってから三時間、か……」
心地よく柔らかく光るその文字盤を眺めながら、
自分が生きている限り、自分の精神エネルギーを糧かてとして動き続ける不思議な物体“アーティファクト”をありがたく思う。
真っ暗な遺跡を探索するにはとても足りない光量。けれど、このような現状において、それは心を満たしてくれる温かい明かりだった。
「もう少し行ったところに大きな気配があるのになぁ…………」
大吉は少し前、共に活動していた相方を流行病で亡くしていた。
大吉が親から継いだ、アーティファクト屋を併設している喫茶店を経営する傍ら、相方の彼はアーティファクトを新たに作り出したり、レプリカを作ったり、修理したりする仕事を担っていた。
亡くして初めて、自分の中にあった相方の存在の大きさを、大吉は身に沁みて感じた。そして、その相方が作りたがっていたアーティファクトの材料を集め始めた。まるで穴の開いた心を埋めるかのように――。
歳食った、色々な物事に精通してる知り合いの婆さんは、時が解決するから無茶だけはするなと言っていたが……正直どうでもよかった。
というか、何が無茶で何が無茶じゃないのか、大吉にはわからなかった。
もし地上に戻れなかったら、コレが無茶だったということだろう。
「そんなのわかるかよ……やってることいつもと同じだぞ…………」
その時――動かないはずの扉が軋きしむ音がした気がした。
明かりをつけて立ち上がり、数歩扉に近づくと……突然扉が眩まばゆく光りだし、静寂せいじゃくしかなかったその空間に突然爆発音が響いた。
そして新鮮な空気と共に、爆風が突然勢いよく扉を開いて何かを吹き飛ばしてくる。
「……⁈……」
「んきゃあああああああ‼︎」
あまりに突然で避ける間もなく。飛んできた人物の頭が大吉の額にクリーンヒットした。
ゴッチン‼︎
「~~‼︎~~」
頭突きをくらいながらも、よろけただけで後ろの壁に激突することを防いだ大吉は、痛む額を手で覆いながらしゃがみ込んでしばらく悶えた。
ふと顔を上げると、扉は勢いよく開いた反動か、再び閉まっていた。そして爆風と共に飛んできた人物は大吉のすぐ横で、似たようなポーズで頭を抱えていた。
「ぃった~~~ぃ……!」
「…………だ、大丈夫か…………?」
自分の痛みも尋常ではなかったが、身を守るためのアーティファクトが働いてか、コブになることも無さそうで、痛みもだんだんと引いている。
「痛いけど……生きてはいるわね…………」
あんな爆発音があったのに辺りは全く揺れていなかったし滑落も起きていない。だが爆風は辺りの細かい埃を吹き飛ばし新鮮な空気を運んできたようで、気分も良くなり思考力は少し戻ってきていた。
が、事の異常さが大吉を混乱させていた。
(このドアから来たんだよな、この人⁈)
と、まだ光っているドアの所へ行き開けようとしてみるが、ドアノブはまたびくともしなかった。
「うぇ⁈ 何ここ⁉︎ どこなの⁇」
そう言って立ち上がった姿を確認すると、歳の頃は十四、五かと思われる、額に大きなコブのできた少女が立っていた。
大吉は慌てて少女のところへ行き、チェーンの先につけているアーティファクトの一つ、冷凍能力のある雪の結晶の入った小さなチャームを外す。
「とりあえず、荷物を下ろして。この冷凍用アーティファクトで冷やすといい」
少女は言われた通りに、背負っていたリュックサックとショルダーバックを下ろしてそれを受け取った。
「あなた――――」
そして、驚いたような表情で大吉のことを見つめてくる。
「?……さ、早く」
促され、チャームを額のコブのところへ近づけて、
「冷やす…………?」
不思議そうにそう呟くと、チャームは強く光りはじめる。