国王陛下「真実の愛だと────?」
どうしてこんなことに……。
【あらすじ、そいうこと→そういうこと】「オリヴィア!! 私は真実の愛を見つけた!! お前との婚約を破棄する!!」
学園の卒業パーティの日、私はクロード殿下から唐突にそう告げられました。彼の隣には見知らぬ令嬢。
「あ、あわわ」
あまりの出来事!! わたくしは震えることしかできません……。
「なんだ? 驚きのあまり声もでないのか? ……私は聞いている。お前がプリシラに対して行った酷い虐めの数々を。その反応、どうやら心当たりがあるようだな? だが、今更反省してももう遅い。お前は──」
違います! 気づいてないんですか!? 殿下、後ろ後ろ!! ものすっごい形相をした国王陛下が!!
「ばっかもんがああああああ!!!!」
「ぶべらあああ!!??」
ああっ!? 陛下の裏拳がクロード殿下に!! まさに鉄拳制裁!!
筋骨隆々の陛下の一撃を容赦なく食らい、殿下は会場のテーブルを巻き込みつつ吹っ飛んでいきました。轟音とともに。
……クロード殿下、生きていらっしゃいますか?
国王陛下の若かりし頃のあだ名は『エレフスのオーガ』。王族には普通、もっと流麗な二つ名が付くものなのですが……陛下の素手による戦闘スタイル。
あまりにも豪快な戦い方と、その驚異的なヒッティングマッスルから繰り出される恐るべき打撃。通常ありえない事なのですが、陛下は王族なのに単騎で戦を駆け抜けておりました。
いわく、『雑魚は要らん。余に巻き込まれたくなくば引っ込んでいろ。戦の邪魔だ────』
頭がおかしいと貴族内でも評判です。なにせ、武装した相手はもとより……魔法を使う相手にすら生身で突っ込んでいくんですもの。迂闊に戦場に足を踏み入れてしまえば味方ごと蹂躙されてしまう。
周辺国の武人からは『たまらぬ男だな。アレこそまさしく鬼神の生まれ変わりよ────』と、恐怖の象徴として有名でした。
「立て、クロードよ────」
先ほどまで賑やかな雰囲気だった会場の雰囲気は一変。陛下の教育的指導により、緊張感あふれる戦場のような空気となりました。
「う、ぐ……父上……」
「父上だと────?」
そのお言葉にクロード殿下は慌てて言い直します。
「へ、陛下! なぜこのような仕打ちを」
「なぜ……? それは余のセリフだ。この茶番、どういうつもりだ────」
なんといいましょう、陛下だけ違う世界の人間みたいなんですよね。いえ、威厳という意味ではこれ以上に相応しいお方もいないのですが……。わたくしの貧相なイメージでは例えが見つかりません。しかしクロード殿下、思ったより頑丈なのですね。
「お、お言葉ですが陛下!! プリシラはオリヴィアから学園生活で数々の嫌がらせを受けていたのです!!」
クロード殿下……昔から『教育』をされているのに、この反論。わたくしでしたら脊髄反射レベルで降伏いたします。ある意味、勇者です……!
全く尊敬はできませんけど。
なにせ、状況把握ができてませんし。
「ほう、それで────?」
「ここまで申し上げればお分かりでしょう!? 王妃となる者がそのような陰湿なことをしてよいはずがないと!!」
「それを申したのはどいつだ────」
「え?」
「この衆人環視の中、そこまで申すからには証拠はあるのかと聴いている────」
「しょ、証拠でしたら……! プリシラ本人の申告と、我が学友の証言が!!」
「愚かものおおおおおお!!!!」
「たわばっっっ!!!!」
ああっ!? 陛下のアッパーカットによりクロード殿下がボロキレのようになりながら空中を!! 人ってあんなに垂直に飛ぶんですね!!
「立て、クロードよ────」
いえ陛下、さすがに無理ですよ。そもそもあんな勢いで空中を舞っては命が……え、立った!? クロード殿下の生命力すごいっ!! 獅子の子は獅子、ということなのでしょうか……!
全く尊敬はできませんけど。
「陛下、……私は婚約などによる偽物ではない、真実の愛を見つけたのです! 父でしたら祝ってくださるべきでしょう!?」
いやいや真実の愛って。そこに疑問を差し挟むクロード殿下に対して場内もザワついております。
「真実の愛だと────?」
「ひっ!?」
陛下の殺気にあてられたクロード殿下は思わず息を飲んだようです。わたくしも怖い。
「貴様、その言葉でこの場のどれだけを敵に回したと思っている────」
陛下の正論に騒然となっていた会場も少しは落ち着いたようです。それはそうですよ。貴族社会ですよ? この場の人間のどれだけが婚約、もしくは政略結婚をなさっていると……?
それをつかまえて『お前らの愛は偽物だ』と言ってしまったも同然ですもの。自由恋愛を否定するつもりもありませんが、それは会場の皆様も怒ります。
「ぁ……決してそのようなつもりは。私はただ」
「クロードよ。貴様は三つ間違いを犯した────」
「ま、間違い?」
「一つ。我が王家の『影』からの報告。何かあれば『影』の報告を待てと申したであろう。二つ。仮にそれが事実だとしても、国の精査も無しに独断を行う権限なぞ貴様には無い。そして三つ。この目出度いハレの場において、下らん宣言を勝手に行い余の顔を潰したことだ────!!!!」
もはや陛下の独壇場です。周りの皆様はもとより、当事者のわたくしですら怖くて口を挟めません。大体、陛下の仰ることが一々ごもっともなのです。
根本的な疑問なんですけども……まさかクロード殿下はご自分の要求がまかり通る上に、この展開が予想できなかったと……? そこが一番信じがたいのですけど。
「そ、そんな……そうだ! プリシラ!!」
殿下は一縷の望みをかけてと言った感じで横の令嬢に水を向けました。かわいそう、なんという無茶ぶり。
「そこな令嬢がオリヴィアから嫌がらせを受けたと申しておるのか────」
「ぴぃっ!?」
ああっ!? 陛下の視線を受けただけで恐怖心から漏ら──粗相をなさって……! まるで蛇に睨まれた蛙ですわね!! あれっ、貴族令嬢なのに国王陛下の事をご存知なかったのでしょうか?
「へ、陛下! いくら暴力を振るわれようとも、私の愛は揺るぎません!!」
まあ! なんてロマンチックなお言葉! セリフだけは歌劇のよう! 足は生まれたての子鹿のように震えておりますけど。しかし、外野として見ている分にはいいですが……生憎わたくしは関わり合いになりたくありません。
「ふん、小賢しい青びょうたんめ。話にならぬな。よかろう────」
「……!! では私の事をお認めに!?」
「うむ、貴様の望みを叶えてやる。真実の愛と申したな? ならば相応の環境をくれてやる。廃嫡では足らぬな。貴様はこれより平民として野に下れ。支度金くらいはくれてやろう。が、二度と王侯貴族を名乗る事は許さん────」
ですわよね。殿下のように好き放題なさってたら国政が……というより王家が危ない。野心家の強かな貴族でも台頭してくれば、すぐに下克上案件ですわよ? ……現国王陛下がご存命の限りは大丈夫でしょうけど。いえ、下手をすると、わたくしたちより長生きしそうです。冗談抜きで。
「あっ、ありがとうございます! 陛下!!」
「して、オリヴィアの件はどう片を付ける────?」
「えっ……?」
「この婚約破棄とやらの責はどう取るのかと訊いておるのだ────」
「あ、いえ……それは……」
「歯を食いしばれえええええええええい!!!!」
「あべしっっっ!!!!」
ああっ!? 陛下が組んだ両手が、ハンマーのようにクロード殿下を上から下に叩きつけて!! 地面の赤い敷物ごしでも見えてしまいます。人力で石の床って割れるんですね!! ところで殿下がダメージを受ける際の悲鳴ってどうなってるんでしょう!?
わたくし、気になります!!
「オリヴィアよ────」
あ、とうとうわたくしにお鉢が回ってきてしまいました。
「はい、陛下」
でも、実は陛下って、クロード殿下以外には無闇に暴力を振るわないんですよね。家臣の内でも評判ですし。怖いですけど。
「こたびの失態は余に責がある。オリヴィアさえよいのなら、この青びょうたんより第二王子の方が良いと思うのだが。非常識であることは承知だ。遠慮なく望みを申すがよい────」
「シャルル様と!? よろしければ是非お願いします!! はしたなくて申し訳ございません!!」
わたくし、第二王子であるシャルル様の大ファンなんですよね!! 一年前に行われた『史上最強と評された親子喧嘩』は見ていて燃えましたわ!! 貴族令嬢が食いつくのは、はしたないですが……やはり殿方はああでないと!! クロード様、婚約破棄してくれてありがとうございます!!
「うむ、それでは万事手配しておこう────」
そういうことになりました。
ちなみに、一般庶民へと身を落としたクロード様たちは……慣れぬ生活のストレスからか、口論の絶えない家庭になってしまったとか。もちろん『王家の落胤』なんて芽は潰しているそうです。
詳しい経緯は存じ上げないですが、『貧すれば鈍する』という感じなのでしょうか?
もしかすると、『真実の愛とは破局までがセット』という教訓を示してくれたのかもしれません。クロード様……深いですわね。
全く尊敬はできませんけど。
そういうことになった。
予想以上といいますか、
詳細に至るまでご存知の兵が多かったです……。
「感想欄とは、たまらぬなあ」
「また婚約破棄の話か」
「うむ、また婚約破棄だ」
「む、む。少々くどいのではないのか?」
「むしろ、なろうとは婚約破棄の場────そうとさえ、想えるのだ」
「俺にはよく解らぬ」
「お前はそれでよい」
それは婚約破棄の賑わう季節。
心地良い夜風に吹かれ、二人はほろほろと盃を交わしたのだった。