政府の対策ってどんなものなの?
本話は、首相官邸政策会議、新型コロナウイルス感染症対策本部(第33回)の内容を中心に記載する。
私の偏見であることは重々承知しているが、今のところ世間では、日本の対コロナ戦略について理解している人がそう多くないように思う。ここでいう理解とは決して深い意味ではなく、政府の立場を知っているという意味だ。
そのためかどうかは分からないが、世間では以下のような話がよく聞かれる。
・日本の対策は後手後手であり、一貫性がない。
・日本のPCR検査数が少な過ぎる。海外と比べればそれは明らかだ。
日本の対策が後手に回っている感があるのは、分からないでもない。PCR検査数が海外と比べて少ないのも事実だ。しかしだからといって日本の対策に一貫性がないわけでもなく、『感染者を他国よりも見つけられていないわけでもない』のだ。
・『感染拡大の効果を最大限にする』事が日本の戦略!?
新型コロナウイルス感染症専門家会議の基本的な考え方は、『社会・経済機能への影響を最小限としながら、感染拡大の効果を最大限にする』事だ。根拠については、第六回専門家会議資料である。感染拡大の効果とは何かといえば、免疫の獲得を指す。つまり日本政府の戦略は新型コロナウイルスの根絶ではなく、我々の免疫獲得にある。これはWHOの推奨する戦略でもあり、シンガポールや香港などと同等の戦略だ。
イタリアやフランスではもっと厳しいという意見もあるだろうが、それはオーバーシュートと呼ばれる爆発的感染拡大により、やむを得ないと判断したからに過ぎない。
政府の新型コロナウイルス対策戦略は、以下三つの柱によって構成される。
・クラスター(患者集団)の早期発見・早期対応
・患者の早期診断・『重症者への集中医療の充実と医療提供体制の確保』
・市民の行動変容
ではそれぞれ個別に見ていこう。
・クラスター(患者集団)の早期発見・早期対応
クラスター対策班という単語を耳にしたことはないだろうか? 日本のコロナ対策の要の一つであり、クラスター情報の収集や統計、推奨される対策の判断などを行う専門家達である。
第八回会議資料曰く、諸外国においては数百〜数千人規模のクラスターになるまで介入されなかった事が死亡者の急増を引き起こしたの。しかし日本では少人数のクラスターから把握して一定の制御下におけていたことなら、比較的死者数を抑えられている。
逆にいえば、政府がクラスターの制御を失うことになれば、感染爆発や死者の急増につながるということである。感染に気づかない人々が自粛を行わず、各所で集まってクラスターを形成することがあれば、把握が間に合わず、非常に危険だということだ。三密を避けるべしというのは、これが理由である。
・患者の早期診断・『重症者への集中医療の充実と医療提供体制の確保』
新型コロナウイルスはそもそも発症率が低いことを前話に書いた。それは感染者の完全な把握が難しいことを意味する。そうであれば、重症患者を死なせないことが最大限可能な対策であろう。
そのためには、決して医療崩壊を起こしてはいけない。だから政府は病床数や人工呼吸をはじめとした医療設備を拡充し、感染者の増大に備えているのだ。
とはいえ爆発的な感染拡大、オーバーシュートが起こってしまえば対処できない。そこで次の対策が重要となる。
・市民の行動変容
クラスターの発生を防ぎ、感染爆発を防ぐためには民間の協力が不可欠だというのが政府の考え方である。緊急事態宣言の発令も、生活の変容を目的としたものだ。これについての実際的な話は次回やるとして、現状どれほどの効果をあげているのだろうか。
第八回資料をそのまま引用すれば、『緊急事態の発生前と発生後の同一期間(2 月 16 日~28 日と 29 日~3 月 12 日)で実効再生産数を推定すると 0.9(95%信頼区間:0.7、1.1)から 0.7 (95%信頼区間:0.4、0.9)へと減少をしました。』とのことである。実効再生産数というのは、コロナ感染者が実際に何人にコロナを感染させたかという数値だ。私達の自粛努力は無駄ではないのである。
・つまるところどのような戦略なのか。
まずは検査や入国制限によって、他国からの新型コロナウイルスの侵入を防ぐ。(水際対策)
国民が物理的距離を取ることで、感染拡大の速度を抑える。
発生するクラスターを、対策班が即座に把握し対処することで、感染拡大を制御下に置く。
重症者には集中的な医療を施して死亡者を減らしつつ、医療崩壊を防ぐために病床数をはじめとした各種医療設備を拡充する。
この際に感染拡大が医療の限界ラインを超えると医療崩壊が起こってしまうため、感染の拡大が高速化した場合は緊急事態宣言などの強力な措置を以って国民の行動を制限する。
こうした時間稼ぎを行いつつ治療薬を開発し、死亡率を下げる。同時に集団免疫が獲得されていくだろう。
とはいえ、ワクチンの開発によって安全に免疫を獲得できれば望ましい。
どのような過程を辿るにせよ、国民に免疫が行き渡れば感染拡大は自ずと収束するだろう。
これが基本的な新型コロナウイルス対策の全容である。日本は当初から、一貫した対策を行なってきたのだ。
分かりにくかった方は、専門家会議第十二回資料の19ページが非常に分かりやすいので、そこを参照していただけるとありがたい。
・PCR検査による陽性率はむしろ他国よりも低い?
まず第三十三回対策本部会議の資料には、緊急事態措置の対象地域を判断する上で、『医師が必要と認めるPCR等の検査』が行えているかを基準の一部とした。注目すべきは、医師が必要と認める、の箇所である。
第八回専門家会議の資料においても、PCR検査の現状について、『帰国者・接触者外来等の医師が、総合的に検査が必要であると判断した際に、速やかにPCR検査を受けられる体制を整えることが必要』とした。
つまり、検査を受けたい国民全てに受けさせようなどとは最初から考えていないのである。検査数の急速な拡大についても、必要だという記載は見受けられなかった。とはいえ第十一回専門家会議資料には、新規感染者の増大に伴い検査機能の拡充が求められているのは事実だ。しかしそれは、感染者と目される人の検査が目的であり、国民総検査などではないことを明確にしなければならない。
日本の検査数が他国に比して少ないのは、5月4日の第十三回専門家会議資料にグラフ付きで記載されている。十万人あたりの検査数では英国の四分の一を下回る。ニューヨークと同様の比較をすれば、二十分の一すら遥かに下回る。
一方で、検査陽性率はアメリカのニューヨーク(34.3%)、イギリス(26.9%)、フランス(19.3%)、スペイン(19.2%)、イタリア(10.6%)といった国々と比較しても低く、5.8%に留まっている。検査数が少ないからといって、他国より潜在的な感染者数が多いとはとても言えないだろう。
しかしそれでもなお、新型コロナウイルスを検出が信頼できる現状唯一の手段がPCR検査であるのは事実だ(とはいえ偽陽性、偽陰性は依然として存在する。感染者の陽性を検出できる確率は50%とも)。
現状検査能力は着実に増大しており、保健所を介さないと検査ができない体制からは解消されつつあるというのが、第十三回資料における専門家会議の認識だ。
ここまでに述べてきた通り、日本のPCR検査体制は、他国に比べて特別劣ったものではない。勿論医師の要請に応えるために拡充は求められるが、簡単なものではない。検査数の拡充そのものは決して目的ではないのだ。
これを理由にした批判は、的外れと言わざるを得ないだろう。