薄弱な意思
「へっ。ど、どうだ。一発かましてやったんだぜ!」
「良いね。それくらいできれば足手まといにはならないだろうさ」
マスターパークによって生じた煙が晴れ、てゐのシルエットが鮮明に浮かび上がる。驚くことに彼女の体は高密度エネルギーを受けてもなお、無傷であった。てゐは自身の周囲に結界を張り、身を守っていたのである。魔理沙は平気な顔をしているてゐを見て、たらりと一筋の汗を額から流す。
「……結構な威力が出てたはずなんだけどな……。そこまで、ケロッとされてたら自信なくすんだぜ?」
「そんなに卑下することはないよ。私に結界を張らせた『人間』は久しぶりだからさ」
「……お前、何者なんだぜ? ただのちんちくりんのウサギ妖怪だとは思えないんだぜ……」
「……残念ながらただのウサギだよ。ちょっとばかし『人間を幸運にする』程度の……ね」
「幸運……?」
「そう。私がただのウサギなのに長生きできているのは、この幻想郷の幸運を良く知っていたからさ」
「長生きだって? お子様にしか見えないんだぜ……」
「誉め言葉だと受け取っておくよ? さて、約束通り、魔法の使い方を教え終わったし、永遠亭に帰るとしよう」
「それにしても、詐欺師ではないかもしれないが、悪いやつなんだぜ。私に魔法を使えるようにするためとはいえ、私を殺しにかかりに来るわ、イノシシと狼は犠牲にするわ……」
「何言ってるんだい?」
てゐは竹林の中を指さす。そこには結界に守られた子イノシシと子狼が傷を癒すようにすやすやと眠っていた。
「私は『可哀そうなことさせちゃった』とは言ったけど、『死なせた』とは言ってないだろう?」
「……あれがさっきまでのデカいイノシシと狼の正体ってことか? ……いつの間に助けてたんだぜ……?」と魔理沙は言葉をこぼす。
「運に溢れたこの竹林は獣が妖怪化しやすいからね。そして、強力な運は人妖、動物問わず引き寄せる。この竹林が『迷いの竹林』なんて言われ始めたのはそのせいさ。人間は迷っているわけじゃない。無意識に強力な運にあてられて外に出ようとしなくなるのさ」
「えらく詳しいじゃないか」
「……まあね。さて、付いてきなよ。永遠亭まで案内してあげるよ」
てゐはすたすたと歩き出した。魔理沙も後に付いて行く。永遠亭に到着した二人を八意永琳が出迎える。
「……てゐ、患者の観察をさぼってどこに行ってたの?」
「ま、そう機嫌を悪くしないでよ、お師匠様。ちょっとばかしこの人間が魔法を使えるようにしてきたのさ」
「……あの博麗の巫女はVIPなのよ? 眼を離さないでちょうだい」
「はいはい」
適当に返事をするてゐを見た永琳はため息を吐きながら魔理沙にも忠告し始める。
「てゐにそそのかされたのかもしれないけど、あなたも永遠亭の敷地から出ないでちょうだい。幻想郷の運がなくなって魔法が使えないんでしょう? 竹林の中は危険だわ」
「わ、わかりました、なんだぜ……」
注意された魔理沙は永遠亭の中に戻ろうとするが、それをてゐが引き止めた。
「どこにいくんだい? 霧雨魔理沙」
「どこって……。今、言われただろ永遠亭を出るなって……」
「思いのほか素直なやつなんだなぁ……。敷地を出なかったらいいんだろう? 庭で魔法の練習をしなよ。敷地を出なかったらいいんだ。そうだろ、お師匠様?」
「…………」
永琳は無言で答える。
「ほら、お師匠様も反対してないみたいだ。幸い、この永遠亭は龍穴のど真ん中に立っている。運は溢れっぱなしの練習し放題だ。……異変を起こしている連中が襲ってきたときに闘う戦力は多い方がいい。アンタだってお友達を殺されるわけにはいかないだろう?」
言い残すと、てゐは永遠亭の中へと入っていった。後に続くように永琳も建物内に消えていく。魔理沙の視線が届かない場所まで入り込んだところで永琳がてゐに話しかける。
「珍しいわね。あなたが『本気』で人間に目をかけるなんて……」
「……すこーし、嫌な予感がするからさ。闘える『人間』は多い方が良いだろう?」
てゐはにやりと笑いながら、永琳に視線を併せる。黒かった眼を紅く染まらせて。いつの間にやら黒色の髪も真っ白に変色する。肌つやも少女のそれでなく、皺のある老婆のそれになっていた。
「……正体を隠せてないわよ。因幡の白兎殿……」
「おっとこれは失敬、失敬。久しぶりに強い力を使ったからさ。化粧崩れしちゃったよ」
次の瞬間にはてゐは元の黒髪うさ耳少女に戻っていた。
「それで、博麗の巫女の具合はどうなのかしら? 持ち場を離れたからといって仕事までさぼるあなたではないでしょう?」
「もちろんだよ、お師匠様。はっきり言えば、かなり厳しいだろうね。お師匠様の治療は完璧だ。元通り……いや、元以上に回復しているはず。それなのに目を覚ます気配はない。……こんなに生きる意志の弱い博麗の巫女は初めてだよ。……もしかしたら死にたがってるくらいなのかも。巫女としての才能はこれ以上ないくらいあるのに……、もったいないことだ」
「……そう。八雲紫への言い訳を考えておかないといけなさそうね……」
「困った巫女さんだ。あの白黒くらいに元気だったらいいのに」
「白黒? あの魔理沙とかいう魔法使いの人間のことを言っているのかしら? 私にはあまり元気そうには見えないけど?」
「そりゃ、今は元気いっぱいな姿を見せるわけにはいかないだろうさ。自分のせいで友達が死にかけてるんだから。それに幻想郷の運がなくなり、魔法を使えなくなったことが精神的にも辛かっただろうしね。でも、魔法の問題は解消してやった。これからは今まで以上に元気に頑張るだろうさ」
「因幡の白兎殿は一体何をあの金髪少女に期待しているのかしら?」
「別に何も?」
てゐがそう言い終わった時、バリバリと建物が壊れる音がする。永琳とてゐはその原因を感覚で探り当てる。
「ちょっと元気が良すぎじゃないかしら? 魔法の練習で永遠亭をぶっ壊すなんて」
「まぁ、屋根の一部が壊れたくらいだろう? 大目に見てやってよ、お師匠様」
「……わかったわ。大目に見てあげる。でも、修理はあなたたち兎にしてもらうわよ? もちろん費用込みでね」
「……こりゃまいったね」
てゐは苦笑いを浮かべながら庭の方に振り返るのだった。




