富士見
「くっ……!? はっ……!?」
プロメテウスは胸を押さえてうずくまる。冥界の全ての命を奪い去った幽々子の波動だったが、プロメテウスは耐えていた。もっともダメージがまったくなかったわけではない。
「こ、この女。バカみたいに能力放出しやがったんですけど……! おかげでまた『わけ』ちゃんがどっか逝っちゃったんですけど!」
プロメテウスは怒りと苦悶の入り混じった容貌を浮かべ、幽々子を睨みつける。幽々子もまた、苦悶の表情を浮かべていた。
「また……、抑えられなかった……。……もうイヤ……。誰が私を蘇らせたの……!?」
幽々子は下唇を噛み締める。幽々子は苦しんでいた。自分の意図しないところで多くの生命を奪ってしまったことに。幸いなことは死人がでなかったことだと幽々子は自分に言い聞かせる。
「……どんだけアタシに投資させたら気が済むのかしら? さっさと捕まえてやるんですけど!」
「貴方、あの波動の中、生き残ることができるなんて……。かなりの手練れなのね。でも、今の投資という言葉聞き捨てならないわ。……やっぱり貴方が私を蘇らせたのね?」
「そうなんですけど! アンタを蘇らせるのに、貯めてた生体エネルギーや魂を大量に使わされたんですけど! さっさと捕まってくれない?」
「そう……」
西行寺幽々子はふらふらとした足取りでプロメテウスに近づいていく。その顔は怒りの感情で暗い熱を発そうとしていた。
「あん? 怒っちゃってる感じ? アタシが蘇らせなかったら、アンタはあの樹の中に永遠閉じ込められっぱなしだったんですけど。そりゃあ、アタシが捕まえるまでのわずかな時間だけど、自由の身に慣れたんだから感謝してほしいくらいなんですけど?」
「だまりなさい」
幽々子は静かな口調でプロメテウスを制する。その目は氷のように冷たいものだった。
「私は自ら死を選んだ。私の能力を悪用しようと企む者たちに私の力を利用させないために……。能力の暴走で罪なき命を奪わないために……。もう私の能力で無益な殺生が行われないようにするために……。それなのに、貴様は私を蘇らせた。その罪は重いわよ。貴様は死ななければならない……!」
「はぁ? そんなに蘇りたくなかったんなら樹に書いておけばよかったんですけど。『蘇生禁止』って。……それに、アタシも聞き捨てならないんですけど? 今のアンタの口ぶりじゃ、アタシなんて簡単に殺せるって言ってるように聞こえるんですけど! 気分悪いんですけど!」
「ええ。そのとおりよ。貴様を殺すなど容易い」
「大きく出たわね。ただの死体のくせに! おとなしくアタシのコレクションになっとけ、なんですけど!」
プロメテウスは残していた骸骨兵士を全て召喚し、幽々子を攻撃するように指示を出す。
「亡霊のピンク髪には物理攻撃は効かないみたいだったけど、死体のアンタには効くでしょう? どうせアンタの体もバラして使うんだもの。スケルトンたちに細切れにされちゃえばいいんですけど!」
プロメテウスの号令とともに幽々子に襲い掛かろうとするスケルトンたち。しかし、彼らが幽々子に辿り着くことはできなかった。彼らは糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れ込んでいく。
「なっ!? スケルトンちゃんたちが……!? 術を使った様子もないのに……!? お、お前何をした!?」
「何もしてないわ……。そんな生きる意志の弱い骸骨どもが耐えられるわけがないもの……」
幽々子は冷静に答える。どこか悲し気な表情で……。
「な、なにもしてないですって……? ふざけるんじゃないんですけど……!」
プロメテウスは次の策に出る。召喚魔法でフランケン・シュタインを呼び出したのだ。それも数十体という大群で。
「あっはは。どう? アタシ自慢のフランケン・シュタインたちは? 全部が優秀な魂と死体を繋ぎ合わせた傑作なんですけど! アタシと同じくらいの力で魂と体を結合させてるわけ! お前の能力がどれくらいか知らないけど、この子たちには通用しな……」
プロメテウスが言い終わる前に、召喚したフランケン・シュタインたちが倒れていく。すでに彼女たちから魂は抜け、成仏していった。魂の抜けたフランケンたちは、たちまちに腐敗、風化し、塵芥となって消え去っていく。
「う、うそでしょ!? 強力な力で繋げてるフランケンの魂が……!? そ、それになぜ、こんなに早く腐敗が進行してんの!?」
「言ったでしょう? 生きる意志のない者たちが私の能力に耐えられるわけがない。……いいえ、生きる意志に満ちた者でさえ私を前にして立っていられるのは極一部……」
「ふざけるな、なんですけど! よくもアタシのコレクションを……! こんな、こんな反則じみた存在があっていいわけがない……! はぁああああ!!」
プロメテウスは魔法を放とうと自身の魔力を杖に集中させる。その表情に余裕はない。コレクションを奪われた怒りと規格外の死の力を持つ幽々子への恐怖とで顔は強張っていた。もはや、幽々子をコレクションにするなどという思いは消え去り、目の前の化物を殺すことだけにプロメテウスは集中する。
「……本当に久しぶりに全力全開なんですけど! とっとと死ねぇ!」
プロメテウスは雷を幽々子に落とした。直撃を受けた幽々子の体は黒く炭化してしまう。
「あっはは。……ざまぁみろ、なんですけど……! 偉そうなこと言ってたけど、大したことな……。……そんな……」
プロメテウスは眼前で起こる現象に驚愕する。恐怖さえ覚えた。幽々子の体がみるみるうちに元通りになっていくのだ。気付けばもう幽々子はその美しい肢体を取り戻している。
「ま、まさか。お前も……不老不死……!?」
「……そうよ。だって私は『富士見の娘』だもの」
そう告げると、幽々子はノーモーションでプロメテウスの前に移動し、彼女の首を絞めながら持ち上げる。
「なんて、歪な魂。死体どころか魂まで弄んでいるなんてね。苦しかったでしょう? 今解放してあげましょう」
「や、やめるんですけど! アタシの魂をどうするつもり!?」
「……あなたの魂ではないでしょう? 元ある形に戻すだけよ」
言いながら、幽々子はプロメテウスの胸部を見つめる。狙うは歪な魂。薄紅色の眼がほんのりと紅く染まっていく……。
「ぐっ……がっ……はっ……!?」
苦しみだすプロメテウス。彼女の持つ歪な魂の複合体はその結合を溶かしていく。解放された魂たちは空を舞い、次の世界へと飛び去って行った。
「こ、この……、よくもアタシの魂をぉおおおおおお!?」
「……すべての魂を成仏させたのに……。まだ意識があるのね。愚かなことをしたものだわ。なぜ、自分の魂を捨て去ったのかしら……? ……それでは、貴方には何も残らない」
幽々子は同情のような眼差しをプロメテウスに向ける。
「ぐっ……!? 魂なんてなくたって、いいのよ……! 魂がなくても肉体が残っていればアタシという存在は繋がる。肉体が滅びても、魂の複合体にアタシの意識を移行していればアタシという存在は繋がる。アタシはそうやって生きてきたんですけど! そして、これからも……!」
「残念ね。もう『これから』はないわよ」
幽々子の眼がより一層紅く染まる。プロメテウスは恐怖の感情に包まれる。彼女にとって久しぶりの感情だった。死を前にした『絶望』という感情がプロメテウスを覆う。
「貴方の肉体もここで死ぬ」
幽々子は能力を発動しようとする。プロメテウスの肉体を『殺す』のに十分な力を込めて……。
「ひっ。や、やめるんですけど……!? 魂もなくなって肉体もなくなったら、ア、アタシ本当に消えちゃう……」
「そうね。魂のない貴方が救われることはない。私も知らない本当の闇の中へ消えることになるでしょうね」
「や、やめろ。はなせ、放せ放せ放せぇえええええ!! 死にたくない……! 消えたくないぃいいいいいいい!?」
「ダメよ。私は冥界の管理人。貴方は生も死も、弄び過ぎた……!」
幽々子は能力を行使する。より一層苦しみだすプロメテウスだが、もう抵抗する力は残っていなかった。
「いや、いや、いやぁああああああ!? お、お母様ぁああああああああああああ!?」
断末魔を残してプロメテウスの体はぼろぼろと風化するように消えていった。自分の手からプロメテウスの亡骸が飛散するのを見ながら幽々子は呟く。
「魂を持たぬ愚かな者よ。せめて安らかに『無』へと還りなさい」
幽々子は憂いの表情でプロメテウスの最期を見つめるのだった。




