変異
「なんてスピード。妖術や魔法を使った形跡はない。生身であのスピードを出している。何十年も鍛錬している私より早いなんて……」
妖夢が自分よりも速い存在を見るのは祖父であり師匠である『魂魄妖忌』以来だった。幸か不幸か、祖父が失踪してからの数十年間、白玉楼に強者の侵入者は入って来ていなかった。妖夢は初めて自身の力を上回りかねない『敵』と対峙することになったのである。
「もう……いっ…………回……!」
再びメアリーは妖夢に超高速で飛びかかる。先ほどは不意を突かれ体当たりを喰らってしまった妖夢だが、今度はしっかりと動きを見極め攻撃をかわす。攻撃が空を切ってしまったメアリーは勢いのまま、道沿いに植えられている桜の木に頭から衝突してしまった。
「……早いですが、動きは直線的です。やはりおつむの方はあまり良くないようですね」
「う……、う……ううう……」
頭を押さえながらゆっくりと立ち上がるメアリーはぼそっと言葉をもらした。
「捕……まえて、や……る」
「なんですって?」
「うっ……ぐ……、あ、あああ…………!!」
メアリーが叫び声を上げる。彼女の左腕が伸び始め、うねうねと蛇のように動き始める。
「くっ!? なんですかその左腕……?」
左腕を奇妙な形態にしたメアリーはその継ぎ接ぎだらけの体と顔も相まってより不気味な雰囲気を醸し出した。グロテスクな存在に免疫を持たない妖夢は思わず後ずさりしてしまう。
「こ……の……お手てで……ぐーるぐる……?」
生気のない表情でメアリーはつぶやくと三度妖夢に体当たりを試みる。二度目同様かわした妖夢。しかし、メアリーはかわされたと理解すると変化した左腕を妖夢に伸ばす。予想以上のリーチを見せたメアリーの左腕に対応できず妖夢は胴を絡め取られた。何周にも巻かれた左腕のせいで妖夢は身動きが取れなくなる。
「うっ。く、苦しい……。……こ、これは……?」
妖夢は締め付けられながらもメアリーの体を観察する。明らかに妙だった。メアリーの体はただ継ぎ接ぎがあるだけではなかった。今、妖夢が絡められている左腕と胴体では微妙に肌色や肌質が異なる。左腕だけではない。頭も右腕も……よく見れば足も。それぞれ肌質が異なっている。
「くっ……! 舐めないでください……!」
妖夢は何とか刀を持つ右腕をとぐろの隙間から抜き出すとメアリーの左腕を斬り落とし、締め付けから離脱する。
「はぁ。はぁ。……あなた、その体。一体『何人』でできているんですか!?」
「こ……れも……ダメ……? それ……な……ら……」
メアリーは右腕に力を込める。彼女の右腕は少女とは思えないほど、筋肉で膨れ上がる。
「……こ……の……お手てで……ばっきばき?」
「今度は何をするつもりですか!?」
メアリーはバカの一つ覚えのように妖夢に再び突進してくる。妖夢は跳ぶように避ける。メアリーはかわされたことを理解すると、膨れ上がった右腕から放たれるパワーを拳経由で地面に向かって伝達する。地面は割れ、着地しようとしていた妖夢はバランスを崩した。その隙を見逃さずメアリーは妖夢の左腕を掴み握り締める。
「潰……れろ……」
「きゃあああああああああああああ!?」
妖夢の甲高い悲鳴が花のない桜並木に響き渡る。鈍い音ともに妖夢の腕があり得ない方向に折れ曲がった。メアリーが力を緩める気配はない。妖夢はなんとか痛みから解放されようとがむしゃらに剣を振り回した。切っ先が眼をかすめ、視界を遮られたメアリーは一瞬腕の力を抜いてしまう。その隙に妖夢は手掌から脱出できた。
「うぐ……。この怪力、まさに化物ですね」と言いながら妖夢は折られた左腕を抑える。
メアリーの眼はすでに治っていた。尋常でない回復力に妖夢はうんざりしてくる。
「浅くない傷を受けてしまいましたね。あまり時間はかけられません。終わりにしてやる……!」
妖夢は片手で剣を構え、低い姿勢でメアリーに駆け寄る。メアリーは右拳を妖夢に向かって放つ。これを避けた妖夢はメアリーの首元を一瞬で刎ね飛ばした。
「あ……うあ……?」
首を切断されたメアリーは状況を理解できていないようなうめき声を上げて首を地面に落としたのだった




