メアリー・シェリー
「フランケンシュタイン……。それがあなたの名前なのですか?」
妖夢は継ぎ接ぎだらけの少女に問いかける。少女の頭に側頭部に突き刺さっていた物体は巨大なねじだったのだと妖夢はこの時気づいた。継ぎ接ぎ少女はゆっくりとした口調で途切れ途切れに喋りだす。
「ち……がう……。わた……し……は……メアリー……シェリー……」
「……もどかしい喋り方ですね。……あなたはフランケンシュタインという種族の妖怪のメアリー・シェリーさんということでいいんですか?」
「…………」
フランケンシュタインと名乗る継ぎ接ぎ少女メアリー・シェリーは答えない。意図的に喋らないというよりは言葉が出てこないといった様子だ。メアリーという継ぎ接ぎ少女は思考能力が低いらしく、その姿を見た妖夢はため息を吐くと剣を構えなおす。
「……何が目的で何者なのかもわかりませんが、斬らせてもらいますよ。騒霊たちを襲っているのを見るに私たち白玉楼と仲良くするつもりはないのでしょう? 幽々子様もそれを感じたからこそ私を向かわせたのでしょうから」
妖夢はメアリーに向かって笑みを浮かべる。彼女は生粋の『斬りたがり』なのだ。そうでなければ、いくらメアリーの姿が異形で友好的に見えないからといっても、突然襲ったりはしない。メアリーの弁明を聞くつもりなどない妖夢は再びメアリーに斬りかかる。妖夢の斬撃はメアリーの腕を捉え切り落とす。
「……あ、ああ……あああああ…………」
うめき声とも叫び声ともとれる覇気のない息をメアリーは吐き出す。
「どうです。命が惜しければ今すぐこの冥界から去りなさい!」
勝ち誇った表情を見せる妖夢に眼をくれることなく、メアリーはゆっくりとした動きで切断された自身の腕を拾うと傷口と傷口を接触させた。
「何をしているんです? そんなことしたってくっつきませんよ? ……え!?」
メアリーが腕の切断面を触れ合わせると、どこからともなく光る糸が現れ、腕を縫合し始める。縫合が終わると糸の光は収まり、メアリーは感覚を確かめるようにゆっくりと腕を動かし手を握りしめる。
「……妖術の類ですか」と妖夢がつぶやく。
妖夢は周囲を見渡す。目の前のフランケンシュタインと名乗る継ぎ接ぎ妖怪に妖術や魔法を使えるような知性は感じられない。仲間がいるに違いないと判断した妖夢は気配を探るが近くに妖力や魔力の気配はなかった。
「……術者がいなくても条件が揃えば発動するタイプの術ですね。厄介そうです。しかし!」
妖夢はメアリーが修復した腕を再び斬り落とす。
「すごい能力ですが、そんな愚鈍な動きでは意味がありませんね。治す前に切り刻んであげましょう!」
妖夢は言いながらもう片方の腕を斬り落とそうと剣を振り上げた。そのとき、妖夢の目に映ったのは憤怒の表情を見せるメアリーの姿だった。不気味な殺気にひるんだ妖夢は剣を振り下ろすのをやめ、飛び退く。
「あ……う、うう……」
怒りの表情を崩さないまま、メアリーは腕をつなぎ合わせる。妖夢はのろまなメアリーになぜ自分がひるんでしまったのか分析していたが、答えは見つからない。本能的に危険を感じたとしか言えない反応だった。
「あなた、何か隠してますね?」
「……あ、ああ……?」
妖夢の問いかけにメアリーは声を発するが、質問を理解しているとは思えない。
「まったく、会話にならないというのはこうもストレスに感じるものなのですね」と妖夢は独り言をつぶやいた。それに呼応するかのようにメアリーも口を開く。
「痛……い……。痛……い。……お、前……嫌……い。……殺す」
つぶやき終わるや否や、先ほどまで愚鈍な動きしか見せていなかったメアリーが強く地面を蹴り、超高速で妖夢の懐に入り込む。突然のスピード移動に妖夢は剣で防御する間もなく、メアリーに体当たりで突き飛ばされた。
「かはっ……!? 急に速く……!?」
急変したメアリーに戸惑いを隠せない妖夢は地面から起き上がりながら心の内を吐露する。
「つぎ……は……、つ……ぶす……」
メアリーは相変わらず壊れかけたラジオのように途切れ途切れのゆっくりとした言葉を妖夢に投げかけるのだった。




