永遠亭
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――迷いの竹林、永遠亭――
霧雨魔理沙は屋敷の外にある木製の腰かけに父親と共に座っていた。胸を貫かれて深手を負った霊夢のそばにいたかったが、永遠亭の医師『八意永琳』から手術室には入れられないと断られてしまう。紫は霊夢の生と死の境界を無理矢理操作していたため、永琳とその従者とともに手術室へと入って行った。残されたのは魔理沙と父親だけだった。魔理沙は何もできない歯痒さからか、貧乏ゆすりを延々と続ける。
「落ち着け」
魔理沙の貧乏ゆすりを見て、魔理沙の父親は声をかける。
「……霊夢が死にそうなんだ! 落ち着けるわけがないんだぜ!?」
「友達が命の危機にあって心配なのはわかる。だが、落ち着け。お前がそわそわしたって何も変わらん」
「親父に何がわかるんだぜ!?」
「……わかるさ。オレも大事なやつを亡くした。それはお前もよく知ってるだろう?」
魔理沙は言葉に詰まる。父親が言っている亡くしたやつとは母親のことだ。母親が亡くなった時、父親が妙に落ち着いていたことを魔理沙は記憶していた。
「親父は母さんのときもそうだったな。なんで、そんなに落ち着いてられるんだぜ!?」
「あいつの死期が近いことを知っていたからな。それに……オレがおろおろしていたら、お前はもっと不安になるだろうと思って感情を表に出すことはしなかった」
魔理沙は押し黙る。
「……少しは落ち着いたみたいだな。……今はお前が焦っても仕方ないんだ。友達が還って来た時にお前に何ができるのか、それを考えておけ」
父親の言葉で魔理沙が多少冷静になったとき、手術室というにはあまりに和風な部屋のふすまが開き、兎耳の人型妖怪が現れる。
「霊夢はどうなったんだぜ!?」と聞く魔理沙。
「師匠は完璧な手術を行ったわ。月の技術を使用して心臓を再生して移植した。手術自体は上手くいったわ」
兎耳の妖怪、『鈴仙・優曇華院・イナバ』は魔理沙たちに報告する。
「そ、それで霊夢は今どこにいるんだぜ?」
「集中治療室よ。八雲紫も師匠もそこにいるわ」
「い、意識は戻ったのか、なんだぜ!?」
鈴仙は首を横に振る。
「手術は成功したけど、意識が戻るかはまだわからない。この24時間がヤマだと師匠がおっしゃってたわ」
「そんな……」と俯き下唇を噛みながら、ぎゅっと自分の来ている白いエプロンを魔理沙は握りしめる。
集中治療室に移動した魔理沙と父親はベッドに横たわる霊夢に視線を送る。霊夢のベッドの周りを囲むように魔法が張られている。おそらく生命維持装置のような役割を果たしているのだろう。そのため、霊夢に直接触れることが魔理沙には出来なかった。
それは八雲紫も同じで、眉間にしわを寄せながら霊夢を見つめていた。
「……次の巫女を探しにいかなきゃ……」
紫は小さな声で呟く。それを魔理沙は聞き逃さなかった。
「次の巫女だって……!? 紫、お前霊夢が死ぬと思ってるのか!?」
魔理沙は紫に怒号を飛ばす。
「この幻想郷には博麗の巫女が必要なのよ。そして、絶対に空席にしてはいけない存在でもある……。最悪の状況を想定して置かなきゃいけないのよ……!」
「ふざけるんじゃねえぜ……! お前にとって霊夢は道具ってことかよ! 博麗の巫女がどんだけ重要な存在か知らないが……お前は霊夢が死ぬのが悲しくないのかよ!?」
魔理沙は紫の胸倉を掴んで紫を睨みつける。
「うっ!? お、お前……」
魔理沙の視界に入ったのは充血しきった紫の眼だった。必死に涙を押さえこんでいる……そんな眼だった。
「幻想郷を管理する者として感情に流されるわけにはいかないのよ。この子の中には絶対に失ってはいけないものが眠っている。この子が死ぬその時に抜き取らないといけないのよ。……次の巫女の目星は付いている。その子を連れて来なくちゃいけないわ……。……何回経験しても慣れないわね。博麗の巫女との別れは……。……この子は飛びぬけて優秀で性格も良かったから尚更……」
そう言い残すと、紫は出現させた隙間の中に消えていった。魔理沙も紫への言葉が見つからず無言で見送る。
「……私は信じてるぞ、霊夢。絶対もう一回眼を開けてくれるって……!」
魔理沙は祈るように霊夢へ視線を送るのだった。




