惜しい人材
「ほれほれ、いまから、このお穣ちゃんに炎を出してもらうからのう……」
老婆は机に大量に並べていた水晶の一つを5~6歳の幼い女の子に手渡す……。
「どうやればいいの?」
幼女は首を傾げながら不安そうな様子で老婆に尋ねる。
「かまどの火を頭に思い浮かべるんじゃ。それだけで、炎が出てくる……」
老婆は幼女に微笑みかけながら説明する……。説明を受けた幼女は眼を瞑ると、「かまど、かまど、かまどの火……」と舌足らずな独り言を呟く。老婆の進言どおりにかまどの火を思い浮かべているのだろう。幼女が独り言を呟き始めると、程無くして、水晶が光りだした……。……水晶から、リンゴ程の大きさの火球が飛び出すと、破裂し、1メートル程の火柱が立つ……。その様子を見物していた人だかりから歓声が湧く……。
「あんな小さな子が使っても魔法が出るなんて……。ホントに誰が使っても魔法が使えるんだ……!」
一人の青年が興奮を抑えきれずに感想を叫ぶ……。
「お穣ちゃん、熱くなかったのかい? おじさんたちは炎がすごく熱かったんだけど……」
幼女は中年からの質問に首を横に振り、熱くなかったことを伝える。
「術者にはダメージを与えない、安全機能付きじゃ。熱い訳がなかろう……!」
老婆は中年からの幼女への質問に口をはさみ、水晶の高性能さをアピールした。魔理沙は茫然と口を開いている……。水晶のことを疑っていた魔理沙は、本当に魔法が発動することに驚きを隠せなかった……。
「ほれほれ、試し打ちしたい奴は並ぶんじゃ」
集まっていた人々は我先にと並び始めた……。魔理沙も水晶に興味を持ち、列に並ぶ……。水晶がどのような仕組みで魔法を発動させているのか気になったのだ……。魔理沙は待っている間、試し打ちをする人々の様子を観察していた。水晶には色々種類があるらしく、炎だけでなく、水や雷を出せるものもあるようだ。皆、興奮した様子で試し打ちをしている……。そして、魔理沙の番がやって来た。
「ばあちゃん、この水晶からは何が出るんだ?」
「最初に小さなお穣ちゃんが使ったのと同じものじゃよ。炎が出る……。……お穣ちゃん、あんた魔法使いかい?」
「……まあな」
老婆は怪しげな頬笑みを魔理沙に向ける。魔理沙は水晶に魔力を込める……!
「おお……!」
人だかりから歓声が上がる。魔理沙が持つ水晶から、巨大な炎があふれたからだ。火柱は3m程上がり、炎の体積も一般的な人里の者が出した炎よりも明らかに大きい……。魔理沙は人々の反応に対し、得意気な表情で顔を緩める。顔の緩みが気付かれないよう魔理沙は帽子のつばを握り、深くかぶりなおした。
「これでも、私の最大出力の十分の一も出してないんだぜ?」
魔理沙は帽子のつばを握ったまま、老婆に向かって眼を合わせる。
「うむ……。洗練された良い魔力じゃ……。厳しい鍛錬を積んでおることが見受けられる……。それ故に、じゃ……。惜しい人材じゃのう……」
「惜しい人材? 何の話なんだぜ?」
魔理沙は老婆の言葉が引っ掛かり、質問する……が、老婆はその問いに答えることはなく、人だかりに向かって宣伝を再開した。
「さあ、さあ、もう試し打ちはこれくらいで良いじゃろう? この、世にも珍しい誰でも魔法が使える水晶。火起こしに困ることもない。水を井戸まで汲みに行く必要もない。暑い日に氷も出せる。今なら一つ十円じゃ。お買い得じゃー!」
「十円かぁ。でも、悪い買い物ではないんじゃないか?」
老婆のうたい文句に反応し、人々は値段に見合ったものかどうか、確認するために会話をしている。
幻想郷において、一円は外の世界の一万円程度だ。つまり、十円は十万円程度である。決して安い買い物ではないが……、電気、ガス、水道がまだまだ行きとどいていない人里にあって、老婆の売り出した水晶は便利なアイテムとして人々の目に映る。大金を出してでも手に入れたいと思うのは仕方がないことであった。人々は長蛇の列を作り、彼らの望む魔法が出せる水晶を買って行く……。魔理沙もまた、その長蛇の列に並んでいた。理由は水晶の仕組みが全く持って理解できなかったことにある……。
「この水晶に掛けられた術式……、暴いて私のものにしてやるぜ……!」
魔理沙は不敵な笑みを浮かべながら独り言をつぶやく……。炎を出せる水晶を手に入れた魔理沙は水晶を見つめて思索にふける……。
「良い口実ができたな……」
魔理沙はほうきにまたがり、魔法の森方面に向かった。行きつけの店……、香霖堂を訪れるために……。