厚意
「あ、あれは……。10年前と同じ……?」
パチュリーは体を小刻みに震わせながら声を絞り出す。彼女の視線の先には自身を中心として中庭を球状に消滅させるレミリアの姿だった。
「パ、パチュリー様! お穣様のあの変化は一体……!?」
小悪魔メイドの一人が変貌したレミリアを見ながら問いかける。荒れ狂い雄叫びを上げ、髪の色も黄色に変化してしまったレミリア。そこには普段の冷静な姿の面影は見受けられない。
「……あなた達は早く紅魔館の外に逃げなさい! なるべく遠くへ……! 今のレミィには誰にも止められない! 暴走の巻き添いを喰らうわよ……!」
パチュリーは小悪魔メイドたちに館からの退去を命じる。しかし、命じた本人であるパチュリーに逃げ出そうとする姿勢が見られない。そんなパチュリーの姿に小悪魔メイドの一人が気付き問いかけた。
「パ、パチュリー様はどうなさるおつもりなのですか!?」
「私は逃げるわけにはいかないわ……。フランの体を保護しなくちゃいけないもの」
そう言い残すと、パチュリーはベランダから身を投げ出すと宙を舞い、暴れるレミリアの方向へと飛んでいく。
「パチュリー様ぁあああああ!?」
小悪魔はパチュリーの身を案じて叫ぶ。しかし、パチュリーの後を追うようなことはしなかった。小悪魔の本能が暴走するレミリアに近づくことを拒否する。今のレミリアに近づけば、自分はゾウが蟻を潰すように造作もなく破壊されると小悪魔は理解していた。パチュリーの後を追っても、ただ足でまといになるだけで邪魔にしかならないと小悪魔は確信する。
「パチュリー様……、どうかご無事で……。……みんな逃げるわよ! パチュリー様のご厚意を無駄にしてはいけないもの……!」
パチュリーから指示を受けた小悪魔メイドが先導を切るように紅魔館からの避難を開始する。それを見た他の小悪魔メイドたちも続くように紅魔館から去って行った。
「落ち着きなさい、レミィ! ……って、聞こえるわけないわよね」
パチュリーは大声でレミリアに語りかける。しかし、理性を失い、区別なく周囲の物体を粒子状に分解していくレミリアの暴走は止まらない。
「レミィ、魔法で動けなくさせてもらうわよ? 痛いけど我慢しなさい!」
パチュリーはレミリアに対して動きを封じ込める魔法をかけた。光の鎖に縛られ、レミリアは動けなくなる。
「うが? ががが、がああああああああ!!」
「く!? うううううううう……!」
動けなくされたレミリアは魔法を解除しようと力を込める。パチュリーもまた、解除させまいと魔力を込めなおした。両者の力が均衡する。
「な、なんて力なの!? 相変わらず常識外れのパワーね……!」
「ううううううううがああああああああああああああああ!!」
「そんな!?」
レミリアが気合を入れると、光の鎖が破壊される。魔法をかけられた怒りからか、レミリアはより一層大きな雄叫びを上げた。雄叫びの衝動がパチュリーに襲いかかる。
「うう!? 雄叫びだけでこんなデタラメな……!?」
雄叫びを終えたレミリアは自身の体に魔力を込め始める。多大な魔力が込められたレミリアの体が紅い光に包まれていく。
「な、何をする気!?」
「うがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
レミリアは自身の体を中心にエネルギー球状に発散させる。エネルギーはあらゆるものを飲み込もうとしていく。紅魔館もフランも、そしてパチュリーも……。
「きゃああああああああああああああああああああ!!!?」
魔法でバリアーを張ったパチュリーだったが、バリアーごとレミリアのエネルギーに吹き飛ばされる。それでも、紅魔館が消滅する中、生き残ることができたのはパチュリーの魔法使いとしてのスキルが高かったからであろう。
「あうう……」
パチュリーは全身に激痛を感じながらも立ち上がる。視界に移るのは草木がはげ、地肌が露わになってしまった元紅魔館の敷地であった。寂しい地肌以外には咆哮し続けるレミリアしかいない。
「フ、フランは……? まさか、今の爆発で……?」
パチュリーの顔色がみるみる青くなっていく。
「フラン!! 返事をしなさい!!」
フランの頭部が吹き飛んでいたことを知っているはずのパチュリーだったが取りみだしたのか、フランに応答するように声をかける。しかし、もちろんフランの声が聞こえて来ることはなかった。
「そ、そんな……。フラン……」
パチュリーが絶望で膝をつく中、パチュリーを視界に入れたレミリアは口角を上げて爪を立てる。
「ううううううぎぃああああああああああああああ!!」
レミリアはパチュリーに向かって突進し始める。レミリアの動きに気付いたパチュリーだったが、もう魔法を準備する暇もなかった。やられる、と直感したパチュリーは目を強く閉じる。しかし、パチュリーにレミリアの攻撃が当たることはなかった。不思議に思ったパチュリーが眼を開けると、彼女は宙に浮いていた。誰かに片腕で抱えられている状態で。
「……危ない所でしたねパチュリー様」
パチュリーは首を動かして自分を抱えている者を視界に入れる。そこにいたのは休暇をもらって外の世界に旅行中であるはずの紅魔館が誇る瀟洒なメイドだった。
「咲夜……!? あなた、帰っていたの!?」
「はい、ただいま帰りました。……嫌な予感が私を覆いましたので……。……お穣様のアレ……。10年ぶりくらいですね」
紅魔館のメイド長『十六夜咲夜』は眉尻を下げ、微笑んでいた表情を少し曇らせるのであった。




