命乞い
「う……か……。……はっ!?」
パチュリー・ノーレッジは紅魔館の内部で目を覚ます。カストラートの攻撃を受け、レミリアに助けられた後、気絶していたのだ。
「お気づきになられましたか!? パチュリー様!」
「……レミィは!? あいつらとの戦闘はどうなったの!?」
パチュリーからの質問に小悪魔メイドは顔を曇らせながら報告する。
「まだ、戦闘は続いております。レミリアお穣様が敵の魔法使いと戦闘し苦戦しているところに妹様が駆けつけ、魔法使いは倒したのですが……。もう一体敵が現れ、妹様が戦闘を継続しており……」
「……直接見るわ」
パチュリーは小悪魔メイドが報告する様子から状況が良くないに違いないと判断し、中庭の見えるバルコニーに向かって走り出す。バルコニーに到着したパチュリーの視界に入って来たのはフランの頭部を破壊して満足そうに笑みを浮かべているルガトの姿だった。
「あの頭のない体はフ、フランなの……?」
パチュリーは無残な姿になり果てたフランを見て口を押さえると、視線をルガトに移す。
「な、なによあのバケモノは……!? あの翼、牙。まさか、吸血鬼!? しかもあの髪の色は……。……レミィは……? レミィはどこ!?」
パチュリーは視線を動かし、親友を探す。レミリアはルガトとフランの戦闘の衝撃で吹き飛ばされていたのか、中庭の壁際でうつ伏せに倒れていた。
「レミィ!!」
親友の大声が届いたのか、幼い吸血鬼は指をピクっと動かすと意識を取り戻し、よろめきながら立ち上がる。気絶から立ち直ったばかりのレミリアの視界は朦朧としていた。かろうじてルガトの存在を視認すると確認するように目を細める。
「あら、生きていたのね。出来損ないの吸血鬼さん」
「……お前は……魔法使いの後ろに隠れていたもう一人のやつね……。……まさか吸血鬼だったとはね。……あの魔法使いはどこに行ったの?」
「ここよ」
ルガトは自身のお腹をさする。
「もっとも、この中に入れたのはカストラートくんの血液だけ、だけどね」
「……仲間を喰らうなんて……下品な吸血鬼ね」
「プッ。あっはははは!」
「何がおかしいのよ。急に笑い出すなんて」
「だって、あなた妹と同じことを言ってるんだもの。やっぱり姉妹なんだなって。先祖返りの妹と実験動物止まりのあなたとじゃあ、天地の差があるっていうのに同じことを言うんだもの。なおさら面白いわ」
「笑いのツボが私とは違うみたいね。お前とは仲良くなれそうにないわ。……それでフランはどこにいるの?」
「あら、まだ意識がはっきりとしないのかしら? 私の足元にいるじゃない」
「足元?」
ルガトに視線を誘導されながら、レミリアはクリアな視界を取り戻そうとしていた。その双眼に写し出されたのは……頭も手足も破壊された見るも無残なフランの成れの果てであった。
「あ……あ……」
レミリアが胴体だけになったフランの姿を見て絶句しているとルガトが口を開く。
「ひどいお姉さまよね? フランちゃん……。このお洋服と不完全な翼が付いてるのにあなたのお姉さまはこれがフランちゃんだって気付いてなかったんだって!」
レミリアは肩を震わせながら問いかける。
「フラン? フラン!? しっかりしなさい!!」
「あっはは! この程度で取りみだしちゃうなんてやっぱり実験吸血鬼はもろい。頭を破壊しているのよ? 聞こえるわけがないじゃない」
ルガトはフランのもとに駆け寄ってきたレミリアをフランから奪ったレーヴァティンで叩きのめす。一撃を喰らったレミリアは地面にうつ伏せに叩きつけられた。
「あ……が!? な、なんなの? その武器は……? 強力な魔力を感じる」
「あは! 本当に何も知らされてないんだ。これはフランちゃんがお父様から受け継いだものだそうよ? あなたに託すにはもったいない代物よねぇ。後であなたはこの杖で始末してあげる。その方が面白い。さて、まずはフランちゃんにトドメを刺すとしようかしら」
「や、やめなさい! やめてぇぇぇぇ!」
「力のない者に選択肢はないのよ? そこでフランちゃんが殺されるのを見てなさい。哀れなお姉さま。それにしてもさすがは不完全とはいえ、先祖返りの吸血鬼。頭を飛ばしたのに魂はきちんとここにあって生きている。さすがに回復能力は落ちているみたいだけど……。その生命力好都合だわ」
ルガトはレーヴァティンを左手に持ち替えると、右手に大剣を顕現させる。
「フフフ。このモーンブレイドもお腹が減ってるみたい。魂が食べたくて食べたくて仕方ないみたいなの。フランちゃんの魂なんて最高のごちそうでしょうね!」
ルガトの持つ大剣『モーンブレイド』から闇色の狼が再び出現する。狼は大きな口を開け、牙をフランの胴体に向ける……。
「あは! 私は優しいから最後の言葉をかける時間を与えてあげる!」
「お願い! やめて! フランを殺さないで! ごめんなさい、悪いのは私……。だから……」
「この後に及んで、潔く死なせる覚悟もできずに命乞いだなんて……。あなたの精神は吸血鬼にふさわしくないわ。実験吸血鬼と呼ぶのも憚れるくらいね。不愉快。そこで妹の魂が食われるのを指を咥えて見てなさい! あっはは!」
ルガトは狼にフランを喰らうよう指でジェスチャーする。まさに、フランが喰われんとする……その時だった。
「え?」
ルガトは呆気に取られたように口を開く。目の前で闇色の狼が粒子となって分解し消え去ったのだ。狼だけではない。モーンブレイドも粒子となって消え去ったのである。
「お母様から貰ったたいせつなレアアイテムが……。……何が起こったの!? 誰が起こした!? 実験吸血鬼お前なの!?」
ルガトの視線の先にはただ、『ごめんなさい、ごめんなさい』と呟き続けるレミリアの姿があった。




