実験動物のくせに
「すぐにそのうすら笑いを止めてあげるわ。覚悟しなさい」
紅魔館の主、レミリア・スカーレットはにやにやとした表情をやめようとしないカストラートに静かな怒声を浴びせる。
「モルモットごときに僕を止められるとは思いませんが……」
目を細くして微笑む美少年、カストラートはレミリアを挑発する。
「さっきから、誰のことをモルモットと呼んでいるのかしら?」
「もちろん、吸血鬼のあなたのことですよ。お穣さん」
「……高潔な吸血鬼の私をモルモット扱いだなんて……。どうやら殺されたいらしいわね。……アンタ達なんでしょう? この幻想郷から妖精を消したのは……。おかげでうちの妖精メイドたちも消えてしまったわ。雑用係がいなくなって迷惑してるの。さっさと元の状態に戻してもらえるかしら?」
「吸血鬼が高潔? フフ、面白い冗談ですね」
レミリアとカストラートが挑発の応酬をしていると、か弱い声がカストラートの背後から聞こえてきた。
「あ、あの……カストラートさん……」
「……なんです? ルガト……」
「こ、こんなに部下を殺してしまって大丈夫なの? お、お母様に怒られない……?」
「まったく……、そんなことを気にしていたのですか? 彼女たちは『ドーター』にすらなれない粗悪品……。いくら死んだとてお母様は咎めたりしませんよ。おどおどしないでください。それよりも自分の身を守ってくださいよ? 何故だか知りませんが、お母様はドーターの中でもとりわけ、あなたのことを気に入っていますからね。あなたに何かあったら僕がお母様に殺されてしまいます」
「う、うん……。ありがとう、カストラートさん!」
ルガトのお礼の言葉にカストラートは小さく舌打ちをした。カストラートにはなぜルガトがお母様であるテネブリスに気に入られているのか理解できなかった。大して力もないくせに魔女集団の幹部クラスである『ドーター』にテネブリスに気に入られているという理由だけで選ばれているルガトに対して、叩きあげでドーターに昇格したカストラートは良い印象を持っていなかった。
「実験動物のくせに……」
カストラートはルガトに聞こえないように小さな声で呟く。
「えらく臆病そうな仲間を連れているみたいね。でも手を抜いたりはしないわよ?」
「ええ。構いませんよ。手を抜かれたら僕が楽しめませんからね」
「口の減らないヤツね。……パチェ!」
「ええ!」
パチュリー・ノーレッジはレミリアからの合図を受け、戦闘を開始する。
「ロイヤル・フレア!」
パチュリーは下っ端たちを焼き払った火の魔法をカストラートに向かって放った。
「ルガト! 下がっていてください! あなたの手に負える相手ではありません!」
「う、うん……。わ、わかった!」
ルガトはカストラートの指示に従い、戦闘の前線から遠ざかる。カストラートは内心で「役立たずめ……!」と思うが、ルガトに何かあればテネブリスに始末されるのは自分だと諦め、溜飲を下げた。
「『フランマ』!」
カストラートもパチュリーに対抗するように炎魔法を打ちだす。炎同士はぶつかり、お互いのエネルギーを奪い打ち消し合った。
「……やるじゃないですか。僕の魔法と同等の炎を出せるなんて……。あなた、百歳くらいでしょう? 若いのに大したものだ……」
カストラートはにやけた表情を崩さずに、パチュリーに話しかけ続ける。
「天賦の才に恵まれていると言って良いと思いますよ? そんなあなたがなぜ、そんな吸血鬼(実験動物)の部下で収まっているのか……、理解できませんね。我々の仲間になってみてはどうです? お母様は才覚ある者を欲しています。あなたが魔法使いとして何をなそうとしているのかは知りませんが、我々に加われば目的にグッと近づけると思いますよ? 悪い話ではないでしょう?」
「ペラペラとうるさいわね。私はレミィの部下なんかじゃないわ。それに、私は誰かの下についてそいつのために働くなんてまっぴらごめんだわ」
「僕の誘いを断りますか……。良いでしょう!! 死んであの世で後悔するといいよ!」
カストラートはにやけていた表情をさらに邪悪に歪め、レミリアとパチュリーを見下すのだった。




