吸血鬼
◇◆◇
「お母様……、お待たせして申し訳ございません……」
「なにをしておったのだ、マリー? あの巫女の小娘を始末できていないばかりか、応援に来るのも遅れるとは……」
「……不覚にもあの巫女に少なくないダメージを与えられ、しばし体の回復に時間を頂きました……」
「……あの程度の小娘に遅れをとるとは……情けない。やはり、貴様は最高傑作ではあるが、理想には遠く及ばん」
「申し訳ございません……」
マリーは再び深々とテネブリスに頭を下げる。その姿を見てテネブリスは呆れたようにため息をつく。
「まあいい……。貴様が仕留め損なった小娘にはわしが致命傷になりえるダメージを与えた。……どうやら小娘は空間を操る金髪の妖怪にとって特別な存在のようじゃ。しばらくはあの小娘に付きっきりになるじゃろう。もっともどんなに腕の良い医者でも助けられるとは思えんがのう」
「そう、ですか……」
マリーは霊夢が深刻な負傷を追っていることを知り、顔を曇らせる。そして、魔理沙が無事なのか気にかかった……。
「お、お母様……? その、魔理沙は……、出来損ないの娘は……どうなされたのですか……?」
「フン、巫女の小娘が体を張って守りおったわ。いまいましいが、まだ生きておる」
マリーは胸を押さえ、テネブリスに気付かれないように小さく安堵のため息を吐く。
「それにしても……、この幻想郷というコミュニティの運はこれまで潰してきたどのコミュニティよりも運の質が良い……。水晶を利用し、何の力も持たぬ人間を経由して奪った運じゃったが……、先ほどの金髪妖怪との戦闘でわしの力を何倍にも引き出しおった……。何百歳も若返ったかのような力の溢れようじゃった。……やはり、この地でわしの目的は果たせそうじゃ。……マリー、『ドーター』たちに伝えよ。『計画通り始めよ』と」
「かしこまりました。お母様……」
マリーは黒球を生み出すと、その中に入り込み消え去った。テネブリスはマリーが去ったのを確認すると、上空高くへと飛んでいく。幻想郷中を見渡せる位置にまで到達すると上昇をやめ、その場にとどまる。
「この幻想郷の運脈……。根こそぎわしのものにしてくれるぞ? そして……光栄に思うが良い。このコミュニティはわしの理想の礎となるのじゃ。……もう少しじゃ」
テネブリスは幻想郷中に言い聞かせるように独り言をつぶやく。その表情は邪悪な笑みで埋め尽くされていた。
◇◆◇
「……外が騒がしいわね。レミィ」
紫色の長髪に、パジャマの様な服装を着た少女があじさいのような濃い水色の髪と燃えるような紅い瞳を持つ幼女に尋ねる。二人は丸いティーテーブルで優雅にお茶をしていた。
「そうね、パチェ。この私が、幻想郷を我らのものにしようと、紅い霧を造る準備をしているというのに……、横取りしようとする連中が出てきたみたいね」
水色の髪の幼女は「やれやれ」とでも言いたげに紅茶の入ったカップを手に取った。少女の背中には蝙蝠のような黒い翼が生え、口には鋭く尖った犬歯が伺える。吸血鬼……、それが幼女の正体であった。
「美鈴は大丈夫かしら?」
「……その答えはもうすぐわかるみたいよ」
吸血鬼の幼女と紫髪の少女がお茶を楽しんでいると、突然部屋の扉が開く。
「お穣様……、大変です! め、美鈴様が……」
赤髪のウエイトレスのような服装の美少女が、吸血鬼に対して報告を行う。ウエイトレスは同じく赤髪のチャイナ服を着た女性に肩を貸していた。チャイナ服の女性は戦闘に敗れたらしく、体中傷だらけだ。チャイナ服もところどころ破れてしまっている。どうやら、このチャイナ服の女性が美鈴という人のようだ。
「……うちの門番をここまでボコボコにするなんて……。私たちの獲物を横取りしようとしている連中はそれなりに腕が立つようね……。レミィ、どうするの?」
「聞くまでもないでしょう?」
吸血鬼の幼女は口にしていたティーカップをテーブルに戻すと立ち上がり、にやりと笑うと、ウエイトレスの少女に声をかける。
「小悪魔、御苦労だったわね。美鈴を医務室に連れて行ったら少し休憩していなさい」
小悪魔は「はい!」と返事をして美鈴を連れて行く。その姿を見届けると、吸血鬼の少女は紫髪の少女に声をかける。
「パチェ! やるわよ!」
「はいはい」
「連中に教えてあげることにするわ。この幻想郷が誰のものなのかということを。そして……、紅魔館の主であるこのレミリア・スカーレットを敵に回したことがどれだけ愚かなことだったかということをね!」
空は茜色から漆黒に移り変わろうとしていた。ヒトの時間から、吸血鬼の時間へと。




