魔法陣が描かれた紙
「魔理沙逃げるぞ!」
魔理沙は父親に腕を引っ張られると、我に返り、走り始める。
「無駄じゃよ」
テネブリスは走り出す魔理沙たちの進路に回り込む。
「くそ! なんてスピードだ!?」
「さて、どう殺してやろうかのう? 焼き殺してやろうか、水で溺れさせて窒息死させてやろうか、首を切断してやろうか……。くく……。あそこに倒れている金髪の妖怪のように感電死させるのも面白いかのう?」
「悪趣味な婆さんなんだぜ……」
じりじりと歩み寄る老婆を前に魔理沙たちは後ずさりする。すでに魔理沙たちの命はテネブリスの手中にあった。少しでも選択肢を間違えれば……即、死が待っている。魔理沙は頭脳をフル回転させ、生き延びる手段を捜し出そうとする。しかし、どの方法も圧倒的実力差があるこの状況では上手くいかないだろうと容易に想像できた。
「……最後に聞かせてくれ……。お前は私のことを出来損ないといったな。そして母さんのことをゴミだの残りカスだとも……。一体何でお前は私の母さんをそこまで蔑むんだぜ?」
「ふん……。簡単なことじゃ。ゴミも残りかすもその言葉どおりじゃ。お前の母親はわしの最高傑作を生み出すのに必要な材料じゃった。使い終わった材料はゴミとしか言いようがないじゃろう?」
「最高傑作だと?」
「そうじゃ。わしの作った『ドーター』……。その中の最高傑作が『マリー』じゃ。お前の母親はマリーを生み出すための材料だったんじゃよ。もっとも最高傑作ではあるが、理想には遠く及ばん」
「……話が全く見えないんだぜ……。おばさんが最高傑作で母さんが材料……?」
「わしの目的は完璧な存在を造り上げることじゃ。マリーを生み出したのも数ある計画の内のひとつじゃった。……わしは30年ほど前、魔法の才に恵まれた一組の双子をさらった。双子はすくすくと育ち、心身ともに充実した時を見計らいある実験を行った」
「実験……? ろくでもなさそうな響きなんだぜ……」
「わしは片方の子に宿っている魔法に関わる全ての能力をもう片方に注ぎ込むことにした。魔力、運、技量、気質……全ての能力を一人に集結させたのじゃ。実験は成功した。能力を注ぎ込まれた双子の片方は人間を大きく超える魔法の力を手にした。そして、能力を奪われたもう片方は、魔法の才を全て失い、普通の人間に……いや、それ以下の存在になったというわけじゃ。……わしは完璧主義者じゃ。実験の残りカスは……貴様の母親はすぐに始末するつもりじゃった。生かしておいても何の意味もないからのう。しかし、わしは不覚にも取り逃がしてしまったというわけじゃ。逃げ出したリサをわしは探し出すことができなかった。なんせ運も魔力も何も持っていないからのう。探知することが不可能じゃったのじゃ。まさか、こんな東の果ての島国でリサの娘に会うことになるとは夢にも思わなんだが……」
「……胸糞悪い話だったぜ。お前の下らない目的のために母さんは普通の人生を奪われただけじゃなく、能力も奪われた上にお前みたいなヤツに命を狙われる羽目になったってわけだぜ。絶対に許さないぜ!」
「威勢が良いのはいいが、貴様には何もできん! 母親から運を受け継ぐことができず魔法を使えぬような人間にわしが遅れを取ることはない。……気付いておるぞ? 貴様がわしに喋らせている間に密かにマジックアイテムを用意していることは……。じゃが、どんなマジックアイテムじゃろうがわしには効かん!」
「やってみなくちゃわからないぜ!」
魔理沙は1枚の紙を取りだす。紙には魔法陣が描かれている。どうやら、魔本に封じ込めていた『スターダストレヴァリエ』と同じく、あらかじめ込めておいた魔力で強力な術を発動させるもののようだ。
魔理沙は大声で術名を叫ぶ!
「『マスター・スパーク』!!」
巨大なビームがテネブリスに向かって射出される。テネブリスの体は巨大な光に飲み込まれた。魔法陣から放たれるマスター・スパークは時間の経過とともに次第に細くなり消えて行く。
「……こいつはまいったぜ……」
魔理沙の切札であっただろうマスター・スパークの直撃を受けたテネブリスだったが……、傷一つ付いていない。どうやら、バリアーを張って凌いだようだ。魔理沙の渾身の一撃だったのだが、テネブリスの表情には余裕が伺える。まだまだ余力があることは容易に想像できた。
「もう終わりかの?」
マスター・スパークは魔理沙にとって最後の切札的アイテムだった。それが呆気なく防がれた今、魔理沙に打つ手はない。しかし、魔理沙は手札を失ったことが気取られないよう作り笑いを浮かべる。だが、テネブリスは魔理沙の胸中をのぞき見たかのように口を開く。
「苦笑いを浮かべるのがやっとのようじゃな。もう大した手もないのじゃろう? 出来損ないのくせにここまで腕を上げることができたのは凄いことじゃ。本当は痛めつけてから始末するつもりじゃったが……、褒美に父親とともにあっさりとあの世に行かせてやるわい」
テネブリスは杖を魔理沙に向け、魔力を込め始めた。
「……良いことを教えてやろうかのう。……エネルギー放出系の魔法は用途にもよるが、密度を高めた方が貫通する威力が高まる。さきほどの貴様のビームは無駄に大き過ぎる。見た目は派手じゃがの。わしが手本を見せてやろう。あの世で参考にするといい」
杖の先に光の球が現れる。そこから一筋の光の線が放たれた。直径5センチ程度の光線が魔理沙目掛けて襲いかかる。あまりのスピードに魔理沙は一歩も動けない。魔理沙が死を覚悟したその時だった。魔理沙とビームとの間に体を入れる少女が現れる。紅白の巫女服を着たその少女は術名を叫び、ビームを止めようと試みる。
「二重結界!」
ビームと結界が衝突し、激しい光と爆音が発生する。魔理沙は眩しさのあまり、目がくらむ。次第に光はおさまり、魔理沙に視界が戻ってきた。
「魔理沙……。大丈夫?」と紅白の巫女は魔理沙に背を向けたまま問いかける。
「ああ、助かったんだぜ! 霊夢!」
「よかった……」
霊夢は微笑みながら魔理沙の方に振り返った。
「そ、そんな……。霊夢、お前……」
微笑む霊夢の口からは血が滴っていた。魔理沙の目に写っていたのは……、ビームで風穴が開いてしまった霊夢の胸部だった。




