老婆とスキマ妖怪
「さあ、この幻想郷に害なす者は消えてもらうわ」
八雲紫は老婆に相対する。老婆は幻想郷きっての実力者を前にしても慌てている様子はない。
「消えるのはそちらかもしれんぞ?」
「言ってなさい」
紫は球状のエネルギー弾を老婆に向かって放つ。老婆は宙に浮いてかわす。
「お年を召しているのに随分と素早いのね」
「年はそんなに変わらんと思うんじゃがのう。やはり、貴様らモンスター……この国では妖怪というんじゃったか? 年を取っても若い姿のままでいられるのは羨ましいわい」
「あら、早々に死ねるのも羨ましいものよ? ……宙に浮かんでも逃げられないわ。私の能力に死角はないもの!」
老婆の周囲三百六十度全てに紫のスキマが現れる。
「これなら避けられないでしょう?」
全てのスキマから無数のエネルギー弾が老婆に向かって放たれる。
「ふむ。これでは確かに逃げられんのう」
エネルギー弾が老婆に老婆に次々と直撃し、白煙を上げる。自らの視界も奪われてしまうと判断した紫は一旦攻撃を止め、煙が晴れるのを待つ。
「やっぱりこの程度じゃダメみたいね」
「やはり、お主かなりの使い手じゃのう。ワシの障壁が後少しで壊れるところじゃったわ」
老婆は自分の周囲を半透明の球状のバリアーで守っていた。老婆本体には傷一つ入っていないらしい。
「うむ。互いに全力を出し合っても五分五分というところかのう。……それならば、ワシは少しアイテムを使わせてもらうことにするかの」
「アイテムですって?」
「そうじゃ。まさか卑怯などとは言わんじゃろ?」
老婆は黒衣の袖から赤色の水晶を取りだした。
「……それは何?」
「このコミュニティに住む人間どもに売りつけた水晶……。運を集めるものだということは突き止めたようじゃな……。紅白の巫女に回収をさせているようじゃったが、そんなことに意味などない……」
紫は老婆に対して怪訝な表情を向ける。紫は人里で売られていたという水晶の回収を霊夢に命じていた。魔理沙が行方不明であったため、霊夢は「そんなもの探している場合じゃない」と水晶の回収に難色を示していたが、博麗の巫女の仕事だと諭して半ば強制的に回収させたのだ。
「私たちが水晶を回収していることをご存知だったのね。意味がないとはどういうことかしら?」
「ふん、もう察しは付いているじゃろうに……。集めた水晶をどこに隠したか知らんがそんなことは関係ない。あの水晶に蓄えられた運……、それを遠隔で回収するのが、この赤水晶というわけじゃ」
「この幻想郷を構成するのに重要な運……。それを好き勝手に使うことは許さないわ」
「少しくらい大目に見てくれても良いじゃろう?」
「少しじゃなさそうだから言ってるのよ?」
「妖怪のお主にはわかるまい。わしら人間は貴様らと違い、その身に宿す魔力量が格段に少ない。魔法を使うには外部の……自然にある魔力を借りなければならんのじゃ。その魔力を自在に操るには『運』がいる。強大な魔法を使うとなれば、なおさらにそれ相応の運が必要なのじゃ」
「強大な魔法ですって? 何をやるつもりなのかしら? ……どうせ碌でもないものなのでしょうね」
「喋りすぎたのう。お主が知る必要はない!」
老婆は紫に向けて炎を飛ばす。しかし、その炎は小さく、ろうそくに灯されたような大きさだ。紫はなぜ、老婆が攻撃とは思えないような弱い炎を繰り出したのか理解できない。だが、次の瞬間、その小さな炎が爆炎となり、紫を襲う。突然の炎の拡大に紫はスキマを使うこともできなかった。
「ど、どういうこと!? 魔力の上昇は感じられなかった。なのに何で急に炎が大きくなったの!?」
紫は珍しく狼狽する。咄嗟に炎を腕でガードしたために両腕に大やけどを負ったことも紫に焦りの感情を与えたのかもしれない。
「これが『運』の力じゃ。お主が思っていた以上にすばらしいものじゃろう?」
老婆は紫を見下すように、余裕の表情を浮かべていた。




