二重結界
「さあ、霊夢ちゃん。始めましょう。殺し合いを」
マリーは親戚のこどもに喋りかけるような穏やかな口調で霊夢に戦闘の合図を告げる。
「博麗の巫女をなめんじゃないわよ!」
「……私も負けるわけにはいかないわ。曲がりなりにも『ドーター』のトップを務める者として、ね」
霊夢は無数のお札をマリーに投げつける。まずは様子見といったところだろう。マリーも難なく避けると、短めの杖を取りだし、宙に浮く。
「空中戦の方が得意ってわけ?」
霊夢もマリーの後に続いて宙に浮きながら、大幣を構える。
「ええ、まあね。霊夢ちゃんは地上戦の方が得意かしら?」
「……私に苦手なフィールドなんてないの。どこでやっても結果は一緒よ!」
「凄い自信ね。羨ましいわ。私にも少し分けて欲しいくらいよ」
「無駄話はもういいわ。さっさとアンタを倒して魔理沙を助けに行かなきゃならないから」
「……お互い様ね」
先に仕掛けたのは霊夢だった。大幣を警棒の様に振り回し、マリーの側頭部を狙う。マリーも太刀筋を見抜き、杖で大幣を受け止める。
「いきなり、頭を狙うなんて容赦がないのね」
「幻想郷に害なす奴らに手加減の必要はないもの。それにアンタが言ったんでしょう? これは殺し合いだって」
「そうだったわね」
マリーは大幣をはじくと、霊夢と距離を取り、魔法を発動する。杖の先端から黒色の球が霊夢に向かって放たれる。霊夢は咄嗟に避け、かわしたが、黒球は地表に生えていた木にぶつかる。すると、黒球がぶつかった場所だけ、切り取られたようにぽっかりと穴が空いた。
「おっそろしい魔法ね。体に当たったら文字通り風穴が空くってわけ……」
「何かを守るためには何かを失わないといけない……。ごめんね。霊夢ちゃんには死んでもらうわ。はあああ!」
マリーは連続してサッカーボール大の黒球を霊夢に向かって発射し続ける。だが、霊夢も華麗な身のこなしで回避する。
「そこ!」
霊夢の一瞬の隙を突き、マリーは回避不能の一撃を繰り出す。
「くっ!? 陰陽玉!」
霊夢は咄嗟に陰陽玉を黒球に向かってぶつけるように放出する。黒球にぶつかった陰陽玉は跡形もなく消滅した。
「さすがにやるわね。このコミュニティの屋台骨を務めているだけのことはある……」
「……そのコミュニティって言い方やめてくれないかしら? この地には幻想郷っていう立派な名前がついてるんだから!」
「幻想郷……ね。美しい響きだわ。……響きだけじゃない。この幻想郷は美しいわ。私たちが今まで潰してきたどのコミュニティよりも……」
「美しい? どこがよ。ここにいる連中はどいつもこいつも勝手気ままで私困ってるの。妖怪共はちょっと目を離したら外から入って来た人間を無残に殺すし。あんたらみたいに外から入って来たかと思えば幻想郷に攻撃を仕掛けてくるし。美しいとは反対の血なまぐさい土地よ」
「霊夢ちゃん、その姿こそが十分美しいのよ。ルールさえ守れば好きに生きることを許される。全てを受け入れるということじゃない。……さあ、楽園の素敵な巫女さん、続きといきましょうか」
マリーが杖を振ると、黒い霧が現れる。霧はどんどんと濃くなり、霊夢の視界を奪った。霊夢からはマリーの姿はまったく見えなくなってしまった。
「さあ、行くわよ。霊夢ちゃん!」
暗闇からの攻撃を霊夢は気配で察知する。全く見えなくなった黒球をなんとか寸前で避けた霊夢だが、状況が余りにも不利だった。
「……めんどくさい術使ってんじゃないわよ! 二重結界!」
霊夢は自身の周囲に結界を張り、黒球による攻撃を無効化する。しかし、無効化したにもかかわらず、黒球による攻撃がやむ様子はない。
「……もしかして、相手も私の姿が見えてない? それならやることはひとつね」
霊夢はあえて結界で黒球を受け止める。射出場所がどこか特定するために、黒球は一見すると、三百六十度どの方向からも不規則に飛んできているようだったが、生来より戦闘センスに優れる霊夢は発砲者の動きを掴み始める。完全に相手の動きを把握した霊夢は高速移動を開始する。
「捕まえたわ」
霊夢は暗闇の中でしっかりとマリーの腕を掴む。
「そ、そんな!? どうやって!?」
「勘よ」
霊夢は大幣をマリーの脇腹に叩きこむ。打撃を受けたマリーは地表に生える木の幹に叩きつけられた。ぐったりと幹を背もたれにして座り込むマリーに霊夢が近づくとマリーが口を開く。
「……強いのね。やられちゃった……」
「……とどめを刺させてもらうわよ」
「……それは嫌よ。私はずるくて臆病なの。死ぬのだけはイヤ」
「はあ!? 何を身勝手な……。……何をしてるの!?」
マリーは黒球を造り出し、それを自分自身に叩きこむと、一瞬で消え去った。
「自害したの? ……いや、違う。紫の能力と同じ類のものみたいね。……魔理沙を助けに行かなきゃ」
霊夢は魔理沙を救うべく、老婆と魔理沙の後を追うためにその場を飛び立った。




