招待
「霧雨魔理沙を退かせぬか……。二人がかりならば勝てる、という愚かな計算ではなかろうな? 神の子であるワシの力を前にすれば、どんなモンスター共が束になろうと塵に等しい!」
リリス・テネブリスは境界の力を使い、身の丈程の次元刀を生成すると、紫と魔理沙に向けて射出する。
「バカの一つ覚えみたいに……。同じ技を使うのね!!」
言いながら、紫もまた境界の力で次元の刃を造り、ぶつけることでリリスの刃を相殺する。
「単純な力比べで差を見せつける方が、心身ともに敵に畏怖を与えることができるからのう!」
リリスは次元刃を連射した。だが、その全てを紫は撃ち落とす。
「ワシと同格の力を見せるか……。貴様の内に秘めたリリス体……。やはり神の子に匹敵するものか……! じゃが、どこまで耐えきれるかのう?」
刃を連射し続けるテネブリス。紫も応戦する。境界の刃のぶつかり合いで生じた白煙が両者の視界を遮っていった。
(……煙で視界が消えていく。霧雨魔理沙が……小娘が動くとすればそろそろか……)
リリスは感覚を研ぎ澄ます。推測通り、魔理沙の魔力はリリスの背後に移動していた。
「後ろからなら気付かれんと思ったか!?」
リリスは刃を魔理沙に向けて放った。
「やっぱバレるか……。クッソ! なんとか堪えてやるんだぜ……!」
魔理沙は腕をクロスして防御体勢を造り、刃を受け止めた。
「うおおおおお!? いってぇ……、けど! 負けるかぁあああ!」
魔理沙の魔力を受けた刃がじわじわと粒子に変換される。しばしの均衡状態の末、刃は完全に粒子となって消え去った。
(……小娘め。ついさっきまでなら耐えきれなかったであろうワシの攻撃を防ぐか……。能力の覚醒が継続しておるようじゃのう。……急がなければまずいか……)
一瞬の思考をしたリリスの隙を八雲紫は見逃さなかった。
「飲み込め……!」
山も覆えそうなくらいに巨大なスキマがリリスの頭上に召喚される。スキマから覗いた大きな目がリリスを捉えていた。
「ここまで強力に境界の力を扱うか。妖怪め……!」
紫が顕現させた巨大スキマは周囲の空間ごと、リリス、魔理沙、そして紫自身を吸い込むのだった。
◇◆◇
「こ、ここは……? 紫のスキマの中か……」
魔理沙は周囲を見渡す。気付けば目玉だらけの奇妙な空間だった。目玉は常に自分を見ているように感じられた。不快な目玉を潰してやろうと手を伸ばしても、追いかけても目玉には決して触れることはできない、ということは以前霊夢と一緒にお仕置きされたときに経験済みだ。
「……だけど、いつもと何か空間の雰囲気が違うぞ?」
「当り前よ。このスキマは私の親友の体を犠牲に生み出したのだから……」
いつの間にか魔理沙の背後に回っていた紫が口を開く。
「ここは宇宙と宇宙の狭間……。膜宇宙の膜の中……。ここではあちらの世界の法則もこちらの世界の法則も通用しない。全ての人間が平等に扱われる可能性のない世界……」
「お、お前はいつもわかるような解らないことしか喋らないんだぜ……」
そして、会話する二人に近づく一体の影。
「やってくれたのう……。八雲紫……。よもやワシをこんなところに閉じ込めるとは……」
リリスは眉間に皺を寄せ、紫たちを睨みつけていた。
「いいところでしょう?」
「ふざけおって……。こんな目玉だらけの気色悪い空間、今にも吐きそうなくらいじゃ……」
紫が見せる余裕の笑みがリリスをさらにイラつかせた。
「目玉だらけが気色悪い……? お前の境界の中には目玉がないのか?」と魔理沙がリリスに問いかける。
「当然じゃ。こんな不快な力がリリス(ワシ)の力であるはずがない。この醜い力はアダムのものじゃ。そうじゃろう? 八雲紫よ!」
紫はフッと唇を歪めながら、
「そう。この目玉は私の能力。もっとも、貴方の言う伊弉諾の力かは知らないけど」
リリスは自身の掌に魔力を込め、魔法を発動しようと試みる。が、そこには虚空が広がるだけだった。
「なるほどのう……。宇宙の狭間ではワシですら術を使えぬというわけか……」
「魔法が使えない!?」
リリスの言葉に驚いた魔理沙はすぐに自分も魔法が使えるか確認する。しかし当然のごとく魔法が発生することはなかった。
「どうかしら? さんざん見下した人間と同じ立場に貶められた気持ちは?」
「いけ好かないモンスターめ……。じゃが、魔法が使えんのは貴様らも同じなハズ。閉じ込めて何になる? ワシを殺す手立てがあるわけでもあるまい。わかっておるぞ? この空間は貴様の体に眠るリリス体を消費して生み出しているもの。こうして話している今も消費を続けているはずじゃ。じきにリリス体は底を尽き、この空間は崩れて元の場所に戻ることになる……」
「そんなことは当然分かっているわ」
リリスの長話を紫が一言で切り裂く。
「何の勝機もなく、貴方をここに招待したと思って?」
「……なんじゃと?」
「この空間は境界の力が……、私の親友の力が充満した世界。この世界ではスキマの能力以外は使えない。……ひとつを除いて。そのひとつこそが私に与えられた本当の能力……」
乾いた打撃音が不気味な空間に響き渡った。気付けばリリスは地面に擦り付けられていた。
「な、何が起こった!? 突然後ろから蹴られたじゃと……!?」
リリスはついさっきまで自分がいた場所に視線を向ける。そこには八雲紫が立っていた。
「バカな……。お前はワシの正面に立っていたはず……。いつの間に移動した!?」
「時空間座標」
一言ぽつりと紫が喋る。
「なに……?」とリリスが聞き返す。
「同じスキマ使いである貴方ならわかっているはず。スキマの能力を操るには時空間座標を知る必要がある。座標が分からなければ頓珍漢な場所にスキマを展開することになるものね」
クッと息を吐きながらリリスは立ち上がる。
「当然じゃ。それ故にこの空間でワシは境界の力を行使することができないのじゃからな」
「そう。貴方は魔法で時空間座標を割り出すことでスキマの力を使っている。だから、魔法が使えなければ、スキマの力で充満されているこの空間であっても、瞬間移動をすることができない。どこに飛んでしまうか見当がつかないものね。でも私は違う」
再び響く打撃音。リリスの背後に瞬間移動した紫は手に持った鉄扇で激しく殴打した。
「ぐあっ!?」と叫び声を上げるリリス。またも地面に擦り付けられたリリスは下唇を噛み切りながら紫を睨みつける。
「そうか。この空間に浮かぶ不気味な目玉が貴様の魂と身体が所有する真の能力ということか……!!」
紫はにやりと笑みをこぼした。
「そう。私は魔法に頼らずとも、時空間座標を把握することが出来る。それこそが私が天から授かり、覚醒した力……『時間と場所が分かる程度の能力』」
「時間と場所が分かる程度の能力、か……。別世界の闇の神め。厄介な能力を人間に与えたものじゃ……!」
リリスは闇の神への憎悪と怒りを視線に変えて、紫を睨みつけるのだった。
を睨みつけるのだった。




