障碍
――魔法の森――
二人の金髪女性が森の中で倒れていた。
魔理沙の伯母マリーと幻想郷の賢者八雲紫である。マリーは既にこと切れており、八雲紫もまた、両足切断の重傷を負っていた。
「まだ起きないのか。幻想郷の賢者失格だな」
顎に手を当て、ニヤリと笑う女が一人。彼女もまた金髪であった。名は摩多羅隠岐奈。八雲紫と同じく幻想郷誕生に携わった『賢者』である。
「うぐ……」と紫がうめき声を上げる。意識を取り戻そうと眉間に皺が寄っていた。
「おはよう、八雲紫。よく眠れたか?」
「う……? この声は……、摩多羅隠岐奈ね……。っ痛!?」
両足に激痛が走る紫。下半身に視線を向けると、ふうと溜息を吐いた。
「そうだったわね。あの老婆にやられたんだった……。回復には時間がかかりそうね……」
「手ひどくやられたようだな?」
にやけた表情で横たわったままの紫を見下ろす隠岐奈。緊張感のない表情に紫は苛立ちを隠せない。
「お陰様でね。どこかのだれかさんがなんにも手伝ってくれないからこの様よ!」
「私に文句を言うならお門違いだ。あの老魔女は特殊だ。私ではあれには勝てん。挑むのはお前たちの役目だ」
「お気楽決めてるんじゃないわよ」
「好きで決めてるわけじゃない。アレがスキマの力を使えることくらいは私にも分かる。スキマに対抗できる力はスキマだけ……。そうだろう?」
「よく言うわね」
紫と隠岐奈が会話していると、太陽が欠け始めた。テネブリスが若返るために皆既日食を起こしたのである。
「日蝕……!? そんなはずはないわ。まだ日蝕までは日にちがあったはず……!?」
「あの老婆、なかなか派手なことをするじゃないか。だが一体何が目的だ?」
太陽が完全に月に食われたと同時に、激しい光が人里で放たれた。紫と隠岐奈はあまりにも強い光に目が眩む。
「何をしたの!?」
「いい事ではなさそうだな」
紫の驚嘆する声に、隠岐奈の冷静な言葉。やがて光は収まり、光の代わりに届いたのは圧倒的な気配であった。
「こ、これは……とんでもない化物が現れたようだな……。……あの老婆、若返ったか……」
「……これが神の子……、人間因子の真の力なのね……」
「紫、怖気づいているのか?」
「正直ね」
「それは困るな。お前には今から体を張ってもらわねばならんというのに」
「自分は手を出すつもりはないくせに……」
「ではやらないのか? 霧雨魔理沙を見殺しにするか?」
「……戦おうにもこの足じゃあね」
紫は上半身を起こして足を見つめる。良く見れば足には、境界を操ったことによる回復痕があった。魔理沙や隠岐奈にはできない芸当。マリーが治療を施してくれたのだろう。
「足が欲しいか?」
問いかける隠岐奈に紫は怪訝な表情を浮かべた。
「何言ってるのよ?」
「忘れたか? 私が障碍を操る神だということを。……私の生命力を分けてやる」
隠岐奈が両手を大きく広げる。同時に隠岐奈と紫の背中に扉が現れて開いた。隠岐奈の足から発生した光の粒子が隠岐奈の扉に吸い込まれる。同時に紫の扉から光の粒子が足に降り注がれると、失われた足が再生されていった。
「おっと、足に力が入らない。……二童子!」
隠岐奈の呼びかけとともに、どこからともなく丁礼田舞と爾子田里乃が駆け付け、豪華な車いすを用意し、隠岐奈を座らせる。
「お前の障碍を私が引き受けてやった。この貸しは高く付くぞ?」
「勝手にやっておいて何が貸しよ。押し売りじゃない」と強がる紫。
「では返してもらおうか?」
「絶対嫌ね。……代金はおいくらかしら?」
「体半分……かな?」
「……無茶を言ってくれるわね。高過ぎない?」
「それくらい代償を払ってくれないと、ヤツには勝てんだろう?」
「……そうね。仕方ない。払いましょう。これだけ集めるのに苦労したのだけれど……」
紫は言いながらスキマを展開する。
「……隠岐奈。戦闘が始まれば、私は結界に注意を払えないわ。頼んだわよ」
「承知した」
紫は自身の身体をスキマに放り投げ、消えていった。
「幻想郷の未来、お前たち『人間』に託したぞ?」
隠岐奈は力の入らない足をさすりながら、人里に視線を向けるのだった。




