若返り
◇◆◇
――現在――
強烈な光だった。皆既日食の闇に飲まれた世界を瞬く間に白く染めるその光は、『リリス・テネブリス』を包み込む。魔理沙は目を焼かれないように帽子で光を防ぐのが精一杯だった。
まるで太陽が目の前に現れたかのような光だったが、次第に光度を落としていく。
「何が……起こったんだぜ……?」
眩んだ眼で周囲を観察する魔理沙。光は収まったようだが、まだ魔理沙の眼の調子は戻らないでいた。
「ふふ……。久方ぶりじゃ。内から溢れるこのエネルギー……」
艶やかな声が聞こえた。声の主はわからない。だが声色だけで持主の容姿が美しいに違いないと、魔理沙はなぜか確信する。
目の調子が戻ってきた魔理沙の視界に写ったのは、この世のものとは思えない美しいブロンドの髪と金色の眼。その姿を見れば老若男女問わず全ての人間が見惚れてしまうであろう。事実、霧雨魔理沙も眼前にいる女のこの世のものとは思えない美しさに戸惑う。
「なんて綺麗な顔立ちなんだ……。お人形さんみたいなんだぜ。って、そんなことはどうでもいいんだぜ!」
魔理沙はブンブンと身震いする猫のように首を振る。
「誰だお前!」
問いかける魔理沙にブロンドの女は口角を持ち上げた。
「察しの悪いやつじゃのう。ワシに決まっておるだろうに……」
「……おいおい。まさかとは思うが、あの婆さんなのか……?」
魔理沙はブロンドの服装が、老魔女と全く同じ古風な魔女スタイルであることを目視しながら訊ねた。
「それ以外に誰がおると言うんじゃ?」
「私より背が低かった腰曲がりの婆さんと、若くて背の高いアンタを同一人物だと思えって方が無理あるんだぜ。……若返ったってことか……?」
「聞くまでもないじゃろう?」
「その姿で婆さん口調だと違和感半端ないんだぜ」
「確かに……。気付けば年相応の言葉遣いに慣れてしまったものじゃ。かと言って今更見た目相応の喋り方なんぞを気にする身分でも年齢でもない。そもそも周囲の人間の視線や様子に合わせて言葉遣いを変えるなどというのは『人類』が造った文化じゃ。最初の人間であるワシ、このリリス・テネブリスには何の関係もない」
「リリス・テネブリス……? それがアンタのフルネームか」
「そうじゃ。忌々しき闇の神から与えられた名じゃ」
「忌々しいと思ってるんなら、名前を変えれば良いじゃないか」
「……じゃが、この名を愛しく思ってくださる方もおるからのう。難儀なモノじゃ……」
「なんだよ。結局は結構気に入ってるってことじゃないか。…………質問するだけでも怒りが湧いてきそうなんだが、まさか若返るため……、そんなくだらないことのために幻想郷の運を奪ったんじゃないだろうな?」
「そうじゃ。と言ったら……」
魔理沙は険しい表情を浮かべると、エプロンからミニ八卦炉を抜き出し、何も言わずにマスタースパークを速射した。
「その程度のわずかな発動時間でこの規模の魔砲を放つか……。自身の運を使うことに慣れてきたようじゃのう。じゃが真の力を取り戻したワシであれば、防御魔法すら要らん」
テネブリスが指をパチンと弾くと、ピンポン玉程度の魔力弾がマスタースパークへと飛んでいった。魔力弾はマスタースパークをかき分け相殺する。轟音とともに魔理沙の不意打ちは霧散してしまった。
「……当たり前だが、若返ったのは見た目だけじゃないようだな」
魔理沙はヒヤリとこめかみから汗を垂らす。それを見たリリスはくつくつと喉を鳴らした。
「光栄に思うが良いぞ? 我がリリス因子の継承者、霧雨魔理沙。お前が最後じゃ。始祖であり、真円であり、完全な不完全であるこのワシ、『リリス・テネブリス』に敗れる最後の贄。それが貴様じゃ」
「そうかそうか。それは大変な栄誉だな。けど、丁重にお断りさせていただくぜ」
「素直に受け取れば良いものを……」
皆既日蝕が解け、再び差し始めた太陽の光がリリスの表情を照らし出していた。