皆既
「ぐっ……。あ……。ふ、不覚じゃ……。自分の技を奪われるとは……」
左腕を失ったテネブリスは傷口を素手で押さえながら、呻くように呟いた。
「やってやったぜ……」
魔理沙も振り絞るような声を出す。境界の欠片を持つ魔理沙の掌から血が流れ出ていた。テネブリスの境界の刃を利用した魔理沙だが、完全なコントロールは出来ていなかったのだ。ガラスの破片を素手で持って武器にしていたようなものであり、彼女自身の皮膚も傷つけていたのである。しかし、魔理沙と老魔女どちらが深手を負っているかは明らかだった。
「さすがに化物染みた婆さんでもこれは堪えたんじゃないか?」
「おのれ小娘め……! 少しワシにダメージを与えたからと言って得意げに喋りおって……! 教えてやる。この程度の傷ワシにすれば大したものではない!」
そう。テネブリスは再生力もまた、常人とくらべものにならないモノを持っている。霊夢と戦闘した際にも彼女は腕を切り飛ばされていたが、即座に修復してみせていたのだ。今回も同じ。治癒魔法を自身にかければ容易に修復できる……はずだった。
「……っ!? なぜじゃ!? なぜ腕が再生されん!?」
焦った声を出すテネブリス。いつもならば、事もなげに元に戻るはずの身体が元に戻らない。テネブリスは原因を探る。魔理沙が何かしらの魔法をテネブリスにかけているのだろうか? いや違う。今魔理沙は、自身も把握しきれていない能力で次元の刃を消さずに留めておくのに必死だ。他の魔法を使う余裕はないだろう。では第三者の攻撃か? いや、それもない。付近に自分と魔理沙以外の生命の反応もなければ、魔力の反応もない。
思考を逡巡させるテネブリス。そして……彼女の脳は一つの原因に辿り着く。
「クク……。そうか。その時が来てしまったか……。憎き闇の神がワシに与えた自分勝手な美学……。その餌食になるときが……」
「何をブツブツ喋っているんだぜ?」
「クク、ククク……。良かったのう霧雨魔理沙! ワシはもう死ぬ! 貴様ら幻想郷の住人どもが思ったよりも手強かったからじゃ。このテネブリスの寿命を貴様らは縮めることに成功した。このワシを死に追いやったのじゃ。光栄に思うといい……」
「これから死ぬとは思えないぐらいデカい態度なんだぜ。どうせ私を油断させるためのハッタリだろ」
「ハッタリであればどれほど良かったことか……」
「……なんにせよこのまま大人しく死ぬわけじゃないんだろ? 寿命まで待ってやるつもりはないぜ。その前にブッ倒してやる」
「それは困るのう。困るし……、お前にはできん」
「そうか? アンタの方が随分と不利なように思えるんだぜ」
「……貴様らにはこの姿を見せるつもりはなかったのじゃが……、致し方あるまい」
テネブリスは残った右腕で地面に杖を突き刺した。途端に龍脈に沿って魔力の光が走る。不気味にも静寂だった。だが、テネブリスが何かしらの魔法を使用したのは間違いない。魔法の正体は目の前には現れなかったが、魔理沙は異常なことが起こっていると感じ取る。
「なんだこの嫌な感じは……!? 紫がスキマを使う時と同じ気配なんだぜ。でも規模が桁違いな感じがする。どこだ? どこにスキマが生じている!? 婆さんアンタ何を狙ってんだ!?」
「……ワシら人間は闇から生まれ、闇に消えていく。最大の能力を引き出すには闇が必要じゃ。もっとも、貴様らのような人間(紛い物)はもう失ってしまった能力じゃがなぁ!」
辺りがどんどんと薄暗くなっていく。まだ昼間なのに、まだ日の入りまでには時間があるというのに。世界がどんどんと黒く染まっていこうとしていた。
「な、なんだ。何が起こってるんだぜ!? どうして暗く!?」
魔理沙は上空を見上げた。そこにあったのは欠けた太陽だった。
「に、日蝕!? そんなバカな! 日蝕が起こるのはまだずっと先のはずだぜ……! ま、まさか……さっき感じたスキマの力は……。月をスキマで移動させやがったのか!? 幻想郷の運を使って……!?」
「ククク……。忌々しくも心地よいのう、この暗闇は……。ワシに人間としての力を取り戻してくれる。豊富な運、皆既日食、そして闇の神の断片である龍神の聖骸……。全ての力は整った。意志を失いし龍神よ、その体を分けてもらうぞ? ワシの復活のためにのう……!」
テネブリスがセリフを言い終わると同時に皆既日食が起こる。世界が完全な闇に覆われる中、闇の体は世界に反比例するように神々しく輝く光に包まれる。
魔理沙は目を焼かれないように帽子のつばを深くすることしかできなかった。




