欠片の境界
《くそ……! 私の攻撃魔法が全然効いてないんだぜ。せっかく運を貰えたってのに……。このままじゃおばさんたちに顔向けできないんだぜ。……どうする?》と思考する魔理沙。
「せっかく運を得たというのに、すぐ死ぬことになるとはのう。やはり逃げていれば良かったものをのう……」
笑うテネブリスを前にして魔理沙は冷や汗を垂らす。
《どうする? 私の術はアイツには効かない。……『私の術は効かない』? ……そうか!》
何かを思いついた魔理沙はテネブリスの足元に向かって魔法を放つ。
「スターダストレヴァリエ!!」
「また目眩ましか……。芸の無い小娘じゃ!」
テネブリスは魔理沙が何かしらの魔法攻撃をしてくるだろうと予測し、防御魔法を展開した。しかし、身構えていても一向に攻撃が届かない。
「……攻撃が無い。霧雨魔理沙、何をしておる……?」
砂煙が晴れると、はるか先で箒に跨って飛び去る魔理沙の背中が見えた。
「……ククク。今更になって怖気づいたか? どうやら貴様の性質は臆病であったようじゃのう! マリーから運を貰った時に臆病さまでもらったか? 舐めるなよ霧雨魔理沙! ワシから逃げ切れると思うておるのかぁ!?」
テネブリスは宙を舞い、全速力で魔理沙の後を追う。
「ぐっ!? なんてスピードなんだあの婆さん!? 媒介もなしにあんな速度で飛べるなんて!?」
みるみる内にテネブリスと魔理沙の距離が縮んでいく。テネブリスは魔理沙を仕留めんと杖に次元の刃を顕現させた。
「くっ!? スターダストレヴァリエ!」
魔理沙は再び地面に向かって放ち、砂煙を発現させる。
「何度も何度も小癪なことをぉおおおおお!!」
視界を遮られたテネブリスは激昂する。しかし、すぐに冷静を取り戻し、思考を開始した。
《霧雨魔理沙は今逃げることしか考えておらん。全ての魔力を飛行魔法に集中させているはず。防御魔法を張ることはなかろう。ならば、ヤツの持つ本能任せの未発達な境界を破る能力も発動することはない。つまり、今広範囲の次元の刃を放てば確実に切断できる……!》
テネブリスは杖に発現していた刃を収めると、杖を大きく振るう動作に入った。
「斬られたことにも気付かずにあの世へ送ってやろう、霧雨魔理沙」
テネブリスは広範囲にわたる次元の刃を放出した。先ほどまで杖の先端に顕現させていた刃と比較すれば低密度だが、それでも岩山を簡単に切断する程度の能力はある。何の対抗策も打ってなければ鬼であってもその体を真っ二つにするだろう。砂煙が晴れるころには霧雨魔理沙の切断死体がテネブリスの眼前に転がっている……はずだった。
『パリィン!!』という予期せぬ巨大ガラス音が老魔女の耳を貫く。
「な、なに!? ワシの術が破られた!?」
「引っかかってくれたな、婆さん!」
晴れかけの砂煙、テネブリスの目の前に霧雨魔理沙が現れる。……そう。霧雨魔理沙は罠を張ったのだ。最初の逃走はおとり。魔理沙は自分が逃げるふりをすれば、テネブリスが広範囲の次元刀を使うと踏んだのである。
「じゃが、ワシの境界の刃を破壊したからどうだと言うんじゃぁ!」
「破壊が目的じゃないんだぜ! これは武器を手にするための罠だったんだからな!」
魔理沙が手に持っていたのは破壊した次元の刃の欠片だった。
「なぜ破られたワシの刃が消えずに残っている!? ワシが術を解除すれば消えるはず!」
「そうだな。こいつばっかしは賭けだったんだぜ。アンタの作った欠片を私が扱えるかどうかはな」
霧雨魔理沙の得た境界に関わる能力は破るだけではなかった。現状、未発達な魔理沙の能力では境界……スキマは生成できない。しかし境界に干渉することはできる。今、テネブリスが生成した刃を崩壊させずに魔理沙がコントロールできるのも干渉の結果だ。魔理沙は相手から奪った欠片を手に斬りかかった。
「私の魔法はダメでもアンタの術が造った刃ならどうだぁ!!」
テネブリスはマスタースパークを防いだ時と同じ魔法を展開した。魔理沙が使うテネブリスの矛と、同じく彼女の盾。双方がぶつかり合ったとき、軍配が上がったのは矛であった。魔理沙の持つ欠片はテネブリスのバリアを両断し、彼女の左腕を肩口から斬り飛ばした。体の一部を失ったテネブリスはおよそ老婆から出るとは思えない大きな叫び声で悲鳴を上げるのだった。




