任命
「境界の力は打ち消し合う。ワシの境界をも消し切ろうというわけか? 曲がりなりにも『最高傑作』ではあるということか。ここまでの出力を見せるとはのう……。じゃが、ワシには遠く及ばん。どうするマリー?」
「……私の目的は貴方に勝つことではない……! はぁあああああああ!」
ありったけの魔力をマリーは自分の体に集中させていた。
「マリー、貴様自分の魔力だけでなく、このコミュニティの運を使って……!?」
テネブリスの側近、シェディムが眼を円くする。
「姉さん……!」とリサが声を振り絞る。
「……リサ、私にできるのはこれが精一杯……。必ずもう一度会いましょうね」
マリーは涙を堪えて満面の笑みを浮かべていた。リサもそれに呼応するように涙を流しながら眩しい笑顔を造る。
「ああ、絶対にもう一度会うんだぜ。私、先に行って待ってるから。姉さんも早く来てくれよ。『約束の場所』に……!」
マリーの魔力は更なる高まりを魅せていた。
「……お母様、マリーはリサを空間移動させるつもりです。早急に止めなくては……! ……お母様?」
シェディムはテネブリスの様子がおかしいことに気付く。
「……マリー、貴様の覚悟見せてみよ……!」
テネブリスはマリーとリサに向けて爆炎を放った。マリーはリサをかばうようにその魔法をまともに受けてしまう……。
「ああああああああああああ!!!?」と悲鳴を上げるマリー。
「ね、姉さん!?」
「だ、大丈夫よリサ。私は平気よこのくらい……。貴方がこれから味わうだろう苦労に比べれば……このくらい何でもない!」
マリーは口から血を垂らしながら、決意の表情をテネブリスに向けていた。
「……自分の身を顧みず、リサを守るか……」
「お母様……! なぜそのような弱い攻撃を……!? 早くマリーを止めなければ……!」
シェディムの進言虚しく、テネブリスはマリーの空間移動魔法を積極的に止める素振りを見せなかった。
「うわぁああああああああああああああああ!!」
叫ぶと同時にマリーは強力な空間移動魔法を発動させる。既に破られているテネブリスの境界の間隙から抜け出た移動魔法はリサを飲み込み、そのまま消え去った……。
「なんて巨大な空間魔法だったわけ!? リサのやつ、宇宙にでも飛んでったんじゃ……!?」と一部始終を見つめていたプロメテウスは呟く。
「……運や魔力を失ったリサを探知・追跡するのはもう不可能。……作戦通り行ったと言う訳か? マリーよ……」
テネブリスは鋭い眼光をマリーに向け続けた。マリーは無言を貫く。
「どこに飛ばした? アレだけのエネルギーじゃ。大陸の方か……」
「…………」
マリーは問いに答えない。マリーもまた、ただただ鋭い眼光をテネブリスに向けていた。
「ただただ怯えることしかできなかったはずの貴様がそんな目をするとはな。……死を覚悟しての行動か。どうやら貴様の妹への愛情を侮っていたようじゃ……」
言いながら、テネブリスは杖を振るう。杖から放たれた薄緑色の球体がマリーの体を包み込む。球体は爆炎によってダメージを受けていたマリーの傷を癒しながらフェードアウトするように消えていった。
「なっ!? お母様、なぜ叛逆したマリーに治療なんかー……!?」
驚いて目を見開くインドラ。インドラだけではない。その場にいる全ての魔女たちが信じられないと言いたげな表情を浮かべていた。
「……お、お母様なんで……」
マリーもまた、テネブリスの行動に驚愕する。リサを逃がしたことで激昂され、十度死んでも足りないような猛攻を与えられるに違いないと思っていたからだ。
「勘違いするでないぞ、マリー。貴様にまだ、依代として成長する余地があると感じたから生かしたまでじゃ。……次、ワシに歯向かうようなことがあれば、その時は跡形も残さずに殺してくれる……」
「ちょっとちょっとお母様ぁ……! ここまでルークスに迷惑かけたマリーにお咎めなしはほかの魔女たちに示しがつかないんじゃありませんかー?」
「そうなんですけど! インドラさ……、……インドラちゃんの言う通りなんですけど!?」
マリーに対する処遇に納得のいかないインドラとプロメテウスがテネブリスに抗議する。テネブリスは眉間に皺を寄せ、二人の方に振り返った。
「……インドラ、先日の食堂での件と言い、目に余るな……。力の差を思い知らせねばならんか?」
テネブリスが再び杖を振るう。インドラとプロメテウスは頭上から降り注ぐ見えない力に抗えず、その場で四つん這いに跪かされた。テネブリスが協力な重力魔法を喰らわせたのである。二人は「かっ……、はっ……!」と息にもならないうめき声を上げるしかできなかった。
二人が弱ったのを見計らい、テネブリスは術を解除する。
「……愚か者め。少々神の力に愛されたくらいで頭に乗っていたか、インドラよ? ……貴様の亡き先祖である何代か前のインドラの功績に免じてドーターのトップに据えてやっていたが……、考え直さなければならんようじゃのう……」
テネブリスは集まっている配下の魔女たちを見渡すように首を動かし、最後にマリーに視線を向けた。
「……マリー。リサを逃がした責任は取ってもらうぞ。……貴様は今日からドーターじゃ。そして……、そのトップに任命する」
ざわつく魔女たち。マリーは驚愕のあまり目を見開く。
「……最高傑作ならば最高傑作なりの仕事をしてもらうぞ。『聖骸』の依代となるその時まで命を賭して働け。手も汚してもらう。それが叛逆の代償じゃ」
言い残して、テネブリスはアジトへとゆっくり歩を進める。その場に残された魔女たちはテネブリスの背中を見つめることしかできなかった。テネブリスの側近であるシェディムを除いては……。
テネブリスがアジトの入り口に差し掛かる頃、後を追っていたシェディムは他にルークスのメンバーがいないことを確認して問いかけた。
「お待ちください、お母様。なぜマリーをドーターに……ましてやトップなどに任命されたのですか……!?」
「……ヤツはワシと同じ境界の力に目覚めた。性格や指導力はともかく、魔法使いとしての戦闘力はインドラにも匹敵するようになったはずじゃ。力を失う前のリサと同様にな……。インドラにお灸を据える意味でもトップに立たせた方が良かろう……。それにヤツは一応『依代』じゃからな。保護する意味でもトップに立たせておくのは都合が良い……」
「……お言葉ではございますが、インドラ様にお灸を据える意味であっても、マリーを保護する意味であっても、もっと別に適任のものがいるはずです。マリーがトップになったところで、付いていくものが多いとは思えません。脆弱なトップを置いては魔女の統率が乱れます。お考え直しください……!」
「シェディム、貴様ワシに意見するのか?」
「恐れながら。……お母様がマリーをトップにした理由には他意があると私は詮索しております。……お母様、まさかとは思いますが……、リサを救ったマリーと過去のご自身を重ねて見ているのでは……」
「……シェディム、貴様も口が過ぎるな。身の程もわきまえず、ワシの心中を見透かしたつもりか……!」
テネブリスの両眉が吊り上がる。シェディムは慌てて訂正した。
「いえ、そのようなつもりは……! お許しください、お母様!」
「シェディム、貴様はワシの魂を分け与えた『ドーター』じゃ。これ以上失望させるな……!」
そう言い残して、テネブリスは自室へと向かっていったのだった。
「……お母様……」
シェディムはどこか寂しそうな老婆の背中を見送るのだった。