マリーの意地
前回投稿から3か月以上も経過しての更新、お許しください。なんとか最後まで書き切りたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。
「はぁっ……。はぁっ……。はぁっ……」
マリーはリサを担いでアジトの外へと飛び出た。アジトの外は巨大な樹々が聳え立つ森の中。どうやら、魔法使いが森の中を好むのは万国共通らしい。
マリーは身を隠せるくらいの岩を見つけると、その陰に紛れるように身を隠す。
「リサ、しっかりして!」
マリーはリサを岩陰に寝かせて、無事を確認するように顔を覗き込む。
「……へへ……。あんまり大丈夫じゃないんだぜ。……魔力や気質を失うことがこんなに辛いことだなんて思わなかったんだぜ……。心がぽっかり空いたように感じるのは『運』をなくしたことかもしれないぜ。……別に魔法なんて使えなきゃ使えなくてもいいと思ってたのに……。いざ使えなくなると、こんなにも虚しいのか……」
言いながら、リサは涙目になっていた。
「ごめんね、リサ。私何もできなくて……」
「姉さんが謝る必要ないんだぜ。何もできなかったのは私も同じなんだからさ……。……姉さん、肩貸してくれないか? 脱力感が激しくて一人じゃ歩けそうにないんだぜ……」
マリーとリサは肩を寄せ合って森を歩く。
「……ここだな」とリサが呟く。
しばらく歩くと、マリーとリサは森の真ん中で立ち止まった。
「……リサ。これが境界の境目……?」
「ああ、姉さんも見えるようになったんだな? ……どうやら私も全ての人間因子を吸われたわけじゃないみたいだぜ。その証拠に境目はまだこの眼に映るからな。……やろう、姉さん。作戦通りに……!」
マリーもリサも知っていた。アジトの外にお母様、テネブリスが強力な結界を張っていることを……。この結界は外敵から見つからないためのカモフラージュであるとともに、裏切者が外に出ないようにする檻兼監視装置でもある。
予てからお母様と同じく境界を操る力に目覚めていたリサは結界にかすかな境目があることに気づいてはいた。しかし、その頑強に閉じた境目をこじ開けることはリサにもできなかったのである。
そう、リサがマリーに提案した『力技』とは、能力を一つにされ、覚醒したマリーの力でテネブリスの境界を打ち破ることだった。
「行けそうか、姉さん?」
「ええ……!」
マリーはスキマに手を当てる。覚醒したマリーには結界の弱所が手に取るように理解できた。渾身の魔力を込め、マリーはテネブリスの結界の一部を剥ぎ取ったのである。
「やった……! 開いた……!」
マリーが安堵するように呟いた瞬間だった。マリーとリサを追ってきたルークスの魔女たちが二人に追い付く……。
「……逃げ切れると思ったのか、マリー?」
集団の中にいたテネブリスが口を開く。
「……くっ!? お母様……!」
「リサを渡せ、マリー。でなければ、貴様も殺すぞ? たしかに貴様はワシの最高傑作とはなったが、所詮理想には遠く及ばんのじゃからな……!」
マリーはブルブルと足を震わせる。能力を一つにされて力を得たとはいえ、ついさっきまでただの未熟な魔法使いでしかなかったマリーには、テネブリスの恐怖に抗えるほどの精神力はなかった。……だが、それでもマリーは引けない。たった一人の大切な妹を殺されるわけにはいかなかったのだ。
「たとえお母様の命例でもそれは聞けません……! リサは……妹は必ず助ける……!」
マリーの眼は決意の炎で滾っていた。そこに普段の大人しく怯えている少女の姿はない。ただ純粋に妹を救おうとする勇敢な姉の姿だけがそこにはあった。
「ね、姉さん……」とリサは一筋の涙を流す。怖がりの姉が自分のために恐怖を乗り越えて守ってくれている……。それだけでリサは嬉しかった。
「そうか。ならばやはり二人とも殺さねばならんのう……。覚悟しろ、マリー、リサ!」
テネブリスは杖を掲げ、魔力を込める。
「くっ!? なんて魔力!? なんですけど!?」と言いながら、プロメテウスは危険を察知し、避難する。プロメテウスだけではない。テネブリスの魔力の危険さを本能的に感じたルークスの魔女たちはいっせいにプロメテウスの元から距離を取る。
「久しぶりに見たわねー。お母様の実力―。といっても、まだ全然本気じゃないんでしょうけどー。怖々すぎるんですけどー。ここはさすがの私も一時退散ねー。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏ー。ご愁傷さまー」
尋常でない魔力にインドラさえも飛び退く。
「死ねぃ! 因子の継承者どもよ……! 次元の彼方に飛ばしてくれる……!」
プロメテウスは黒球を生み出す。全てを別次元へと吹き飛ばす黒球を……。甚大な魔力を加えられたその球をテネブリスは躊躇なくマリーたちへと撃ち放った。
「リサは殺させない……! うぁああああああああ!!」
マリーは黒球に向けて手を翳す。
「なに!?」と思わずテネブリスは息を漏らす。マリーもまた黒球を召喚したからだ。それもテネブリスが生み出したものと同程度のものを、だ。
境界を操る程度の能力で生み出された黒球は互いを打ち消し合い、対消滅を起こす。マリーはテネブリスの攻撃からリサを守り抜いたのだ。
「う、ウソでしょ!? マリーがお母様の攻撃を食い止めたんですけど!?」
プロメテウスは眼を円くする。
「……なるほどのう。因子を濃くしただけあって、境界の力だけならワシに近づいておるようじゃのう……」
息切れを起こしているマリーを視界に入れながら、テネブリスはにやりと口角を歪めるのだった。