小さい頃みたいに
――実験前夜――
リサとマリーは寝付けないでいた。マリーはもちろん、いかに強気なリサと言えども、明日の夜生きている保証がないとなれば、不安に駆られるのは仕方のないことだった。
マリーはベッドで横たわったまま、リサに声をかける。
「……ねぇリサ。リサは怖くないの? ……私は怖い。能力を植え付けられるのは私だとテネブリスさんは言ったけど、もしかしたらリサからもらった力に耐えられずに死ぬかもしれない……。そう考えたら怖くて……」
「……大丈夫だって。私も姉さんも生き残れるって! そんなことより、実験終わった後のことを心配しようぜ……! あのババァから私が逃げるにはパワーアップした姉さんの力が絶対に必要なんだからな!」
リサは自身の不安を押しのけるようにマリーに言い放った。
「……二人で並んで寝るのも今日が最後なんだね……」
マリーが寂しそうに呟く。リサはすぐに返した。
「なに言ってんだよ! またすぐに一緒に暮らせるようになるって! 今度は外の世界で一緒に暮らすんだぜ! そうだろ?」
「……うん、そうだね。そうなったらいいね」
「そうするんだよ!」
「……ねぇ、リサ」
「なんだぜ?」
「今日は一緒に寝ない……? 小さい頃みたいに……」
「……ははっ! なんだよ、姉さん怖がりだなぁ? そういえば、いっつも姉さんは私に一緒に寝ようって言ってきてたよな。懐かしいんだぜ」
「む、昔のことはもういいでしょ!」
と言いながら、マリーは自分の隣で寝るようにというメッセージを込めて、バンバンとベッドを叩く。リサもその合図に従うようにマリーのベッドの中に潜り込んだ。
「へへっ! なんだか懐かしいんだぜ。……ちょっと安心した……」
そう言うと、リサはすぐに眠りに入っていった。
「……凄い。もう寝ちゃうなんて……。やっぱりリサは大物ね……」
言いながら、リサの体に手を触れる。マリーは触れた途端はっと何かに気付いた。リサの体は震えていた。もう眠りに入っているはずなのに、ブルブルと震えていたのである。マリーは自分を恥じた。怖いのは自分だけではない、そんなことは分かっていたのに妹を勇気づける言葉ひとつかけられなかったことに……。
「……ごめんね、リサ。リサだって怖いよね。ごめんね、私お姉ちゃんらしいことしてあげられなくて……」
眠っているリサの体をそっと抱きしめた。リサの体の震えが止まったのを感じながら、マリーも眠りに就くのだった……。
――実験当日――
その時はあっという間に訪れた。テネブリスが宣言した日の入りの時刻。マリーとリサの二人は、テネブリスの命を受けた下っ端魔女たちに後ろ手に拘束された姿でアジトの大広間へと連行された。聖堂にも似た荘厳な雰囲気を醸し出すその部屋で実験の準備は着々と進められる。
「……おいおい。趣味悪いんだぜ。その十字架に私たちを磔にしようってのか?」
堂の中央に設置された二つの巨大な十字架。それには明らかに人の手首足首を固定するのであろう鉄製の拘束具も備えられていた。
「……えらく大人しいじゃないですかー? もっと抵抗すると思ってたのにー」
間延びしたギャル口調。帝釈天=インドラである。
「へん! どうせ、お前らからは逃げられないからな」
「あなた、そんなに物分かりが良いタイプでしたっけー? ……何を企んでるのかしらー」
「あいにくだが、何も企んでないんだぜ?」
「…………」
インドラはリサに無言で疑いの眼差しを向けていた。
マリーは終始、俯き加減で下を向いていた。顔色は青ざめている。
「姉の方は想像通りのリアクションですねー。……お母様は本当に姉の方にリサの能力を渡すおつもりなのかしらー? 仮に力を得たとしてもお母様の望む者にはならなそうですけどねー」
「……全員揃ったか」
インドラの呟きをかき消すようにオーラを帯びた声が堂内に響いた。歳老いたその声は一瞬で、緩んでいた場の空気を硬直させる。
「……では実験を始めようかのう。……依代を誕生させる実験を……!」
テネブリスは鋭い眼光で二つの十字架を見つめるのだった。