気扱い
…………
……
トントン。
リサとマリーの部屋をノックする音が響く。
「来客なんて珍しいんだぜ。私が実験される前に顔を見ておこうってヤツでもいるのか? だとしたら趣味悪いんだぜ……。ほいほい、どなたなんだぜ、っと……」
リサがドアノブに手をかける。そこに居たのは栗色の髪をした少女だった。
「お前は……」
「百十七号ちゃん……!?」
リサの言葉を上書きするようにマリーが室内から覗き込んだ。そこにいたのは完全自動人形の百十七号だった。
「どうしたの、百十七号ちゃん?」
「ごめんね、マリーさん。私、貴方達の味方にはなれない……!」
「百十七号ちゃん、突然何を言ってるの?」
「……私、いつもマリーさんにお世話になってる。マリーさんに魔力を分けてもらって私は動いていられる……。でも、もし明日マリーさんとリサが実験に反発してお母様に逆らうことがあったら、私はお母様の方に付く……。それを言いに来たの……」
「百十七号ちゃん……」
「きっと、私は間違ってるんだと思うよ……。恩を仇で返すってことだもの……。でも、私はお母様を裏切れない。だって、私お母様のこと大好きだから……。例えもう愛されてないのだとしてもお母様のこと大好きだから……」
「…………」
マリーが返答に困り無言になる中、リサが口を開く。
「なんだよ、そんなこと気にしてわざわざ言いに来たのか? お前も変なとこで律儀な奴なんだぜ。このルークス(クソ組織)でそんな弱みを見せたらろくでもない奴らに付け込まれるだけだぜ?」
「……リサ。私はお母様にお前を殺せと言われれば躊躇なく殺すから……! たとえマリーさんが悲しむことになっても……!」
「……構わないぜ? ま、お前に私が殺せるとは思えないけどな!」
リサはお道化たように笑う。その態度にムムっと来た百十七号は癇癪を起こす。
「そんなことないもん! 私だって本気になればリサくらい一ひねりなんだから!」
「……そんくらい元気があるなら大丈夫だな。もう気にすんなよ。お前が敵に回ったって姉さんがお前を恨むことはないからさ。その代わり、お前も私を殺すつもりなら、私に倒されても文句は言うなよ?」
「明日実験が終わったらアンタは魔法を使えなくなるんでしょ。私の力でも倒せるわよ!」
「そん時は私の代わりを誰かに頼んで、倒してもらうんだぜ」
「……リサ、頼めるお友達がいるの?」
「……今はまだいないな。でも、そのうちできるさ。……さ、もういいだろ? 姉さんも私もお前がどんな行動取ったとしても気にしやしねえよ」
「……うん。じゃあね、マリーさん。また今度ね!」
百十七号はマリーに向けて手を振ると無邪気に笑いながら、リサたちの部屋をあとにした。
「これで良かっただろ? 姉さん……」
リサの問いかけに「ええ」とマリーは答えた。
「……まったくここにいたら、まともな精神でいられないんだぜ。なんで自分を殺そうとしてるお人形に気を遣ってやらないといけないんだ? 多分、お外の世界とはかなり違う価値観で私たちは育っちまったんだぜ」
「……リサ。百十七号ちゃんを責めないであげて。あの子はお母様に愛されたくて愛されたくて仕方がないだけだもの……」
「わかってるって。……アイツも可哀想なんだぜ。何の因果か、人形に生まれちまって、しかも生みの親は見向きもしねぇ。……全ての元凶はあのババァなんだぜ!」
「……リサ。貴方ももう気付いてるんでしょ? 本当はお母様も……」
「……それ以上言うなよ、姉さん。私の怒りとか憤りとかの感情がどっかにいっちまいそうになるからさ。……たとえ、あのババアの目的が『それ』だとしても、『それ』はやっちゃいけねえんだぜ。多くの犠牲を払ってまで望んでいいことじゃねえんだぜ……。姉さん、私は絶対、この組織から生きて出る。世界を好きにさせるわけにはいかねえんだぜ!」
リサの両眼には、強い決意が露わに浮かぶのだった。