リサの一人勝ち
「百十七号ちゃん、大丈夫!?」
リサがインドラの雷を別時空に飛ばす一方で、マリーは百十七号の元に駆け寄り、安否を確認する。
「う、うん。大丈夫だよ、マリーさん」
尻もちをついていた百十七号は立ち上がりながら答える。
「良かった」と言いながら、マリーは百十七号を抱きしめる。そう、テネブリスに見捨てられた百十七号、彼女が停止しないように魔力を込めていた人間はマリーだった。純粋にテネブリスを慕う百十七号。彼女が捨てられたことを不憫に思い、マリーは自身が魔力を渡すことに決めたのである。……『お母様の命で今度から私……マリーが貴方に魔力をあげることになったの』と嘘をついて……。
「……リサちゃーん、なんで百十七号を壊すのを邪魔するのかしらー? あなた私に逆らう気ー?」とインドラがリサに問う。
「胸糞悪いから邪魔してやったんだぜ。どうせお前のマウント取り。それだけのためにこのチビを壊そうとしてたんだろ、邪神様?」
「……魔女にもなれぬ人間ごときが偉そうにー……!」
「違うな。『人間』だから『神』に抗えるんだぜ! そうだろ?」
「ふん……。知ったような口を利きますねー。ちょっとお母様と同じ『境界を操る程度の能力』に目覚めたからってー、良い気になってるんじゃないのー?」
「かもな……」
「ちょっと興が醒めちゃったー。今日の賭けはなかったことにしましょうかー、プロメテウスちゃーん?」
プロメテウスはインドラの提案にぶんぶんと首を縦に振り、参加料として魔女たちから出されていた金銀やレアアイテムを返そうと動き始める。だが、それにリサが待ったを賭ける。
「おい、待つんだぜ。気分の悪い賭けだが、やるなとはいってないんだぜ?」
リサは言いながら、自分もありったけのレアアイテムを空間魔法で召喚し、ベットした。
「こんだけ出せば、参加料には十分だろ? 私は、『リサが残りカスになる』に賭けてやるんだぜ」
「なんですって?」と驚くプロメテウス。
「馬鹿な事をいうじゃん。お前が残りカスに選ばれる? そんなことがあるわけないんですけど? めっちゃムカつくけど、リサ、お前はお母様と同じく境界の力に目覚めているわけ。だけど、マリーは目覚めてないじゃん。それだけじゃない。そもそも魔法使いとしての能力だって、マリーはお前の足元にも及ばないんですけど。てか、お前にマリーの能力移植したら、逆に弱くなるんじゃないかってみんな言ってるくらいなんですけど?」
「……お前らみんな勘違いしてるんだぜ? あのクソババアが私と姉さんを一つにしようとしているのは別に強い魔女を作るためじゃないんだぜ。そうだろ、インドラさんよ?」
「…………」
インドラは無言でリサを見る。そう、テネブリスの目的は魔女の育成ではない。『依代』を生み出すことなのだから。そのことを知るインドラは口を閉ざした。
「……なんの騒ぎじゃ……?」
その老いた声を聴き、魔女一同に緊張感が走った。大食堂の出入り口、日の当たらぬ暗い通路からぬっと姿を現したのは腰の曲がった老魔女。ルークスの首領、お母様『テネブリス』がドーター『シェディム』を連れて出てきたのだ。
「……この騒ぎ、シスターのインドラ様がいながら、なんですか。この体たらくは……?」
シェディムがインドラを諭すように口を開く。
「ほう。どこに隠していたのか知らんが、山のようにレアアイテムがテーブル上に置いてあるのう……。カジノの真似事でもしておったのか? ……立ち位置を見るに、胴元役はプロメテウス、貴様か?」
テネブリスの言葉を受け、(ば、ばれてるんですけど!?)と心の中で焦った声を出しながら、プロメテウスはビクっと体を震わせる。
「ああ、そうなんだぜ。お母様、私たちギャンブルやってたんだぜ。アンタが私と姉さんのどっちを殺すかって賭けをな」とリサがテネブリスに告げる。
「ほう……。実験の件は幹部階級にしか話していなかったはずじゃが……、誰が漏らしたんじゃ?」
と言いながら、テネブリスはインドラを見つめる。だが、インドラが反応することはない。
「……くだらぬ興はさっさとやめるんじゃ。組織内の風紀と秩序を乱すことは許さん」
「わかったんだぜ、お母様。だけど、この賭けだけはさせてくれよな。……私と姉さん、アンタはどっちを抜け殻にして殺すつもりなんだぜ?」
「…………もうお前はわかっているじゃろう? 言う必要はあるまい」
「そうそう決まり切ってるんですけど! どう考えたってマリーが殺されるのは確定なわけ!」
プロメテウスが喚く。それに対してテネブリスが鋭い眼光を向けた。
「……プロメテウス、貴様ごときがワシの心中を代弁するつもりか? いつからそんなに偉くなった? 身の程を知れ……!」
「うっ」と声を詰まらせたプロメテウス。その顔からどんどんと血の気が引いていく。どうやらテネブリスの逆鱗に触れたらしい。プロメテウスは慌てて謝罪する。
「も、申し訳ございません、お母様……!」
「ふん……、まあ良い。どうやら、事の発端は貴様ではないようじゃからのう……」
テネブリスはインドラに再び鋭い視線を向ける。インドラは知らんぷりをするように顔色一つ変えない。だが、テネブリスの激昂は伝わっているのだろう。心臓の鼓動はいつもより早くなっていた。
いかに神クラスの存在であるインドラとはいえ、テネブリスからの怒りを買えば命はない。しかし、だからといって恐怖に屈して頭を下げることは、インドラのプライドが許さなかった。彼女の知らんぷりは、恐怖とプライドの折衷案だったのである。
……怒りの感情が空間を支配する中、テネブリスの心中などどうでも良いとでも言いたげにリサが口を開く。
「お怒りのところ、申し訳ないんだが。結局私と姉さん、どっちを殺すつもりなんだぜ、お母様?」
「……まだその話をするか、リサ」
「ああ、もちろんなんだぜ。私のなけなしのレアアイテムを賭けちまったからな。答えてもらわないと困るんだぜ……!」
「……ワシが怒りの感情を出していることを分かっていながら、それでも質問をやめぬか……。大した胆力じゃのう……。……やはり貴様は『惜しい人材』じゃった。……『最高傑作』になるのはマリーじゃ。リサ、貴様には死んでもらう」
テネブリスの回答と同時に大食堂内にざわめきが起こる。だれもが思っていたのだ。魔法使いとしてマリーより数段上の実力を持つリサが生き残るに違いないと。
マリーも眼を見開き、冷や汗を流しながら驚いていた。殺されるのは自分だと信じ切っていたから。
ざわめきが起こる中、ひとりだけ不敵な笑みを浮かべる少女がいた。そう、リサである。
「やっぱりな。思った通りだったんだぜ」
「……死刑宣告をされたというのに、笑っていられるとはのう……。何か策でもあるのか、リサ?」
「さあな。……ところで実験の日取りはいつなんだぜ? 心の準備が必要だからな! ……心配しなくても実験から逃げたりなんかしねえよ。そんなことしたら、アンタ姉さんを殺すだろ?」
「……何か策でも考えておるのか? ……無駄なことじゃろうがのう」
言いながら、テネブリスはリサの眼を見る。リサの眼の奥は決意の炎で燃えていた。
「……覚悟はできている、というわけか。良いじゃろう。たった今決めた。明日の日の入り。夜を迎えたその瞬間、実験を始める。……あと一日の命、姉と大事に過ごすと良い。後悔をしないようにのう……」と言って、テネブリスはシェディムとともに大食堂をあとにした。テネブリスの背中を見送ったリサは魔女たちに言う。
「おい、聞いたか? 賭けは私の勝ちなんだぜ。この宝の山は私のもんだ。文句は言わせないんだぜ?」
リサは空間魔法で大きな布袋を取り出すと、賭けに出されていたアイテムをパンパンに詰め込んだ。
「よし! じゃあ部屋に帰ろうぜ、姉さん」
リサは呆けているマリーに声をかける。マリーははっと気づき、立ち上がる。
「いやー、思わぬ収穫だったぜ。どうだ姉さん、こうやって布袋持ってると、黒いサンタさんみたいだろ?」
「リサ、そんな冗談言ってる場合じゃないでしょ!? 貴方明日には殺されちゃうのよ!」
マリーは取り乱したように叫ぶ。
「そんなこと言っても、あのババアが心変わりするなんてことはないんだから、どうしようもないんだぜ。大丈夫、私たちには計画があるんだぜ。さ、リラックス、リラックス。リラックスするには笑いが必要なんだぜ。それでは改めて……。黒いサンタさんみたいだろ?」
マリーは少し考えてから口を開いた。
「……どっちかっていうと、泥棒?」
マリーの言葉に思わずリサは笑う。
「ハハッ。そいつは酷いんだぜ。さ、これで冗談を言うくらいの余裕は生まれたわけだぜ。……準備しないとな」
こうして、マリーとリサは大食堂をあとにするのだった。