マリーの決意
「生き残っている部下どもの素性じゃと? そんなものを知ってなんになる?」
「きっとお考えが変わるかと……」
マリーは黒球を展開する。すると中から複数の魔女たちが現れた。数は二十人に満たない程度であろうか。
「こやつらは……」とテネブリスは魔女たちを視界に入れ、眉間に皺を寄せる。
「生き残ったルークスメンバーはこれだけ……。ほとんどのドーターと部下は死亡しました。さすがは世界でも有数の幻想郷。これだけの犠牲を払ったにも関わらず、未だに陥落を見ていない。……お母様、もうお気づきのはず。生き残ったルークスメンバーは全員……」
「『依り代』だけというわけか……。じゃが、それがどうした?」
「私に皆まで言わせるおつもりでしょうか? 貴方の野望には『依り代』が必須。そして、もう残っているルークスの全てがその依り代……。……お母様、もし貴方がまだこの幻想郷を……、いいえ、世界を光に堕とそうというのならば、私たちは全員死を選びます」
「ククク。なるほどのう。それが臆病者の貴様が出した結論か。自分たちの身を人質にワシに言うことを聞かそうというわけか?」
「そうです」
「ふむ。まさか、生き残りが『因子』を内包した『傑作』だけとはのう」
「……お母様、魔法陣をお納めください。でなければ我々は……」
「クク……。ククク……。ハハハハハハ!」
突然高笑いを始めたテネブリスにマリーは驚き、眼を見開く。
「まったく、本当に舐められたものじゃ。理想には遠く及ばなかった『最高傑作』ごときがワシの道を塞ごうとするとは……。……マリー、貴様の策には大きな穴がある……!」
「……っ? どういうことです……!?」
「確かにワシには依り代が必要じゃ。じゃがのう、それは必ずしもお主らである必要はないということじゃぁああああ!!」
テネブリスは怒鳴り声を上げながら、爆炎魔法をマリー達に撃ち放った。
「な、なんで……!?」と驚くマリー。
「くっ!?」と息を吐きながら、八雲紫が四重結界を展開する。しかし……。
「抑えきれない。全員伏せなさい!」
八雲紫の指示に従い、魔理沙たちは爆炎から身を守る。
「ふむ。さすがは因子を持ちながら、妖怪化しただけのことはあるのう。中々の結界術じゃ。じゃが……、妖怪化したが故に……、人間でなくなったが故に、貴様は障害物とはならん。ある意味命拾いしたのう。間隙使いのモンスターよ」
「まったく、計算違いね。マリーさんとやら、あのおばあさん、貴方達全てを殺しても問題ないみたいよ?」と八雲紫は冷や汗をかきながら、マリーに問う。
「な、なぜ? 貴方の望みに私たち『傑作』というピースは絶対必要なはず……」
「何度も言わすでない。もう必要なくなったんじゃよ。マリー、貴様ごときが最高傑作な時点で、ワシはもう貴様ら『傑作』どもを『依り代』にするつもりはなくなったのじゃ」
「な、ならば一体だれを『依り代』にするおつもりなのですか!? ……はっ!? ま、まさか、貴方は……」
「その耳障りな声を消してやろう。死ねい、マリー!」
テネブリスのビーム攻撃が一直線にマリーに向かう。
「危ない! マリーさん!」
身を挺して庇ったのは、マリーの部下のひとり……。
「あ、あ……。マリーさん逃げて……」
その魔女は、そう言い残して果てた。
「そ、そんな……。ご、ごめんなさい。私なんかのために……」
マリーはショックで青ざめる。
「……この子は私の次に因子を色濃く持っていた娘だった。本当に私たちを必要としていないのね……」
「残念じゃったのう、マリー。因子を持つ者たちが命を張れば、ワシを止められると思ったその未熟な判断。臆病者のお前にお似合いの甘い考えじゃったな。結果として死を早めることになったのう……」
テネブリスは更に爆炎魔法を撃ち放つ。
「キャアァアアアアアアア!?」
下っ端の魔女たちが断末魔を残して爆炎に飲み込まれる。実力不足の魔女たちは四肢をバラバラにされて次々と命を落としていった。
「くっ!? 仲間にも手を出すのかよ!? こいつ本当に正気じゃねえんだぜ!」
「リサに似てくだらないことを言うヤツじゃ……。霧雨魔理沙、次は貴様の番じゃあ!」
テネブリスは爆炎の標的を魔法が使えなくなった魔理沙に定める。
「これ以上はやらせない……!」
マリーは爆炎に向けて黒球を射出する。黒球は爆炎を飲み込み、別空間へと転移させた。
「ほう。本格的にワシに盾突く気か?」
「……お母様、貴方の言う通りです。私の目論見は甘かった。これ以上私のせいで皆を死なせるわけにはいかない……!」
「貴様がワシに敵うと思っておるのか?」
「う……」
マリーは恐怖の感情で金縛りにあったように体を動かせなくなってしまう。テネブリスの実力を間近で見てきたマリーだからこそ、自分が敵わないことは理解できてしまうのだ。
「やはり、貴様は臆病者じゃ。……もし、最高傑作が貴様ではなく、リサであったならば……、リサであれば……、ヤツを依り代にしたかもしれんのう……。……じゃが、後悔したとて詮無いこと。リサの元に送ってやるぞ! マリー!」
テネブリスは杖を天に掲げる。マリー達の頭上に巨大な雨雲が出来上がった。天候を操る神、八坂神奈子に勝るとも劣らない雷雲を生成した老魔女は、リサたちに雷の魔法を落とそうとする。
「空間の術を使っても無駄じゃぞ、間隙を造る妖怪よ。貴様の繰り出す眼玉の間を縫うように雷を落としてやるわい……! 前と同じようにのう!」
……金縛りに会ったマリーの視界に魔理沙が写る。魔理沙はリサによく似ていた。マリーにない活発さ、そして、死の危機が迫っても諦めない勇気を持っていたリサ。魔理沙の横顔を見てリサのことを思い出したマリーは恐怖を乗り越え動き出す。自分の命を守ってくれた妹が遺した姪をここで死なせるわけにはいかなかった。
「もはや、貴様らの因子は邪魔でしかなくなった。細胞一片残さず消してくれよう……。死ねぃ!」
テネブリスの落とす雷を受け止めるように、巨大な黒球が現れる。黒球に吸い込まれた雷は、テネブリスの背後に生成されたもう一つの黒球からワープするように放出される。
「ぐぅ……!?」と息を吐きつつ、テネブリスは防御壁を展開し、雷を受け止める。
「リサ……。貴方の勇敢さ、少しだけ私に分けて……!」
マリーの眼には決意が露わに浮かぶのであった。