反逆のマリー
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「よそ見をしている場合か? わしも舐められたものじゃ……」
「くっ……!?」
テネブリスの発する殺気に身を強張らせる魔理沙。テネブリスは杖の先端を魔理沙に向ける。
「お主のお友達だった紅白の巫女を屠った術じゃ。同じ術で逝ければ本望じゃろう?」
テネブリスは直径5センチほどのビームを杖から超高速で射出する。そう、博麗霊夢の胸を貫いたあの攻撃を繰り出したのだ。避けられない、そんな思考も追い付かないスピードで術は魔理沙に到達してしまう。
「うわぁああああ!?」
ビームは胸に直撃し、魔理沙は上空へと吹っ飛ばされる。空中で体勢を整えた魔理沙は息切れを起こしながら、攻撃を受けた場所を手でさすり、自身の身体の無事を確かめた。
「くそ……! 火傷になっちゃってるじゃねえか。お嫁にいけない体になったらどうするんだぜ?」
「ほう。服に穴が空いただけで済むとはのう……。体の頑丈さは褒めてやる。惜しいのう。『因子』の質はこの短期間でマリーを上回ったのかもしれん。どうじゃ? 人を超えた人になった感想は……」
「何を言ってんだぜ? 『因子』? シェディムとかいう悪魔もその言葉を口走ってたんだぜ……」
「まだ、感覚で気付くことはできぬか。貴様が他の大多数の人間どもとは異なる『人間因子』で構成されていることに……」
「『人間因子』……。また、知らない単語を出してきやがったんだぜ」
「ふむ。この幻想郷でも人間因子の存在にまでは辿り着いておらんというわけか……。……説明してやる必要はない、か。お主はここで死ぬのじゃからのう……!」
テネブリスは、ガン! と自身の足元に展開された魔法陣に対して杖を強く突いた。魔法陣はぐるぐると回転し、妖しい光を放ち出す。
「婆さん、アンタ何をしてるんだぜ?」
「ククク。大した事ではない。やっと起動してやろうというわけじゃ」
「な、なんだ? 魔法陣に向かってどこからか光が集まってきてる……!?」
魔理沙の言葉どおり、老婆の展開する魔法陣を中心にして、光が四方八方から飛んできていた。魔理沙は光の飛んでくる方向に視線を向ける。光は迷いの森からも飛んできていた。それを目にして魔理沙は察する。
「迷いの森からも飛んできている……。……まさか、あの虹色の勾玉から飛んできているってことか!? 永遠亭の勾玉は私が結界を解いたはずなのに……!?」
「やはり、ワシのかけた結界術を解いたのは貴様じゃったか。おかげで急ぐ羽目になったわい。じゃが、勾玉を破壊するまでには至らなかったようじゃのう。今こそ、このコミュニティ中の運を奪わせてもらうぞ?」
テネブリスはさらに魔力を込め、幻想郷の運を奪い取ろうとしていた。幻想郷に点在する運の噴出口『龍穴』。そこに配置された勾玉が運を根こそぎ奪わんと、同時に七色に光り出していた。妖怪の山、魔法の森、地霊殿、霧の湖、冥界……、もちろんそれ以外からも。ルークス幹部、ドーターたちが配置した勾玉を介して、幻想郷の運が全てテネブリスのものになろうとしていた。
「させるかよ!」
魔理沙は八卦炉を構え、マスタースパークを放とうとしている。……だが、もう遅かった。
「学習しない奴じゃのう、霧雨魔理沙。少しばかり、このコミュニティの運を使えるようになったことで、大事なことを忘れているようじゃなあ……」
テネブリスの口角がぐにゃりと歪んだ。
「あ、あ……。そんな……。龍脈の運が……」
当然の帰結であった。龍脈は龍穴と龍穴をつなぐ運の流れでしかない。龍穴の運を根こそぎ奪われた今、運の枯渇した龍脈は魔理沙に運を供給することはない。霧雨魔理沙は再び戻ってしまったのだ。運のない魔法使いに。魔法の使えない魔法使いに……。
「いくら、『因子』に目覚めようとも、運のない出来損ないに用はない。消えてもらうぞ? リサの娘、霧雨魔理沙!」
テネブリスは魔法陣の中心で、魔力を込め始めた。
「クククク。やはり上質な運じゃ。このコミュニティの運はのう。溢れる溢れる。大地をも揺るがしてしまうほどの運と魔力がこの身に宿って来ておる……! 死ね、小娘! その因子を持つ者は一人だけで良いのじゃからなあ!」
魔法の使えなくなった魔理沙に防御の手段はもうない。万事休すであった。……巨大なビームが魔理沙に襲いかかる。これまでのどの攻撃よりも高密度高エネルギーな魔術が……。魔理沙が死を確信したときだった。魔理沙の前に漆黒の球が現れる。テネブリスの攻撃は黒球に飲み込まれ、どこかしらへとワープさせられた。異常に気付いたテネブリスはそのしわくちゃの顔面を怒りの様相に吊り上げる。
「……なんの真似じゃ、マリー。気でも狂ったか?」
いつの間にか、魔理沙の隣にマリーが佇んでいた。八雲紫もともに立っている。マリーは意を決した眼をテネブリスに向け、口を開いた。
「気が狂ってなどおりません。……お母様、貴方の望みはここで終わりです。私は貴方を止める」
「クククク。ワシを止めるじゃと? 世迷言を……」
「世迷言などではありません。……こんなことは間違っている。貴方も本当は分かっているはず。貴方の望みを誰も望んでなどいない。そう、貴方の信奉する『神』さえも……」
「口が過ぎるな、マリー。……少しだけ感心しておるぞ。臆病者の貴様がワシに意見するぐらいに成長していたという事実にのう」
「……今だって本当は怖いのです。気付いておられるのでしょう? 私の体が震えていることに……」
「当然じゃ。貴様はワシが育て、作り上げたのじゃからのう」
「……お母様、私は貴方に反旗を翻す。これが私のクーデター」
「ククク。クーデターじゃと? 貴様がワシに勝つなど不可能じゃ。そのことは貴様がよく知っておるじゃろう!?」
ビリビリとした殺気と魔力がマリーたちを包み込む。圧倒的な戦力差がそこには感じられた。幻想郷中の人妖を集結しても敵わないかもしれない。だが、膝を震わせ、唇を震わせ、マリーは宣言する。
「私は勝つつもりなどない」
「なんじゃと?」
「気付いておらぬようですね。仕方もありません。貴方にとってドーターとその下っ端の魔女はその程度の存在ですもの。……お母様、今生き残っているドーターと魔女が誰なのか、考えた方がよろしいですわ。私は勝つ気はない。引き分けに持ち込むだけ。それがこのクーデターなのです」
マリーはどこか不憫そうな表情でテネブリスを見つめるのだった。